Joker

海子

文字の大きさ
15 / 83
3.リックの計略

しおりを挟む
 その後、何か分かったら、ケヴィンが、首都タリスのリックの定宿に、手紙で知らせるということになった。 
ウッドフィールドに向かうのなら、タリスは、必ず通ることになると考えたからだった。 
ケヴィンが、コルマノンへ行って、タリスへ手紙が届くまでには、どんなに早くとも五日。 
リックの急行馬車なら、タリスまで行くのに丸一日あれば何とかなったが、あの連中を連れて行くのに、一体何日かかるのやらと、リックは気が重かった。
街道を敵に抑えられて、ウッドフィールドへ向かう、道筋も、手順も、皆目見当がつかない今、五日でタリスにたどりつけるかどうかは、微妙だと思っていた。 
タリスに着くのが、ケヴィンが早いか、リックが早いかは、わからなかったが、うまくいけばタリスで、大きな情報を得られるかもしれなかった。 
その約束をしながらリックは、やっぱり俺は、奴らをウッドフィールドへ送り届けることになるらしい、と内心覚悟を決めつつあった。



 ケヴィンと別れて、タヴァン、サニーの二階に取った自分の部屋に上がる時、フィリップに会った。 
フィリップは、ちょうど、アンジェラの部屋から出てくるところだった。 
アンジェラはレティシアと同室で、それ以外は、別々に部屋を取っていた。
リックは、フィリップに聞いておきたいこともあって、自分の部屋に招き入れた。 
「女たちはどうしてる?」 
「今、アンジェラとレティシアと、話してきた。二人とも、とても落ち込んでいる。今夜は眠れないと思う」
「もうひとりは?」 
「アンヌは、いつもと変わらないけど・・・」
「ジャン王と、親族が殺されたことは、言ったのか?」 
「伝えたよ。黙っていた。何も答えなかった。でも、実の母と姉が殺されたんだ。ショックだと思う。アンヌは、感情をあまり表に出さないけどね」
ジャン王と、その親族も、皆殺されたということは、ジャン王と行動を共にしていた、アンヌの母と姉も殺されたことになる。
そして、ユースティティア軍を指揮していた、父親のラングラン公爵の行方については、情報が無かった。
未だ、ユースティティア軍を指揮して戦場にいるのかもしれないし、もしかしたら、すでに落命しているのかもしれなかった。
だとすれば、アンヌは、天涯孤独の身だ。
「貴族以外は、人間じゃないって顔をしてるけどな」
「あなたは、アンヌを誤解している。アンヌは、思いやりの深い人だ」 
そうフィリップに言われてみると、確かに、アンヌは、サニーに泊ることになっても、何も言わなかった。 
ユースティティアの、公爵令嬢だ。 
大勢の召使いに囲まれて暮らしているはずのレディが、このような場所に泊らなければならないなど、屈辱であったに違いない。 
けれども、アンヌから、不平や不満は聞かれなかった。 
さりとて昼間、ホワイトローズで、自分に向けられた蔑みを、リックは、忘れたわけではなかった。 
あの女は、確かに俺を見下していた。 
その傲慢さは、やはり受け入れられなかった。
リックはフィリップに、ひとつ確認しておきたいことがあった。
「さっき、下で言っていただろう。ウッドフィールドにアンジェラを送り届けたら、ユースティティアに戻るって」
「そのつもりだ」 
「戻ってどうする?」 
「私は、これでも軍人の端くれだ。ユースティティアの危機に、自分だけ安全な土地で、のんびりしていられるわけがない。アンジェラたちを無事にウッドフィールドへ送り届けたら、ユースティティアに戻り、ユースティティアのために戦う」
「アンジェラは、それを知ってるのか」 
「いや、言ってない・・・」 
 熱を帯びていた口調が、一気に冷めた。 
アンジェラが、その事実を知ったら、取り乱すに違いなかった。 
「俺は、あんたがどうしようと知ったこっちゃないが、ウッドフィールドに行くなら、その親戚の伯爵に、相談したらどうかと思うね。ま、無事に着いたらの話だが」 
「じゃあ、リック・・・」 
と、期待の籠った眼差しのフィリップを、リックは制した。 
「待てよ。俺は、まだ決めたわけじゃない。あんたらをウッドフィールドへ連れて行ってやるとも、行かないとも言ってない。これから、考える。じゃあな」
と、リックは、フィリップを部屋から追い出そうとして、あることを思い出した。
「ああ、ちょっと待て。気になっていたんだが、ミルフェアストリートで襲撃してきた奴らは、なぜ、あんたの顔がわかったんだ?」 
リックのその問いに、フィリップは視線を床に落とした。
「士官学校の友人がいた・・・」
「友人?ああ、あの襟首引っ張られてた、あいつか?」 
「そうだ」 
「あいつら、こっちを指さして何をわめいてたんだ?あれは、グラディウスの言葉か?あんた、わかるんだろう?」 
フィリップは、しばらく言うのをためらっていたが、口を開くと、こう言った。 
「いたぞ、フィリップだ。必ず、仕留めろ」 
フィリップは深い憂いを含んだ瞳で、リックを見つめると、そのまま部屋を出て行った。



 フィリップが帰った後、リックはベッドに、サニーの一階で借りた地図を広げて、これからのことを考えていた。 
ウッドフィールドか・・・、遠いな。 
もちろん、街道を馬車で駆け抜ければ、二日で着く。 
けれども、街道はまずい。 
おそらく、刺客が張っている。 
囲まれて狙われるのは、例の駅馬車強盗でもうこりごりだった。
護衛を雇うことも、考えた。
けれども、護衛がみな善人とは限らなかった。
雇った護衛たちが、アンヌや、レティシアに妙な気を起こしでもしたら、やっかいなことになる。 
そもそも、時期も悪かった。
春から夏にかけては、フォルティスの議会があるため、議会の議員である貴族たちは、こぞって首都タリスにいた。 
タリスの方が、ウッドフィールドよりも断然近い。 
約半分の距離で済んだ。
けれども、今は秋に差し掛かろうとしている。 
貴族たちは議会を終えて、領地に帰っていた。
今、グラディウスが、フォルティスの領土へ攻め入って来る恐れはなく、臨時議会が招集される気配は、いまのところなかった。
十中八九、リヴィングストン伯爵も、ウッドフィールドへ帰ってしまっている。
リックは、思い切って、フォルティスの政府に、庇護を願い出てはどうかとも思った。
けれども、もしグラディウスが、フォルティスにフィリップの身柄の引き渡しを求めて来た場合、これはきわめて難しい外交問題に発展する。
引き渡すか、引き渡さないか。
それによって、グラディウスとフォルティスの関係が、大きく変わる。
そして万一、引き渡された場合、フィリップの命はない。
「どうするかな」 
思わず、声に出た。
何か、いい手立ては・・・ 
待てよ。 
リックは、あることを思い出した。 



 そう、あれは、去年だ。 
金に目のないジェフリーが、資産家から個人的に請け負ってきた仕事があった。 
フォルティスの山奥の、とある集落から、大切な荷物をブリストンまで預かって来てほしい、というものだった。 
何でも資産家の妻の実家が、その山奥の集落にあるらしく、どうしても実家へ荷物を取りに行ってほしいのだという。 
その目指す集落というのが、とんでもないど田舎で、ブリストンから集落へと続く細い一本道は、馬車一台通れない狭い道だった。
ジェフリーは、その仕事をリックに与えた。 
リックは、勘弁してくれと、言いたかったが、ジェフリーに逆らえるはずもなかった。 
集落の近くまで街道を行って、どこからかその山道に入りこむという案を、リックは資産家に提案したのだが、大変わかりづらい道なので、迷うことがあってはいけないと、提案は却下された。
リックは、小包ひとつ受け取るために、馬車も通れない、うっそうと木々の覆い茂る細い道を、ブリストンから田舎の集落まで、馬で数日ほど、行くはめになったのだった。 
無事、荷物を受け取って、ブリストンに帰りついたのち、その大切な荷物というのが、資産家の妻の亡くなった父親の日記だと知った時、確かに、大切なものに違いないんだろうが、と、自分の尽くした労力と比較して、リックは、複雑な心境になった。 
あの道は、確か・・・。 
地図を指でなぞる。 
ない、どこにもない。 
つまり、あの道は、地図には載ってない道だ。 
そして、リックが去年訪れた山奥の集落は、ウッドフィールドに近かった。 
去年は、ブリストンからの出発だったが、今回は、ここノックスからだった。 
けれども、あの道は、ブリストンより手前から続いていた。 
これまでの経験から、リックはその田舎道に、ここノックスから入れるような気がした。
リックは、しめたと思った。
そうだ、あの時も、依頼人の資産家が、丁寧に道を教えてはくれたが、ジェフリーも、道には詳しい御者仲間も、誰ひとり、その道に心当たりはなかった。
とても狭くて、標高の高い場所もある、危険な道だ。 
けれども、道に詳しい御者ですら、知らなかった道だ。 
グラディウスから来た刺客たちが、知っているとは、思えなかった。
時間はかかるかもしれないが、刺客を捲くなら、この道しかない。 
「しかし、何日かかるかな」 
ため息が漏れた。 
面倒な奴らが、四人。
しかもアンジェラは病弱で、馬には乗り慣れてないと見た。 
ウッドフィールドまで、八日か、十日か・・・。 
「俺は、キャラバンの隊長じゃないんだぜ」 
ひとり、リックは毒づいた。 
リックは、仰向けに寝転んで、目を閉じた。
撃たれたピエールの、懇願するような眼が、脳裏に浮かんだ。
リックは、ユースティティアの言葉は分からなかったが、ピエールがフィリップ、と言ったのだけは、聞き取れた。 
おそらく、フィリップのことを、リックに頼みたかったのだろう。 
そして、 
「いたぞ、フィリップだ。必ず、仕留めろ」 
そう言った、先ほどの、フィリップの深い憂いを含んだ青い瞳が、浮かんだ。 
そうか、奴はまだ十六だったか・・・。 
リックは眼を開けて、はっ、と大きく息をはくと、 
「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば」 
そう呟いた。 



 リックは、引き受けるにあたって、条件を提示した。 
報酬の金額、二度と隠し事はしないということ、そして、貴族とはいえ、自分は絶対にへりくだったりはしない、ということ。
それが、リックの条件だった。
フィリップらは、その条件を全て飲んだ。
リックは、旅に必要と思われるもの、フィリップとアンヌの持つユースティティア紙幣の両替、毛布、防寒着、とりあえずの食料、方位磁石、火口箱、ナイフ、拳銃、それぞれが乗る馬とは別に、荷物と馬たちの餌となる飼料を乗せる馬まで一頭準備し、果ては、寝巻姿でブリストンを逃げ出したアンジェラのための衣服や、各々の着替えまで用意して、翌日の午前には、ノックスを出発していた。 
そして、タヴァン、サニーには、十分な支払いをして、自分たちがここにいたことは絶対誰にも言うなと、固く口止めをした。
その日の午後になって、キツネ目の男たちが、ノックスのタヴァン、サニーを訪れた時、リックたちの痕跡は何ひとつ残っていなかった。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...