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4.天使の告白
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リックは、無言で納屋のドアを閉めた。
おそろしく不機嫌だった。
馬の世話がようやく終わったのか、手袋を取ると、投げ捨てるように、藁の上に放り投げた。
アンジェラとレティシアは、そおっとそちらの方に目を遣ったが、リックに睨み返されて、慌てて視線を逸らせた。
壁にもたれて黙って座っているフィリップは、リックの方を敢えて向かないものの、明らかにそちらを意識していた。
全く・・・。
リックは、藁の上にシーツをかぶせたベッドに横になって、目を閉じた。
昼前、ノックスを出るまでは順調だった。
天気もよく、例の山道にも無事ノックスから入ることが出来て、何の問題もなかった。
ところが、だ。
昼を少し過ぎたところで、アンジェラの具合が悪くなった。
青い顔をして、口元を抑え始めた。
慌てて馬から降ろすと、草陰で嘔吐した。
レティシアは、その背中をずっとさすっていた。
本人は、大丈夫だから先へ進みましょうと、蒼白な顔で言うものの、とても無理だということは、誰が見ても明らかだった。
それで、ノックスからいくらも行かない、バーンズで、足止めを食らうことになった。
バーンズは山の中にある、小さな農村だった。
リックは、バーンズの農家に、今夜一晩、五人が泊れる場所を貸してもらえるよう、頼んだ。
数件の農家には断られたが、提示した礼金の額がよかったことと、五人が到底悪人には見えなかったのだろう。
割合大きな一件の農家が、五人が雨風しのげる納屋と馬小屋を、気持ちよく提供してくれた。
どうしようもないことくらい、リックにもわかっていた。
誰のせいでもないことも、よくわかっていた。
それでも、腹立たしさは、押さえようがなかった。
ここまで段取りをして、色んな手配をして、ようやく出発できたと思ったら、このザマか。
こんなことをしていて、一体いつウッドフィールドへ辿り着けるのかと思うと、焦りが怒りに変わった。
「リック、申し訳ないとは思うけど、機嫌を直してくれないか」
フィリップが口を開いた。
「俺は別に怒ってない」
とは言うものの、明らかにその口調は、不機嫌だった。
フィリップに背を向けたまま、そちらを見ようともしなかった。
「リック、本当に、本当に、ごめんなさい」
リックの背中に向かって、アンジェラが、か細い声をかけた。
藁のベッドに横になっているアンジェラの傍らには、ずっとレティシアが付き添っていた。
リックは、振り向かなくても、アンジェラがまだ蒼い顔をしていることが、わかった。
「俺は別に怒ってないって、言ってるだろう」
リックはやはり、刺々しかった。
そこへ、
「その者に、気遣いは無用です」
頭上から、鋭い声が落ちて来た。
アンヌだった。
借りた納屋には、二階があった。
と言っても、狭い木の階段を上った所に、ひとりふたり横になれる場所があるだけだったが。
二階には膝上くらいの柵があり、アンヌのいる場所からは、下にいるリックたちが、よく見渡せた。
アンヌは、納屋に入ると、その二階部分を、自分の居場所に決めた。
藁とシーツをレティシアに運ばせて、すぐに自分の寝室を作った。
そして今、その二階から、深い緑色の瞳で、リックたちを見下ろしていた。
アンヌがそのように立っていると、まるでそこが、宮殿のバルコニーのようにすら見えた。
「なんだと?」
リックは、藁のベッドに上半身を起こして、アンヌを見上げた。
「その者は、わたくしたちをウッドフィールドまで連れて行くと、約束したのです。それは、道中どのようなことがあったとしても、その者の仕事の範疇なのですから、わたくしたちが、気を遣うことなどないのです」
二階から降り落ちてくる、十八歳と思えぬ堂々とした物言いは、さすがは公爵令嬢というよりも、女王の風格すらあった。
「アンヌ」
見かねて、フィリップが間に入ろうとしたが、アンヌが妨げた。
「雇い主であるわたくしたちに、このように気を遣わせるその御者の方が、考えを改めねばなりません。今夜は、雨も降らないようですから、一晩外でゆっくり頭を冷やすのがよいでしょう。レティシア、毛布を貸しておやりなさい」
あまりの威厳に、誰も・・・、リックも言いかえせなかった。
レティシアは、おずおずと、丁寧に畳んだ毛布をリックに差し出した。
しばらく、リックは、威厳を持ってたたずむアンヌの緑色の瞳を睨みつけていたが、
レティシアから、毛布をひったくるようにして、出て行った。
きれいな夕暮れだった。
納屋の裏手には、川が流れていた。
せせらぎが、耳に心地良かった。
頬に当たる少し冷たい風も、頭を冷やすのにちょうどよかった。
リックは、川の土手に寝転がった。
何やってるんだろうな、俺は。
ふっ、と息を吐き出した。
確かに、ウッドフィールドは、遠い。
しかも、面倒な奴らが四人もいる。
だけど、引き受けたのは俺だ。
厭なら、断わればよかったんだ。
悔しいが、それは、アンヌの言う通りだった。
もとはといえば、あのヘーゼルの瞳のせいだ。
あの美しい瞳が、俺をこのやっかいな旅へ誘ったんだ。
リックは、目を閉じた。
ブリストンで、リックに向けられた、レティシアのあの優しい眼差しを思い出した。
もう一度、レティシアが、あんな風に微笑んでくれたなら、ウッドフィールドでも、どこへでも連れていってやる、リックはそんな風にさえ思った。
旅の疲れもあったのだろう。
リックは、いつしか眠っていた。
おそろしく不機嫌だった。
馬の世話がようやく終わったのか、手袋を取ると、投げ捨てるように、藁の上に放り投げた。
アンジェラとレティシアは、そおっとそちらの方に目を遣ったが、リックに睨み返されて、慌てて視線を逸らせた。
壁にもたれて黙って座っているフィリップは、リックの方を敢えて向かないものの、明らかにそちらを意識していた。
全く・・・。
リックは、藁の上にシーツをかぶせたベッドに横になって、目を閉じた。
昼前、ノックスを出るまでは順調だった。
天気もよく、例の山道にも無事ノックスから入ることが出来て、何の問題もなかった。
ところが、だ。
昼を少し過ぎたところで、アンジェラの具合が悪くなった。
青い顔をして、口元を抑え始めた。
慌てて馬から降ろすと、草陰で嘔吐した。
レティシアは、その背中をずっとさすっていた。
本人は、大丈夫だから先へ進みましょうと、蒼白な顔で言うものの、とても無理だということは、誰が見ても明らかだった。
それで、ノックスからいくらも行かない、バーンズで、足止めを食らうことになった。
バーンズは山の中にある、小さな農村だった。
リックは、バーンズの農家に、今夜一晩、五人が泊れる場所を貸してもらえるよう、頼んだ。
数件の農家には断られたが、提示した礼金の額がよかったことと、五人が到底悪人には見えなかったのだろう。
割合大きな一件の農家が、五人が雨風しのげる納屋と馬小屋を、気持ちよく提供してくれた。
どうしようもないことくらい、リックにもわかっていた。
誰のせいでもないことも、よくわかっていた。
それでも、腹立たしさは、押さえようがなかった。
ここまで段取りをして、色んな手配をして、ようやく出発できたと思ったら、このザマか。
こんなことをしていて、一体いつウッドフィールドへ辿り着けるのかと思うと、焦りが怒りに変わった。
「リック、申し訳ないとは思うけど、機嫌を直してくれないか」
フィリップが口を開いた。
「俺は別に怒ってない」
とは言うものの、明らかにその口調は、不機嫌だった。
フィリップに背を向けたまま、そちらを見ようともしなかった。
「リック、本当に、本当に、ごめんなさい」
リックの背中に向かって、アンジェラが、か細い声をかけた。
藁のベッドに横になっているアンジェラの傍らには、ずっとレティシアが付き添っていた。
リックは、振り向かなくても、アンジェラがまだ蒼い顔をしていることが、わかった。
「俺は別に怒ってないって、言ってるだろう」
リックはやはり、刺々しかった。
そこへ、
「その者に、気遣いは無用です」
頭上から、鋭い声が落ちて来た。
アンヌだった。
借りた納屋には、二階があった。
と言っても、狭い木の階段を上った所に、ひとりふたり横になれる場所があるだけだったが。
二階には膝上くらいの柵があり、アンヌのいる場所からは、下にいるリックたちが、よく見渡せた。
アンヌは、納屋に入ると、その二階部分を、自分の居場所に決めた。
藁とシーツをレティシアに運ばせて、すぐに自分の寝室を作った。
そして今、その二階から、深い緑色の瞳で、リックたちを見下ろしていた。
アンヌがそのように立っていると、まるでそこが、宮殿のバルコニーのようにすら見えた。
「なんだと?」
リックは、藁のベッドに上半身を起こして、アンヌを見上げた。
「その者は、わたくしたちをウッドフィールドまで連れて行くと、約束したのです。それは、道中どのようなことがあったとしても、その者の仕事の範疇なのですから、わたくしたちが、気を遣うことなどないのです」
二階から降り落ちてくる、十八歳と思えぬ堂々とした物言いは、さすがは公爵令嬢というよりも、女王の風格すらあった。
「アンヌ」
見かねて、フィリップが間に入ろうとしたが、アンヌが妨げた。
「雇い主であるわたくしたちに、このように気を遣わせるその御者の方が、考えを改めねばなりません。今夜は、雨も降らないようですから、一晩外でゆっくり頭を冷やすのがよいでしょう。レティシア、毛布を貸しておやりなさい」
あまりの威厳に、誰も・・・、リックも言いかえせなかった。
レティシアは、おずおずと、丁寧に畳んだ毛布をリックに差し出した。
しばらく、リックは、威厳を持ってたたずむアンヌの緑色の瞳を睨みつけていたが、
レティシアから、毛布をひったくるようにして、出て行った。
きれいな夕暮れだった。
納屋の裏手には、川が流れていた。
せせらぎが、耳に心地良かった。
頬に当たる少し冷たい風も、頭を冷やすのにちょうどよかった。
リックは、川の土手に寝転がった。
何やってるんだろうな、俺は。
ふっ、と息を吐き出した。
確かに、ウッドフィールドは、遠い。
しかも、面倒な奴らが四人もいる。
だけど、引き受けたのは俺だ。
厭なら、断わればよかったんだ。
悔しいが、それは、アンヌの言う通りだった。
もとはといえば、あのヘーゼルの瞳のせいだ。
あの美しい瞳が、俺をこのやっかいな旅へ誘ったんだ。
リックは、目を閉じた。
ブリストンで、リックに向けられた、レティシアのあの優しい眼差しを思い出した。
もう一度、レティシアが、あんな風に微笑んでくれたなら、ウッドフィールドでも、どこへでも連れていってやる、リックはそんな風にさえ思った。
旅の疲れもあったのだろう。
リックは、いつしか眠っていた。
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