文字の大きさ
大
中
小
13 / 47
エピローグ
梅雨が明けた。
抜けるような青い空に、ぽつぽつと真っ白な雲が浮かぶ。湿度を払い除けるように強い陽射しが降り注ぎ、蝉時雨が「夏休み間近!」の雰囲気を醸し出している。
私たちは大きなトラウマもなく、日常を取り戻すことが出来た。
誓志は部活中心の生活に戻り、朝早くに家を出て、日が沈む頃にくたくたになって帰って来る。こんがり焼いた肌は、見ているだけで痛々しいのに、本人は気にも留めていない。
赤点を取らない程度に勉強を頑張り、部活に精を出すという具合だ。
ただ、以前よりも信仰心が篤くなったと思う。
神棚に合わせていた手が、意味を持つようになったし、率先して神棚の掃除を手伝うようにもなった。特に須久奈様と神直日神への信仰心は突出して見える。
それはなにも誓志だけに限ったことじゃない。
2柱への信仰心を高めているのは、父も同じだ。
神事で起きた怪異が、父の疑心を払拭した。誓志でさえ神様に対して偶像崇拝と言っていたのだ。他所から婿入りした父は、神様を崇めながらも、心のどこかで違和感を抱え続けていたに違いない。それが、あの日を境に信心深くなった。
あの日、あの場に居合わせた人たちはみんな、人ならざるものの畏れと、神様の威光を見たのだと聞いた。
内情を知る父は、死ぬほど怖かったのだという。私たちが、その恐怖と対峙している事実が恐ろしかったのだと泣いていた。
そこから救い出してくれた須久奈様と神直日神は、父にとってはヒーローに等しいのだろう。日々感謝し、神棚に平伏している。
母は呆れているけど、変な宗教にハマった訳じゃないと放置している。
百花は秋一くんと良く話すようになった。進展のほどは分からないけど、秋一くんから映画に誘われたのだと、嬉しそうにしていた。
もう2人には縁結びは必要ないのだろう。
それでも、なんとなく四つ葉のクローバーを探すのは、須久奈様を引っ張り出す口実が欲しかったからなのだと思う。
稲荷神社の四つ葉のクローバーは願いを叶えてくれる。
参道脇の草むらにしゃがみ込んだ藍色の着物姿に、口元が綻んでしまう。
母も百花も家にいて、神社に人気はないけど、ここに来るまでに多くの人たちが行き交っていた。一応は城下町だ。賑わうほどではなくても、観光客は行き交う。
それなのに、四つ葉のクローバー探しに付き合ってくれている。
背中を丸め、熱心に草むらを探る姿が、素直に可愛く思える。
「そこは境内に入るんですか?」
須久奈様の隣に腰を下ろせば、「入るだろ」と唇を尖らせた。
気恥ずかしそうに頬を染め、もじもじと指を絡ませながら、足元に広がるクローバーに視線を泳がせる。
「お…俺が……入るって言ったら入る。か、神だぞ…」
なぜか自信なさげに眉尻を下げる須久奈様に苦笑が漏れる。
もっと堂々と言えばいいのに、おどおどと視線を泳がせ、もっさりとした前髪を引っ張って顔を隠す。
「あ…あ、あんまり見るな。恥ずかしいから……」
「そんなに見てないですよ?」
「じ、自覚がないのか?」
「目を真っ直ぐ見て話すのは、もう癖です」
また説教かなと嘆息したのに、須久奈様は緩く頭を振った。
「…たぶん…それが一花なんだろうな…。だから……その、あの……お、俺は……」
しどろもどろに呟き、須久奈様の顔が上気する。
次の言葉を辛抱強く待っていると、「あ!」と嬉しそうな声を上げた。
「いっ…一花!あ、あ、あった!」
破顔して、須久奈様の手がクローバーの茎を摘まみ取った。
「ほら」と、私の目の前に掲げられたクローバーには、ハート型の葉が4枚ある。
「おお~」と感嘆の声が出る。
ぱちぱちと拍手すれば、須久奈様は照れ臭そうに「へへへっ」と笑った。
「凄いです。須久奈様」
パーカーのポケットからハンカチを取り出して広げると、須久奈様が丁寧に四つ葉のクローバーを置いた。
「あ、あと…これも…」と、須久奈様の手が衿元から奇妙な草を取り出す。
よくよく見れば、うじゃうじゃと歪な葉を茂らせたクローバーだ。
ここまで葉が茂ると、クローバーとは別種の植物に見える。三つ葉、四つ葉は可愛いのに、ここまで派手になると可愛さの欠片もない。
実に気持ち悪い。
「凄すぎて…言葉が出ないです」
眉根を寄せた私に、須久奈様は苦笑する。
「九つ葉……い、一花にあげる」と、四つ葉のクローバーの横に並べて置く。
「九つ!九つもあるんですか?」
「う、うん。一花に……」
「私が貰っていいんですか?」
「う…うん」
須久奈様は口元を綻ばせ、こてんと首を傾げ、抱えた膝に頬を寄せる。
さらりと前髪が流れ、ほんのり潤んだ瞳と目が合った。
あざと可愛い仕草に、心臓が跳ねる。
自分の顔の価値を知ってて見せてるのなら、かなり強かだ。
「ク…クローバーには意味があるの…知ってる?」
無言で頭を振ると、須久奈様は微笑んだ。
「四つ葉の幸運くらいしか知りません」
「クローバーの葉は…そ、それぞれ意味があるんだ。一つ葉は初恋。二つ葉は出会い。三つ葉は愛。四つ葉は幸運。五つ葉は財運。六つ葉は名誉。七つ葉は無限の幸福。八つ葉は子孫繁栄。そして九つ葉は…神の運」
「神の…運?」
「そ…そう」
須久奈様は頭を上げ、徐に足元に広がるクローバーの茂みに手を伸ばした。
「い…一花に…神の運。お、俺がありったけの加護をあげる」
そう言って、須久奈様はシロツメクサを一輪手折ると、そっと私の耳元に差した。
「一花……お…俺のお嫁さんになって?」
頬に添えられた手の熱か、それとも私の顔が上気しているのか………。
我が家の常駐の神様は根暗で、恥ずかしがり屋で、気持ち悪くて、たまに畏ろしい一面を垣間見せるけど、とても愛情深い神様だということを私は知っている。
”一花”をくれた嬉しさも、あの夜、こっそり神様の後ろ姿を覗き見た高揚感も、今も鮮明に覚えている。
好きになったのは最近だと思ってたけど、ずっと想ってたのは私の方だったのだ。
きっと苦労するんだろうな、と思う。
それでも離れたくはない気持ちを自覚してしまえば、答えはひとつしかない。
私は苦笑し、須久奈様の唇にキスを送った。
抜けるような青い空に、ぽつぽつと真っ白な雲が浮かぶ。湿度を払い除けるように強い陽射しが降り注ぎ、蝉時雨が「夏休み間近!」の雰囲気を醸し出している。
私たちは大きなトラウマもなく、日常を取り戻すことが出来た。
誓志は部活中心の生活に戻り、朝早くに家を出て、日が沈む頃にくたくたになって帰って来る。こんがり焼いた肌は、見ているだけで痛々しいのに、本人は気にも留めていない。
赤点を取らない程度に勉強を頑張り、部活に精を出すという具合だ。
ただ、以前よりも信仰心が篤くなったと思う。
神棚に合わせていた手が、意味を持つようになったし、率先して神棚の掃除を手伝うようにもなった。特に須久奈様と神直日神への信仰心は突出して見える。
それはなにも誓志だけに限ったことじゃない。
2柱への信仰心を高めているのは、父も同じだ。
神事で起きた怪異が、父の疑心を払拭した。誓志でさえ神様に対して偶像崇拝と言っていたのだ。他所から婿入りした父は、神様を崇めながらも、心のどこかで違和感を抱え続けていたに違いない。それが、あの日を境に信心深くなった。
あの日、あの場に居合わせた人たちはみんな、人ならざるものの畏れと、神様の威光を見たのだと聞いた。
内情を知る父は、死ぬほど怖かったのだという。私たちが、その恐怖と対峙している事実が恐ろしかったのだと泣いていた。
そこから救い出してくれた須久奈様と神直日神は、父にとってはヒーローに等しいのだろう。日々感謝し、神棚に平伏している。
母は呆れているけど、変な宗教にハマった訳じゃないと放置している。
百花は秋一くんと良く話すようになった。進展のほどは分からないけど、秋一くんから映画に誘われたのだと、嬉しそうにしていた。
もう2人には縁結びは必要ないのだろう。
それでも、なんとなく四つ葉のクローバーを探すのは、須久奈様を引っ張り出す口実が欲しかったからなのだと思う。
稲荷神社の四つ葉のクローバーは願いを叶えてくれる。
参道脇の草むらにしゃがみ込んだ藍色の着物姿に、口元が綻んでしまう。
母も百花も家にいて、神社に人気はないけど、ここに来るまでに多くの人たちが行き交っていた。一応は城下町だ。賑わうほどではなくても、観光客は行き交う。
それなのに、四つ葉のクローバー探しに付き合ってくれている。
背中を丸め、熱心に草むらを探る姿が、素直に可愛く思える。
「そこは境内に入るんですか?」
須久奈様の隣に腰を下ろせば、「入るだろ」と唇を尖らせた。
気恥ずかしそうに頬を染め、もじもじと指を絡ませながら、足元に広がるクローバーに視線を泳がせる。
「お…俺が……入るって言ったら入る。か、神だぞ…」
なぜか自信なさげに眉尻を下げる須久奈様に苦笑が漏れる。
もっと堂々と言えばいいのに、おどおどと視線を泳がせ、もっさりとした前髪を引っ張って顔を隠す。
「あ…あ、あんまり見るな。恥ずかしいから……」
「そんなに見てないですよ?」
「じ、自覚がないのか?」
「目を真っ直ぐ見て話すのは、もう癖です」
また説教かなと嘆息したのに、須久奈様は緩く頭を振った。
「…たぶん…それが一花なんだろうな…。だから……その、あの……お、俺は……」
しどろもどろに呟き、須久奈様の顔が上気する。
次の言葉を辛抱強く待っていると、「あ!」と嬉しそうな声を上げた。
「いっ…一花!あ、あ、あった!」
破顔して、須久奈様の手がクローバーの茎を摘まみ取った。
「ほら」と、私の目の前に掲げられたクローバーには、ハート型の葉が4枚ある。
「おお~」と感嘆の声が出る。
ぱちぱちと拍手すれば、須久奈様は照れ臭そうに「へへへっ」と笑った。
「凄いです。須久奈様」
パーカーのポケットからハンカチを取り出して広げると、須久奈様が丁寧に四つ葉のクローバーを置いた。
「あ、あと…これも…」と、須久奈様の手が衿元から奇妙な草を取り出す。
よくよく見れば、うじゃうじゃと歪な葉を茂らせたクローバーだ。
ここまで葉が茂ると、クローバーとは別種の植物に見える。三つ葉、四つ葉は可愛いのに、ここまで派手になると可愛さの欠片もない。
実に気持ち悪い。
「凄すぎて…言葉が出ないです」
眉根を寄せた私に、須久奈様は苦笑する。
「九つ葉……い、一花にあげる」と、四つ葉のクローバーの横に並べて置く。
「九つ!九つもあるんですか?」
「う、うん。一花に……」
「私が貰っていいんですか?」
「う…うん」
須久奈様は口元を綻ばせ、こてんと首を傾げ、抱えた膝に頬を寄せる。
さらりと前髪が流れ、ほんのり潤んだ瞳と目が合った。
あざと可愛い仕草に、心臓が跳ねる。
自分の顔の価値を知ってて見せてるのなら、かなり強かだ。
「ク…クローバーには意味があるの…知ってる?」
無言で頭を振ると、須久奈様は微笑んだ。
「四つ葉の幸運くらいしか知りません」
「クローバーの葉は…そ、それぞれ意味があるんだ。一つ葉は初恋。二つ葉は出会い。三つ葉は愛。四つ葉は幸運。五つ葉は財運。六つ葉は名誉。七つ葉は無限の幸福。八つ葉は子孫繁栄。そして九つ葉は…神の運」
「神の…運?」
「そ…そう」
須久奈様は頭を上げ、徐に足元に広がるクローバーの茂みに手を伸ばした。
「い…一花に…神の運。お、俺がありったけの加護をあげる」
そう言って、須久奈様はシロツメクサを一輪手折ると、そっと私の耳元に差した。
「一花……お…俺のお嫁さんになって?」
頬に添えられた手の熱か、それとも私の顔が上気しているのか………。
我が家の常駐の神様は根暗で、恥ずかしがり屋で、気持ち悪くて、たまに畏ろしい一面を垣間見せるけど、とても愛情深い神様だということを私は知っている。
”一花”をくれた嬉しさも、あの夜、こっそり神様の後ろ姿を覗き見た高揚感も、今も鮮明に覚えている。
好きになったのは最近だと思ってたけど、ずっと想ってたのは私の方だったのだ。
きっと苦労するんだろうな、と思う。
それでも離れたくはない気持ちを自覚してしまえば、答えはひとつしかない。
私は苦笑し、須久奈様の唇にキスを送った。
感想
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
捨てられた三歳の聖女ですが、辺境伯家に拾われたら家族全員が過保護でした
由香神殿で無能と決めつけられ、三歳で捨てられた少女リリア。
辺境伯家に保護された彼女は、厳つい辺境伯やお兄様たち、領民にまで溺愛されながら幸せな日々を送ることに。
けれど実はリリアは、数百年に一人現れる伝説級の聖女だった。
これは捨てられた幼女聖女が、たくさんの愛に包まれながら成長していく物語。
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
無能令嬢の婚約破棄から始まる悠々自適で爽快なざまぁライフ
タマ マコト王太子妃内定を発表するはずの舞踏会で、リリアナは無能の烙印を押され、婚約を一方的に破棄される。幼少期の事故で封じられていた強大な魔力と、その恐怖を抱えたまま、彼女は反論すらできず王都から追放される。だがその裏では、宰相派による政治的策略と、彼女の力を利用し隠してきた王家と貴族の思惑が渦巻いていた。すべてを失った夜、リリアナは初めて「役目ではなく自分の意思で生きる」選択を迫られ、死地と呼ばれる北辺境へと旅立つ。
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人(あゆと)侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。