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第十五話 そうだ、温泉に行こう
そうだ、温泉に行こう 四
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ぼくらは異国の針葉樹林を歩き、街へと向かっていた。不思議なことに、神の小径を通る前は夕暮れだったのに、こっちに来たらとっくに日が沈んでいた。……なんで?
「時間は東から来るのさぁ。だから西にある魔の森より、こっちの方が夜が早いってわけ」
………………なるほどね。それよりここ寒いよ。早く温泉に入りたいなあ。
「もうすぐさね。ほら、森の向こうが見えたろ。ここは温泉街と隣接する森なのさぁ」
あ、ホントだ。遠くにちらほら明かりが見える。街がある証拠だ。
「たのしみだねぇ。うまい酒もあるから、レオもよく飲んだらいいよ」
「そうだな。だがそれよりまずは……」
レオはふと立ち止まり、ぼくらに集まるよう言った。
「街に出る前に”顔を覚えられない魔法”をかけるぞ」
あ、そうか。温泉で頭いっぱいだから忘れてたよ。レオは魔術師だから世間に顔を覚えられるわけにはいかない。魔術師が最も恐れるものは暗殺だ。世界一強いレオでも、こっそり奇襲されたり、食べ物に毒を盛られでもしたら対応できない。
だから”顔を覚えられない魔法”で顔を隠す。友達はできないかもしれないけど、敵を作らないためには必須の行為だ。
だけどライブラは必要ないと言った。
「ここは外国さね。それに各国からひとが集まる観光地だから、多少奇抜でもそこまで目立たないよ」
「そうだろうか」
「国境の端と端だよ。国ふたつ離れた遠地さぁ。気にすることないよ」
「だがなあ……」
「それに明日、ミス・コンがあるんだよ」
「なに?」
レオがピクリと反応した。
「なんでも街一番の温泉美女をコンテストで決めるらしいんだけど、観光客も参加可能で、上位には賞品も出るそうだよ。でも”顔を覚えられない魔法”を使っちゃ参加できないんじゃないかねぇ。ま、あたしゃ参加しないから別に構わないけどねぇ」
「そうか……温泉美女を決めるミス・コンか……」
レオはあごに手を置き、ふむ……と考える姿勢を見せた。
レオはふだん、決して世間に顔を見せない。世界一の美女を自負しており、夫のぼくも本心からそう思うけど、彼女の美貌を味わえるのはごく身近な仲間と、たいてい不幸な目にあう客だけだ。だけどレオはまれに飲みすぎて酔っ払ったとき、毎回かならずこう言う。
「わたしは不幸だ。こんなに美しいのに世間に見せることができない」
そんなんだから、答えは最初から決まってるようなものだった。
「まあ、国外だしな。少しくらい平気だろう」
そう言ってぼくらは”顔を覚えられない魔法”を使わず街に入った。ひと気のない裏通りを経て、大通りへと顔を出した。
きっと大注目されちゃうんだろうなあ。だってレオはものすごい美女だし、髪の毛が緑色でふつうじゃない。アルテルフもレグルスも注目に値するかわいさだし、ライブラも目つきこそ悪いものの、整った美しさと紫色のうねうね髪は視線を集めるには十分過ぎる。なるべく目立ちたくないんだけどなあ……
なーんて思ったけど、ライブラの言う通り、とくに目立つことはなかった。
いろんな人種が入り乱れ、露店はびこる夜道を行き交っている。肌の色はもちろん、髪色もさまざまだ。黒髪、赤髪、金髪、茶髪、白やグレーも散見し、服装も民族衣装から高級ドレスまで多岐にわたっている。緑髪なのはレオくらいだが、この環境なら目立ちにくい。
「ふむ……安心した。これなら素顔で歩き回れる」
レオはホッとし、視線を独り占めすることなく街を歩いた。おかげでぼくらは散策をたのしむことができた。
異国情緒あふれる街並みは、カンテラひとつとっても毛色が違う。飲食物もはじめて見るものばかりで、建物の風貌も独自の文化が見てとれる。目にも舌にも新鮮で、遠出好きのアルテルフはとくにはしゃいでいた。
ただ少し気になるのは、やけに露店が多いことだった。歓楽街だから観光客目当ての店だらけってのはわかるけど、だったらちゃんとした店舗を構えればいいのに、建物の約半数が閉まっている。そのかわり店の前に並んだ軽食の屋台が幅を利かせて、なんなら椅子とテーブルを広げて大きな顔をしていたりする。そういう文化って言われたらそれまでだけど、なんか変な気がするなあ。
と疑問に思っていたら、ライブラが教えてくれた。
「新しい法律のせいさぁ」
「新しい法律?」
「この辺は元々地元民が商売してたんだけど、新町長が作った”平等法”のせいで店を畳んじまったのさぁ」
なんでも去年までは露店なんてほとんどなく、地元民の店で賑わってたらしい。でも例の法律ができてから、どこも潰れてしまったという。
「なんだその”平等法”とは」
とレオが訊いた。するとライブラが鼻で笑って答えた。
「あらゆる人間を平等のラインに合わせるのさぁ。たとえばこの辺の建物はみんな地元民のものだけど、露店の顔を見てごらん。人種さまざまだろ? 外国人屋台ばっかりさ。なんでかっていうと、自国、他国、同数の店舗がなくちゃいけないよっていう街のお達しがあったからなのさぁ」
「まさかそれで潰されたのか?」
「結果、そうさね。いろいろあって、いまは半々だそうだよ」
なんだそれ。おかしくないか?
「それとほら、露店の店員、どこも男女ふたりペアだろ?」
あ、ホントだ。言われてみればどこも男女ふたりだ。
「これもそうさ。むかし男女の扱いに差があったからって、すべての仕事を男女同数にしろっていうのさ。だから店員はどこもふたり。料理人も男女ペア。売春宿も同数の男を嬢として雇わなきゃならないから、商売上がったりでみーんな潰れちまったそうだよ」
はあ……頭おかしいんじゃないかな。そんなの成り立つわけないじゃないか。
「でも外国人はよろこんでるのさ。おかげで街を乗っ取れたってね」
ひええ、こりゃどうかしてるぞ。異国の文化は相容れないっていうけどホントだなあ。
「ま、よそのことだしどーでもいいんだけどね。それよりほら、宿に着いたよ」
そう言ってライブラは巨大な建物を指差した。
古めかしい木造建築で、並の宿とは比べ物にならないほど大きい温泉旅館だ。看板にでかでかと文字らしきものが書かれ、その下に「ホテル・クレッセント」と、ふりがなが振ってある。それを見てレオが感慨深く言った。
「ほう、統治前の建物か」
「そうさぁ。まあ、新しい店でもこういうとこはあるけどねぇ」
統治とは、数百年前の大陸支配時代のことだ。当時、ぼくらの国も含め、この大陸はある一国が支配していた。そのとき言語も統一され、いま現在ぼくらはそれを使っている。だから同大陸内ならどこでも言葉が通じるが、統治以前の母国語を大事にする国は多い。
「ここは歴史ある大店でねぇ。古くから天然温泉で有名なのさぁ」
そう話すライブラはずいぶんニコニコしていた。眉はいつもどおりキツいが、目も口もニッコリ笑って、肩がはずんでいる。
「ほう、それはたのしみだな」
「そうだろぉ? キシシシ、あたしも話だけで、来るのははじめてなのさ。たのしみだねぇ!」
そう言ってライブラは「さあ行くよ!」と門をくぐっていった。よっぽどたのしみなんだなあ。歌うような足取りで、体重がうんと軽く見える。寒さなんか忘れちゃったみたいだ。
……それにしてもずいぶんくわしいなあ。はじめて来るのに、街のことをみんな知ってるみたいだった。あれかな? 観光のためにあらかじめ予習しておいたのかな? きっとそうだね。
ぼくらは入り口をくぐり、広いロビーに出た。
床や壁は年代を感じさせる古さで、飾りのインテリアも歴史のにおいのするものばかり。ところどころ修繕のあとが木肌の明るさで浮いて見え、休憩スペースの椅子テーブルだけがきれいで真新しかった。
そんなロビーの入ってすぐに受付カウンターがある。ここも男女ふたりが店員で、同時に「いらっしゃいませ」と頭を下げて迎えてくれた。
そこにライブラが言った。
「予約のライブラだけど」
「はっ、ライブラ様ですね! ご承知しております!」
男が即座食い気味に反応し、女が慌ててサッと部屋の鍵を取り出した。すごい記憶力だなあ。客はたくさんいるだろうに、ライブラって聞いただけで一発だ。ふたりともプロ中のプロなんだろう。男は予約表も見ずに正解を言った。
「七名様のご予約ですね」
「ああ。けどふたりキャンセルで五人さぁ」
「さいでございますか。お部屋はそのままでよろしいでしょうか」
「構わないよ」
ライブラは用紙とペンを渡され、さらさらと記入をはじめた。そのうしろからレオが呆気に取られた顔で言った。
「おまえ、七人で予約したのか?」
「そうさね」
「それじゃあうちの使い魔全員呼んだ数じゃないか。レグルスだけを借りるつもりだったんだろう?」
「もちろんそうさぁ。けどどうせあんたのことだから、ついてくるって言うに決まってるからね。念のため七人にしといたのさぁ」
「はぁ……相変わらず勘のいいヤツだな」
「いいや、悪いよ。二匹外したじゃないかい」
ライブラは「せっかくならあいつらも来ればよかったのにねぇ」と言って記入を終え、
「はい、これでいいかい?」
と紙を受付に渡した。
「はい、それでは鍵をお渡しします」
男の店員が受け取り、女が鍵を渡した。
「さーて、それじゃあ早く行こうか。あたしゃもう湯が待ちきれないよ」
ライブラはフンフ~ンと鼻歌を歌いながら先導役を買った。ものすごくたのしそうだ。上機嫌なんてもんじゃない。湯が待ちきれないって言ってたけど、もしかしてライブラって温泉マニア?
「あれ、言ってなかったかい?」
ライブラは満面の笑みで言った。
「あたしゃ風呂が大好きでねぇ。とくに天然温泉にゃ目がないのさ。ここも前から来たかったんだけど、遠いし機会がないしで来れなくてさぁ。いやぁ、たのしみだねぇ」
なるほど、それでこんなにはしゃいでるのか。いつもの殺伐とした雰囲気がないと思ってたけど、そういうことだったんだね。
「そうか、温泉マニアか」
ふと、レオが言った。
「ならルールや作法もくわしいな」
「あたりまえじゃないかい。あたしゃ週に二、三回は温泉に行くんだよ」
「それはよかった。なにせ我々は温泉素人だからな。なんにも知らん。おまえのようなアホヅラに教えを乞うのはしゃくだが、ここはひとつご教授願えんか?」
とレオは、ものを聞く態度とは思えない失礼な言葉遣いで言った。ふだんのライブラなら「ものには訊き方ってもんがあるだろ、クソブス!」と反発するところだが——
「なんだい、そんなことかい!」
ライブラはケラケラ笑い、肩をはずませ、
「任せときな! 湯の入り方からたのしみ方まで、あたしがぜーんぶ教えてあげるよ!」
そう言ってルン♪とスキップした。わあ、あのライブラがスキップだって! なんかすごいもの見ちゃったなあ。お金のためなら善人のいのちも奪う恐ろしい呪術師も、大好きなものとなると、こんな乙女チックな動きを見せちゃうんだなぁ。
「時間は東から来るのさぁ。だから西にある魔の森より、こっちの方が夜が早いってわけ」
………………なるほどね。それよりここ寒いよ。早く温泉に入りたいなあ。
「もうすぐさね。ほら、森の向こうが見えたろ。ここは温泉街と隣接する森なのさぁ」
あ、ホントだ。遠くにちらほら明かりが見える。街がある証拠だ。
「たのしみだねぇ。うまい酒もあるから、レオもよく飲んだらいいよ」
「そうだな。だがそれよりまずは……」
レオはふと立ち止まり、ぼくらに集まるよう言った。
「街に出る前に”顔を覚えられない魔法”をかけるぞ」
あ、そうか。温泉で頭いっぱいだから忘れてたよ。レオは魔術師だから世間に顔を覚えられるわけにはいかない。魔術師が最も恐れるものは暗殺だ。世界一強いレオでも、こっそり奇襲されたり、食べ物に毒を盛られでもしたら対応できない。
だから”顔を覚えられない魔法”で顔を隠す。友達はできないかもしれないけど、敵を作らないためには必須の行為だ。
だけどライブラは必要ないと言った。
「ここは外国さね。それに各国からひとが集まる観光地だから、多少奇抜でもそこまで目立たないよ」
「そうだろうか」
「国境の端と端だよ。国ふたつ離れた遠地さぁ。気にすることないよ」
「だがなあ……」
「それに明日、ミス・コンがあるんだよ」
「なに?」
レオがピクリと反応した。
「なんでも街一番の温泉美女をコンテストで決めるらしいんだけど、観光客も参加可能で、上位には賞品も出るそうだよ。でも”顔を覚えられない魔法”を使っちゃ参加できないんじゃないかねぇ。ま、あたしゃ参加しないから別に構わないけどねぇ」
「そうか……温泉美女を決めるミス・コンか……」
レオはあごに手を置き、ふむ……と考える姿勢を見せた。
レオはふだん、決して世間に顔を見せない。世界一の美女を自負しており、夫のぼくも本心からそう思うけど、彼女の美貌を味わえるのはごく身近な仲間と、たいてい不幸な目にあう客だけだ。だけどレオはまれに飲みすぎて酔っ払ったとき、毎回かならずこう言う。
「わたしは不幸だ。こんなに美しいのに世間に見せることができない」
そんなんだから、答えは最初から決まってるようなものだった。
「まあ、国外だしな。少しくらい平気だろう」
そう言ってぼくらは”顔を覚えられない魔法”を使わず街に入った。ひと気のない裏通りを経て、大通りへと顔を出した。
きっと大注目されちゃうんだろうなあ。だってレオはものすごい美女だし、髪の毛が緑色でふつうじゃない。アルテルフもレグルスも注目に値するかわいさだし、ライブラも目つきこそ悪いものの、整った美しさと紫色のうねうね髪は視線を集めるには十分過ぎる。なるべく目立ちたくないんだけどなあ……
なーんて思ったけど、ライブラの言う通り、とくに目立つことはなかった。
いろんな人種が入り乱れ、露店はびこる夜道を行き交っている。肌の色はもちろん、髪色もさまざまだ。黒髪、赤髪、金髪、茶髪、白やグレーも散見し、服装も民族衣装から高級ドレスまで多岐にわたっている。緑髪なのはレオくらいだが、この環境なら目立ちにくい。
「ふむ……安心した。これなら素顔で歩き回れる」
レオはホッとし、視線を独り占めすることなく街を歩いた。おかげでぼくらは散策をたのしむことができた。
異国情緒あふれる街並みは、カンテラひとつとっても毛色が違う。飲食物もはじめて見るものばかりで、建物の風貌も独自の文化が見てとれる。目にも舌にも新鮮で、遠出好きのアルテルフはとくにはしゃいでいた。
ただ少し気になるのは、やけに露店が多いことだった。歓楽街だから観光客目当ての店だらけってのはわかるけど、だったらちゃんとした店舗を構えればいいのに、建物の約半数が閉まっている。そのかわり店の前に並んだ軽食の屋台が幅を利かせて、なんなら椅子とテーブルを広げて大きな顔をしていたりする。そういう文化って言われたらそれまでだけど、なんか変な気がするなあ。
と疑問に思っていたら、ライブラが教えてくれた。
「新しい法律のせいさぁ」
「新しい法律?」
「この辺は元々地元民が商売してたんだけど、新町長が作った”平等法”のせいで店を畳んじまったのさぁ」
なんでも去年までは露店なんてほとんどなく、地元民の店で賑わってたらしい。でも例の法律ができてから、どこも潰れてしまったという。
「なんだその”平等法”とは」
とレオが訊いた。するとライブラが鼻で笑って答えた。
「あらゆる人間を平等のラインに合わせるのさぁ。たとえばこの辺の建物はみんな地元民のものだけど、露店の顔を見てごらん。人種さまざまだろ? 外国人屋台ばっかりさ。なんでかっていうと、自国、他国、同数の店舗がなくちゃいけないよっていう街のお達しがあったからなのさぁ」
「まさかそれで潰されたのか?」
「結果、そうさね。いろいろあって、いまは半々だそうだよ」
なんだそれ。おかしくないか?
「それとほら、露店の店員、どこも男女ふたりペアだろ?」
あ、ホントだ。言われてみればどこも男女ふたりだ。
「これもそうさ。むかし男女の扱いに差があったからって、すべての仕事を男女同数にしろっていうのさ。だから店員はどこもふたり。料理人も男女ペア。売春宿も同数の男を嬢として雇わなきゃならないから、商売上がったりでみーんな潰れちまったそうだよ」
はあ……頭おかしいんじゃないかな。そんなの成り立つわけないじゃないか。
「でも外国人はよろこんでるのさ。おかげで街を乗っ取れたってね」
ひええ、こりゃどうかしてるぞ。異国の文化は相容れないっていうけどホントだなあ。
「ま、よそのことだしどーでもいいんだけどね。それよりほら、宿に着いたよ」
そう言ってライブラは巨大な建物を指差した。
古めかしい木造建築で、並の宿とは比べ物にならないほど大きい温泉旅館だ。看板にでかでかと文字らしきものが書かれ、その下に「ホテル・クレッセント」と、ふりがなが振ってある。それを見てレオが感慨深く言った。
「ほう、統治前の建物か」
「そうさぁ。まあ、新しい店でもこういうとこはあるけどねぇ」
統治とは、数百年前の大陸支配時代のことだ。当時、ぼくらの国も含め、この大陸はある一国が支配していた。そのとき言語も統一され、いま現在ぼくらはそれを使っている。だから同大陸内ならどこでも言葉が通じるが、統治以前の母国語を大事にする国は多い。
「ここは歴史ある大店でねぇ。古くから天然温泉で有名なのさぁ」
そう話すライブラはずいぶんニコニコしていた。眉はいつもどおりキツいが、目も口もニッコリ笑って、肩がはずんでいる。
「ほう、それはたのしみだな」
「そうだろぉ? キシシシ、あたしも話だけで、来るのははじめてなのさ。たのしみだねぇ!」
そう言ってライブラは「さあ行くよ!」と門をくぐっていった。よっぽどたのしみなんだなあ。歌うような足取りで、体重がうんと軽く見える。寒さなんか忘れちゃったみたいだ。
……それにしてもずいぶんくわしいなあ。はじめて来るのに、街のことをみんな知ってるみたいだった。あれかな? 観光のためにあらかじめ予習しておいたのかな? きっとそうだね。
ぼくらは入り口をくぐり、広いロビーに出た。
床や壁は年代を感じさせる古さで、飾りのインテリアも歴史のにおいのするものばかり。ところどころ修繕のあとが木肌の明るさで浮いて見え、休憩スペースの椅子テーブルだけがきれいで真新しかった。
そんなロビーの入ってすぐに受付カウンターがある。ここも男女ふたりが店員で、同時に「いらっしゃいませ」と頭を下げて迎えてくれた。
そこにライブラが言った。
「予約のライブラだけど」
「はっ、ライブラ様ですね! ご承知しております!」
男が即座食い気味に反応し、女が慌ててサッと部屋の鍵を取り出した。すごい記憶力だなあ。客はたくさんいるだろうに、ライブラって聞いただけで一発だ。ふたりともプロ中のプロなんだろう。男は予約表も見ずに正解を言った。
「七名様のご予約ですね」
「ああ。けどふたりキャンセルで五人さぁ」
「さいでございますか。お部屋はそのままでよろしいでしょうか」
「構わないよ」
ライブラは用紙とペンを渡され、さらさらと記入をはじめた。そのうしろからレオが呆気に取られた顔で言った。
「おまえ、七人で予約したのか?」
「そうさね」
「それじゃあうちの使い魔全員呼んだ数じゃないか。レグルスだけを借りるつもりだったんだろう?」
「もちろんそうさぁ。けどどうせあんたのことだから、ついてくるって言うに決まってるからね。念のため七人にしといたのさぁ」
「はぁ……相変わらず勘のいいヤツだな」
「いいや、悪いよ。二匹外したじゃないかい」
ライブラは「せっかくならあいつらも来ればよかったのにねぇ」と言って記入を終え、
「はい、これでいいかい?」
と紙を受付に渡した。
「はい、それでは鍵をお渡しします」
男の店員が受け取り、女が鍵を渡した。
「さーて、それじゃあ早く行こうか。あたしゃもう湯が待ちきれないよ」
ライブラはフンフ~ンと鼻歌を歌いながら先導役を買った。ものすごくたのしそうだ。上機嫌なんてもんじゃない。湯が待ちきれないって言ってたけど、もしかしてライブラって温泉マニア?
「あれ、言ってなかったかい?」
ライブラは満面の笑みで言った。
「あたしゃ風呂が大好きでねぇ。とくに天然温泉にゃ目がないのさ。ここも前から来たかったんだけど、遠いし機会がないしで来れなくてさぁ。いやぁ、たのしみだねぇ」
なるほど、それでこんなにはしゃいでるのか。いつもの殺伐とした雰囲気がないと思ってたけど、そういうことだったんだね。
「そうか、温泉マニアか」
ふと、レオが言った。
「ならルールや作法もくわしいな」
「あたりまえじゃないかい。あたしゃ週に二、三回は温泉に行くんだよ」
「それはよかった。なにせ我々は温泉素人だからな。なんにも知らん。おまえのようなアホヅラに教えを乞うのはしゃくだが、ここはひとつご教授願えんか?」
とレオは、ものを聞く態度とは思えない失礼な言葉遣いで言った。ふだんのライブラなら「ものには訊き方ってもんがあるだろ、クソブス!」と反発するところだが——
「なんだい、そんなことかい!」
ライブラはケラケラ笑い、肩をはずませ、
「任せときな! 湯の入り方からたのしみ方まで、あたしがぜーんぶ教えてあげるよ!」
そう言ってルン♪とスキップした。わあ、あのライブラがスキップだって! なんかすごいもの見ちゃったなあ。お金のためなら善人のいのちも奪う恐ろしい呪術師も、大好きなものとなると、こんな乙女チックな動きを見せちゃうんだなぁ。
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