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壊れた祝福者

「死にたがり」を縛る鎖

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 目を開けると、先ほどと同じリアンの部屋の天井。
 窓に視線を向けると空が焼けたような赤い色を、夜の始まりを告げる紺色が塗り替えようとしていた。
 分かるのはそれだけ、今日のままなのか、それとも翌日になったのかそれとも――

「ニュクス」

 リアンの声に、窓から視線を移すと、リアンが俺の顔を覗き込んでいた。
 頬を撫でる感触が温かい、嗅覚は麻痺してないのか、石鹸の香りがする。

 なぁ、どれ位、俺、眠ってた?
「――」
 声は相変わらず、か。
「半日以上、今の時間――夜の始まりまで」
 リアンの言葉に少しだけほっとする。
 何とか体を起こそうとするが、やはりまともに動かない。
 少し起き上がろうとして、同じようにベッドに倒れ込む。

 学習しねぇな、俺マジで。

「ニュクス、無理はしないでくれ」
 リアンが、俺の手を握る。
 リアンの手の温かさに、俺は自分の手が冷たくなってることを知った。

 ああ、俺の手こんなに冷たかったのか、感覚が変に麻痺してるからよく分からねぇな本当。
 ついでにロクに動かないし、飯は受け付けないし、本当どうしたものか。

 ガチャリと部屋の扉が開く音が聞こえた。
「リアン様、お食事をお持ちしました。ニュクス様へは――」
「説明は要らぬ、分かっている」
 マイラの声に、リアンは俺に話しかける時とは明らかに違う冷たい声色、口調になる。

 いくら何でも失礼だろう。

「――」
「……すまない、次から気を付ける」
 リアンが俺の頬を撫でて、名残惜しそうに離れていった。
「ニュクス様、失礼いたします」
 セイアがそう言って処置を始める。
 食事を受け付けない俺が生きる為の治療行為を。

 リアンの食べ物を咀嚼する音が聞こえる。

 そんなに急いで食べると喉詰まらすぞ。

「――」
「……そこは、気を付ける。大丈夫、食べ終わってすぐ君の隣に行くから」

 いや、そういう問題じゃねぇよ。
 いいからゆっくり食べろ。
 気が気じゃない。

「――」
「……分かった」

 咀嚼音がゆっくりになる、無理やり胃袋に詰める為慌てて食うような音じゃなくなったことに、俺は安堵の息を吐きながら天井を見る。

 動けるようになりたい、こう意識ある状態で体がほとんど動かないってのはかなり辛い。

「――」
「……リアン殿下。奥方様は何とおっしゃられているのですか?」
「……」

 おい、リアン、其処で無視すんな、伝えろよ本当、どうしたんだよ本当?

「――」
「……ニュクスは……私の妻は、動けるようになりたい、と。体がほとんど動かないのは辛い、と言っている」
「畏まりました、では体を動かせるよう、別所で――」
「止めろ!!」

 リアンの怒鳴り声が聞こえた。
 怒鳴り声……なんだけど、酷く怯えてるようにも聞こえる。
 リアン、アンタは何に、怯えてるんだ?

 液体が注がれているというか少し冷たい感触のする箇所から何かが抜かれ、リアンが強引に俺の事を抱き寄せる。
 リアンの顔を何とか見れた。
 威嚇してるとも、怯えてるとも、憎悪をむき出しにしてるとも取れるような顔をしている。
 まるで、マイラとセイアの二人が自分の敵みたいな態度を取っている。

 リアン、どうしてそんな態度を取るんだ?
 二人は俺達の事を傷つけることなんてしてないし、必死に世話とか治療をしてくれたじゃないか。

「――」
「……」

 何も答えてくれない。
 お願い、答えてよ、答えてリアン。

 りあん、こわいよ。

「――」
「ニュクス……?」

 りあん、こわいよ。
 こわいよ――てよ、りあん。

「ニュクス?!」

 ゆさぶられる、ちからがはいらない。
 からだがうごかない、くちをうごかすのがつらい。
 くるしい。
 あ、おわる、の、かな。
 なんで、こんなに、こわい、ん、だろう。

「ニュクス!!」

 こえがとおく、きこえる。
 まぶたがおもい。
 めのまえが、まっくらになった。


『ニュクス、貴方は何も悪くないの、何も悪くないのよ』
 うそだ、おれがかあさんのじんせいをめちゃくちゃにした。
『本当だ、ニュクス。私達はお前の事を愛してるとも』
 やめて、おれのせいでいのちをねらわれるようになったのに、にげつづけなきゃならなくなったのに。
『ニュクス兄、俺別に気にしてないよ。だから悲しそうな顔すんなって』
 うそだ、おれのせいでおまえはともだちもつくれないし、つくってもわかれることになったんだぞ。
『にゅくすねぇた、れいあさびしくないよ?』
 うそだ、おれのせいで、ぜろすとおんなじくともだちをつくってもわかれてしまった、そのときないてたのをしってる、おれの、せいだ。

 みんな、みんな、おれの、せい、だ。

 ごめん、なさい。
 うまれて、きて、ごめん、なさ、い。

 あかんぼうのこえがきこえる。
 ちがづくと、あかんぼうがかごのなかにいた。

 これは、おれだ。
 ころさなきゃ。
 ころさないと。

 てをのばして、くびにてをかける。

 ころさ、ない、と。

『――クス……ニュクス!!』

 だ、れ?
 だれも……いない……きのせいか。
 ころさ、ない、と。

 てをつかまれる。
 しろくて、きれいなて。

『ニュクス、起きろ!! 止めろ!!』


 声に反応した途端目の前の光景が変わる。
 同時に肺に空気が一気に入ってくる感触に咳き込む。
 赤ん坊はいない、目の前には俺の手を掴んでいるリアンがいた。

 あれは何だったんだ?

「……」
 リアンが俺の手を横に置く。
 何があったんだ?
「――」
「……何も、ない。急に意識を失ってうなされ始めたのを起こしたのだ。それだけ、そう、そうれだけだ」
 リアンはそう言って笑った、何処か悲しそうに。

 ああ、もうすこしで、じぶんを、ころせたのに。

 夢だったかもしれない、けれども俺は「自分」を殺したかった。
 なかったことにしたかった。

 リアンがそっと俺の首を撫でてきた。

 俺の首がどうかしたのか?
「――」
「……何でもない、何でも、ないんだ……」

 悲しそうに笑いながら、リアンは言う。
 視線を移動させると、マイラ達は何か言いたそうな顔をしていたが、何も言わず会釈して部屋をでていった。
 再び視線をリアンに戻す。
 唇を白い指でなぞられる。

「……愛してるよ、ニュクス。決して手放さない、決して君を終わらせない」

 優しくて悲しい声。
 俺にとっては残酷な言葉。
 ああ――
 拒めない、逃げられない――……



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