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届きそうで届かない距離
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セール前日。
売り場には、いつもの倍以上の緊迫感が漂っていた。
売れ筋商品が入荷すれば、他のお客様の目に触れないよう即座に商品名を隠して倉庫へ運び、検品。
閉店後は目玉商品の陳列棚を組み替え、売れ筋商品の棚幅を広げて並べ直す。
POPの貼り替えも総入れ替え。
さらにセール対象外の商品補充まで、一気に進めていく。
誰もが慣れた動きでテキパキと働き、売り場は一気に“戦闘モード”へと変わっていた。
「柊、ツリーの飾り付け頼む」
品出しを終えたところで、森野さんが大きな箱を抱えて声をかけてきた。
階段を上がってすぐの催事場は、12月まではクリスマス売り場になる。
売り場に入ると、杉野チーフが黙々とツリーの飾り付けをしていた。
私が隣に並ぶと、チーフは軽く微笑みながら指をさす。
「じゃあ、その小さいツリーをあそこの売台に飾ってくれる?」
「はい!」
箱を開けてファイバーツリーを組み立てていると、森野さんもやって来た。
「じゃあ、俺はこっちやりますね」
そう言って、180cmの巨大ツリーを箱から出し、手際よく飾り付けていく。
ただ──片側しか飾っていない。
「あれ? なんで片側だけなんですか?」
思わず疑問が口から漏れる。
森野さんは手を止めずに、
「阿呆。お客さんが見るのは片側だけだろ。
見えない部分まで飾るより、片面に集中した方が豪華に見えるんだよ」
と、いつものぶっきらぼうな声で言いながら、飾り付けを続けた。
(……なるほど。ちゃんと考えてやってるんだ)
黙々と作業を進める横顔が妙に絵になっていて、
気づけば、私はその手元をじっと見つめてしまっていた。
「何ぼんやりしてるんだよ。さっさと他のを飾れ!」
「ひっ……は、はい!」
怒鳴られ、慌てて売台に小さなツリーを並べていく。
そんな中──
「杉野チーフ、そっちは俺がやるので……こっちお願いします」
森野さんの声が背後から聞こえる。
視線を向けると、大きなツリーを売台に乗せようとしていたチーフから、
森野さんがすかさず飾り付け済みのツリーを受け取り、代わりに設置していた。
色とりどりのツリーが並ぶ華やかな空間。
なのに、私の胸の中だけが曇っていた。
(……分かってる。杉野チーフには好きな人が“別にいる”って聞いた。でも、それはチーフの気持ちであって……森野さんの気持ちは分からない)
二人で長年この売り場を回してきた。
惹かれ合っていたって、不思議じゃない。
そんな醜い嫉妬みたいな感情が胸の奥でうずまき、息が詰まりそうになる。
(やだ……こんな自分、嫌だ……)
気持ちを振り払うように立ち上がった
──その瞬間。
「危ない!」
杉野チーフの叫び声が響いた。
「えっ──」
驚く暇もなく、
ガタンッ!
まだ固定していなかった壁掛け用売台の板が、私の足元へ倒れ込んでくる。
その瞬間、
「っ!」
森野さんが、とっさに私の前へ飛び込んできた。
倒れかかる重みの気配。
風を切る音。
目の前に広がるのは、私をかばって立ちはだかる森野さんの背中。
胸が──ドクン、と跳ねた。
売り場には、いつもの倍以上の緊迫感が漂っていた。
売れ筋商品が入荷すれば、他のお客様の目に触れないよう即座に商品名を隠して倉庫へ運び、検品。
閉店後は目玉商品の陳列棚を組み替え、売れ筋商品の棚幅を広げて並べ直す。
POPの貼り替えも総入れ替え。
さらにセール対象外の商品補充まで、一気に進めていく。
誰もが慣れた動きでテキパキと働き、売り場は一気に“戦闘モード”へと変わっていた。
「柊、ツリーの飾り付け頼む」
品出しを終えたところで、森野さんが大きな箱を抱えて声をかけてきた。
階段を上がってすぐの催事場は、12月まではクリスマス売り場になる。
売り場に入ると、杉野チーフが黙々とツリーの飾り付けをしていた。
私が隣に並ぶと、チーフは軽く微笑みながら指をさす。
「じゃあ、その小さいツリーをあそこの売台に飾ってくれる?」
「はい!」
箱を開けてファイバーツリーを組み立てていると、森野さんもやって来た。
「じゃあ、俺はこっちやりますね」
そう言って、180cmの巨大ツリーを箱から出し、手際よく飾り付けていく。
ただ──片側しか飾っていない。
「あれ? なんで片側だけなんですか?」
思わず疑問が口から漏れる。
森野さんは手を止めずに、
「阿呆。お客さんが見るのは片側だけだろ。
見えない部分まで飾るより、片面に集中した方が豪華に見えるんだよ」
と、いつものぶっきらぼうな声で言いながら、飾り付けを続けた。
(……なるほど。ちゃんと考えてやってるんだ)
黙々と作業を進める横顔が妙に絵になっていて、
気づけば、私はその手元をじっと見つめてしまっていた。
「何ぼんやりしてるんだよ。さっさと他のを飾れ!」
「ひっ……は、はい!」
怒鳴られ、慌てて売台に小さなツリーを並べていく。
そんな中──
「杉野チーフ、そっちは俺がやるので……こっちお願いします」
森野さんの声が背後から聞こえる。
視線を向けると、大きなツリーを売台に乗せようとしていたチーフから、
森野さんがすかさず飾り付け済みのツリーを受け取り、代わりに設置していた。
色とりどりのツリーが並ぶ華やかな空間。
なのに、私の胸の中だけが曇っていた。
(……分かってる。杉野チーフには好きな人が“別にいる”って聞いた。でも、それはチーフの気持ちであって……森野さんの気持ちは分からない)
二人で長年この売り場を回してきた。
惹かれ合っていたって、不思議じゃない。
そんな醜い嫉妬みたいな感情が胸の奥でうずまき、息が詰まりそうになる。
(やだ……こんな自分、嫌だ……)
気持ちを振り払うように立ち上がった
──その瞬間。
「危ない!」
杉野チーフの叫び声が響いた。
「えっ──」
驚く暇もなく、
ガタンッ!
まだ固定していなかった壁掛け用売台の板が、私の足元へ倒れ込んでくる。
その瞬間、
「っ!」
森野さんが、とっさに私の前へ飛び込んできた。
倒れかかる重みの気配。
風を切る音。
目の前に広がるのは、私をかばって立ちはだかる森野さんの背中。
胸が──ドクン、と跳ねた。
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