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最終話(完結)

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翌日、ぐったりしている俺に反して、創さんは生き生きしていた。
「はじめ、辛かったら言ってね」
と創さんに気遣われながら、自宅へと向かう車内でうとうとしていた。
山の途中で創さんのベンツから、自宅の軽トラに乗り換えて山深い自宅へと戻る。
砂利道が身体に響くけど、なんとか無事に帰宅すると
「はじめ先生~!創先生~!お帰りなさい」
子供達が出迎えてくれる。
俺の手を握り
「先生、楽しかった?」
と、純粋な目で聞かれて胸が痛む。
「はじめ、創、お帰り」
婆ちゃんが玄関から顔を出し
「夕飯の支度、手伝っとくれ」
そう言われて、俺と創さんは顔を見合わせて微笑むと母屋へと歩き出す。
「はじめ先生、今日ね、大きなキュウリを取ったんだよ」
「私はね、私はね、人間みたいな大根!」
2人にいっぺんに話をされながら、俺は母屋の中に入る。
「はじめが居ないと、みんな寂しがってね」
婆ちゃんが苦笑いすると
「月に一日くらい、はじめを1人占めするのは許して欲しいな」
って、創さんがしれっと呟く。
俺はそんな創さんの顔を見て、小さく微笑む。
今、こうして賑やかに暮らしている生活を、ほんの少し前の俺には想像も出来なかった。
もし、あの日声を掛けなかったら、きっと今の俺と創さんの関係は無かったんだろうと思うと不思議な気持ちになる。
夕飯を終えて片付けをしていると、奈々美と綾がコソコソ話をしていた。
「どうしたの?」
2人に声を掛けると
「綾ちゃん、来週帰るでしょう?涼君が好きなのに、何も言わないで帰るって言うから」
そう話す奈々美に、綾が慌てた顔で奈々美の口を塞ぐ。
「そっか……。綾はそのままで良いの?」
綾の高さにしゃがんで話すと、綾は俯く。
「このまま分かれても良いけど、綾は後悔しない?」
俺の言葉に綾が首を横に振る。
「もしダメでも、きっと綾と涼の中にはその時の気持ちが残る筈だよ。人が人と気持ちを通わせるのは、案外ちょっとした事だったりするんだよ」
そう言って微笑んだ。
「まだ1週間あるから、ゆっくり考えてみてごらん」
と俺が言うと、綾は頷いて
「はじめ先生、ありがとう」
って微笑んだ。
2人を見送って離れに戻ると、創さんがコーヒー飲みながら医学書を読んでいた。
丁度飲み干してしまったらしく、口元へ持って行って中味が無いのに気付いてテーブルに置いていた。
俺は離れのミニキッチンのコーヒーメーカーのサーバーを持って、創さんに声を掛ける。
「創さん、コーヒーのお代わりいかがですか?」
すると医学書から顔を上げて、創さんが微笑み、俺の腰を抱き寄せて
「コーヒーより、はじめが欲しいかな?」
そう言って俺の胸に顔を埋める。
「やっぱり、はじめはコーヒーの匂いがする」
と呟くので、俺はサーバーを見せて
「これのせいじゃないですか?」
って苦笑いした。
そんな俺から創さんはサーバーを奪ってテーブルに置くと、俺の身体を創さんの膝の上に乗せて抱き締め
「あの日、はじめが声を掛けてくれて、僕の世界は一変したんだ。はじめ、出会ってくれてありがとう」
そう言われた。
じわりと涙が浮かび、俺は創さんに抱き着いて
「俺の方こそ、俺を選んでくれてありがとう」
と呟いた。
そっと顔を見合わせて、俺と創さんは唇を重ねた後、額と額をコツンと当てて微笑み合う。
「はじめ、愛してるよ」
「創さん、俺も愛しています」
そう囁き合うと、創さんが俺のTシャツに手を差し込んで来た。
「そ……創さん、勉強は?」
慌てて叫ぶ俺に、創さんは
「はじめが居るのに、こんなの読んでられないでしょう」
と言って本を閉じで綺麗な笑顔を浮かべた。
あぁ……今夜もこの笑顔に流されてしまうんだな……。

人の出会いは、何がきっかけで実を結ぶのか分からない。
だからせめて、大好きな人には自分の気持ちを伝えていこうと思った。
1週間後、綾は涼と文通する約束を交わして分かれたらしい。
俺はあと何人、此処で子供を受け入れて、何人の子供達と出会い別れるのだろう。
だけど俺は、その一人一人と真摯に向き合って行こうと思う。
そしてその俺の隣には、ずっと創さんが穏やかに微笑んでくれていると信じて……。[完]
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