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一話完結
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時はカネなり。長い話を短くまとめよう。
豪商の娘である私ローラは、婚約者の貴族令息のトーマス・ランダルフに身分の卑しさとお金に細かい性格を理由にこっぴどく捨てられた。
その時トーマスの横には“真実の愛”だという、人形みたいな顔をした侯爵令嬢が申し訳なさそうに、しかしこの上なく優雅に佇んでいた。
貴族の婚約者から一方的に破談を言い渡された私は、いまや社交界の笑い者である。
トーマスが私の人格を散々けなしてくれたおかげで、守銭奴令嬢とまであだ名されてしまった。
もちろん、結婚市場における私の価値は大暴落。
私は血の涙を流した。とはいえ、もともと政略上の縁談で、トーマスを異性として愛していたわけではない。
無難な男。
本当にただそれだけの印象だったが、突然の婚約破棄でそれも完全にブチ壊された。
私の誇りと共に、粉々に。
しょっぱい慰謝料をもらったくらいで溜飲が下がる話じゃない。
(私を地獄に叩き落しておいて、自分だけ幸せな結婚ができると思うなよクソ野郎! 許すまじ!!)
私は復讐を固く誓った。
しかし、曲がりなりにも豪商の娘。乱心して家に迷惑はかけられない。
包丁を持ってランダルフ家に突撃するわけにもいかず、私は一心不乱に代案を企てた。
法律に触れず、誰にも知られず、そして確実にトーマスに復讐する方法を夜しか眠れずに模索し研究した結果。
私は今、悪魔の召喚に成功した。
月のない暗い森の中で、ランプの明かり一つを頼りに見える悪魔の顔は醜くおぞましいが、私は興奮と達成感で天にも昇る気持ちだ。
私の願いはただ一つ。
無責任クソ貴族、トーマス・ランダルフの愛と結婚における恒久的な破滅である!
トーマスとあの伯爵令嬢との蜜月が残酷な結末を迎えますように。
結婚市場におけるトーマスの価値が暴落し、再起不能に陥りますように。
悪魔にお願いするのは、ただそれだけだ。
対価は払う。もちろん、正当な範囲で。
******
「……はぁ~っ?!」
森の静寂を私の素っ頓狂な声が切り裂いた。
「呪いの副作用で私も一生独身になるって、一体どういうことよ!」
「人を呪わば穴二つって言うじゃろ? 悪魔の道理ってやつよ」
悪魔はケロリと言い放った。意味がわからん。
「いやいやいや。被害者の私まで呪われなきゃいけないなんてどう考えてもおかしいでしょうがっ」
「だからぁ、悪魔との取引はそういうもんなんよ~。雇われのおいらは規定にしたがって説明してるだけなんだって」
「理不尽! 悪徳商法だわ! 責任者出しなさいよ!」
「そんなこと言われても……。じゃ、やめとく~?」
「~~~~……っ」
「無理するこたぁないよ。
クズ男のことはキッパリ忘れて、お前さんにふさわしい相手を見つければいい。
なぁに、まだ若いんだ。たった一度つまづいたからって、自分から結婚のチャンスを諦めるなんざもったいねえよ」
この悪魔、見た目はそれらしいが発言内容がどうにも悪魔らしくない。
おあいにくさまだが、私はありふれた慰めや説教を聞くためにわざわざコイツを呼び出したわけじゃないのだ。
「ふん。あなた、悪魔にしてはずいぶんつまらないこと言うじゃない。
まるで世間ずれした毒にも薬にもならない中年としゃべってるみたいだわ」
嫌味を言っても、悪魔が意に介した様子はない。
「おいらは一般論を言うてるのよ。
後々『悪魔にそそのかされた~!』っつってダダこねられちゃたまらんしぃ~。
お前さんは知らんかもしれんけど、クーリングオフの手続きってけっこう煩雑なのよぉ……?」
耳をかっぽじりながら、いかにもやる気なさそうにのたまう悪魔(召喚ガイドブックによれば推定三百歳の中堅)。
……カチンときた。
こんな死んだ目をした悪魔になめられてたまるか!
「あーら、見くびってもらっちゃ困るわ!」
私は背筋を伸ばして堂々と啖呵を切った。
「これでも私、国中に名を轟かす大商人、マルクスの娘です。
正式な契約にあとからケチつけるような大迷惑かつダサい真似なぞ誰がするものですか!
クーリングオフの手順だってもちろん心得ておりますっっ!」
(難癖をつけて両家の約束を反故にした、あの浮気者のゴミ貴族……トーマスみたいな奴と私はちがうんだから!)
考えてもみたら、呪いの契約によって私自身も結婚のチャンスが潰えるからといって、いまさら痛くもかゆくもない。
すでにトーマスのせいで私の女として人生は終わったも同然なのだ。
私の威勢に何を思ったのか。悪魔の黄色い目が一段と大きく見開かれた。
ずずい、と顔をのぞきこまれる。
い、息がくさい。悪魔には歯磨きする習慣がないのだろうか。
「ほぉ~。それじゃあ、契約するかい?」
私の覚悟は決まっていた。
「いいでしょう、契約成立よ!」
「よっしゃ、承ったぜい!
確認だけど、トーマスが新しい恋人と破局して、その後の婚活でも大敗北、誰からも愛されないようにすればいいんだなっ?」
「そうよ。とことん惨めにしてやって!」
「アハッ、お安い御用だぜ~~♪ そいじゃ、さっそく取り掛かるとするかね」
ぱちんっ!
風船が割れるみたいな音と共に煙が充満すると、悪魔の姿はもうどこにもなかった。
******
あれから十年。私は国内外に名を轟かす大商人になった。
皮肉なことに、トーマスにかけた呪いの副作用は、私にある種の覚悟をもたらした。
一生結婚できないという運命を受け入れ、家業を継いで職業婦人としての人生を全うすることに決めたのだ。
人間、一度腹をくくればなんだってできる。
試行錯誤をくりかえしながら、いつのまにか国を代表する豪商中の豪商にのぼりつめた私は今、幸せだ。
先代の父も私の手腕を認めて、独身の娘をなによりの誇りだと言ってくれている。
アイツから契約の詳細を聞いたときは全く不公平だと思ったものだが、こうなると悪魔にしてはけっこう良心的な内容だったと納得もすれば感謝もしている。
ちなみにトーマスは侯爵令嬢にフラれた後、狂言自殺騒動を起こして一時は精神病棟に入院していたらしい。
退院してからの消息は寡聞にして知らない。いまさら興味もわかなかった。
***オマケ***
~~その後の悪魔~~
黄色い目の悪魔「あーあ……うまくいかないもんだなぁ」
同僚悪魔「なに、どしたよ?」
黄色い目「それがさー、契約者の副作用のことなんだけどさ~。どうやら呪いが裏目に出ちゃったみたいなんよね~」
同僚悪魔「ふ~ん。で、副作用ってどんなやつ?」
黄色い目「それがよぉ、一生独身になるって呪いを契約者にもかけたわけよ。
なんせ婚約破棄されたことをずいぶん恨んでたから、さぞかし結婚生活に執着があるのかと思ったんだけど……」
同僚悪魔「うんうん」
黄色い目「いやぁ、読み間違えた。なんか逆に開き直っちゃったみたいでさぁ。その契約者、仕事方面で大成功して今超ハッピーって感じなんよ~~~……」
同僚悪魔「あ~そりゃ萎えるねえ」
黄色い目「たまにいるんだよね~~、苦境をチャンスに変える人間って」
チャンチャン♪
【おわりです】
豪商の娘である私ローラは、婚約者の貴族令息のトーマス・ランダルフに身分の卑しさとお金に細かい性格を理由にこっぴどく捨てられた。
その時トーマスの横には“真実の愛”だという、人形みたいな顔をした侯爵令嬢が申し訳なさそうに、しかしこの上なく優雅に佇んでいた。
貴族の婚約者から一方的に破談を言い渡された私は、いまや社交界の笑い者である。
トーマスが私の人格を散々けなしてくれたおかげで、守銭奴令嬢とまであだ名されてしまった。
もちろん、結婚市場における私の価値は大暴落。
私は血の涙を流した。とはいえ、もともと政略上の縁談で、トーマスを異性として愛していたわけではない。
無難な男。
本当にただそれだけの印象だったが、突然の婚約破棄でそれも完全にブチ壊された。
私の誇りと共に、粉々に。
しょっぱい慰謝料をもらったくらいで溜飲が下がる話じゃない。
(私を地獄に叩き落しておいて、自分だけ幸せな結婚ができると思うなよクソ野郎! 許すまじ!!)
私は復讐を固く誓った。
しかし、曲がりなりにも豪商の娘。乱心して家に迷惑はかけられない。
包丁を持ってランダルフ家に突撃するわけにもいかず、私は一心不乱に代案を企てた。
法律に触れず、誰にも知られず、そして確実にトーマスに復讐する方法を夜しか眠れずに模索し研究した結果。
私は今、悪魔の召喚に成功した。
月のない暗い森の中で、ランプの明かり一つを頼りに見える悪魔の顔は醜くおぞましいが、私は興奮と達成感で天にも昇る気持ちだ。
私の願いはただ一つ。
無責任クソ貴族、トーマス・ランダルフの愛と結婚における恒久的な破滅である!
トーマスとあの伯爵令嬢との蜜月が残酷な結末を迎えますように。
結婚市場におけるトーマスの価値が暴落し、再起不能に陥りますように。
悪魔にお願いするのは、ただそれだけだ。
対価は払う。もちろん、正当な範囲で。
******
「……はぁ~っ?!」
森の静寂を私の素っ頓狂な声が切り裂いた。
「呪いの副作用で私も一生独身になるって、一体どういうことよ!」
「人を呪わば穴二つって言うじゃろ? 悪魔の道理ってやつよ」
悪魔はケロリと言い放った。意味がわからん。
「いやいやいや。被害者の私まで呪われなきゃいけないなんてどう考えてもおかしいでしょうがっ」
「だからぁ、悪魔との取引はそういうもんなんよ~。雇われのおいらは規定にしたがって説明してるだけなんだって」
「理不尽! 悪徳商法だわ! 責任者出しなさいよ!」
「そんなこと言われても……。じゃ、やめとく~?」
「~~~~……っ」
「無理するこたぁないよ。
クズ男のことはキッパリ忘れて、お前さんにふさわしい相手を見つければいい。
なぁに、まだ若いんだ。たった一度つまづいたからって、自分から結婚のチャンスを諦めるなんざもったいねえよ」
この悪魔、見た目はそれらしいが発言内容がどうにも悪魔らしくない。
おあいにくさまだが、私はありふれた慰めや説教を聞くためにわざわざコイツを呼び出したわけじゃないのだ。
「ふん。あなた、悪魔にしてはずいぶんつまらないこと言うじゃない。
まるで世間ずれした毒にも薬にもならない中年としゃべってるみたいだわ」
嫌味を言っても、悪魔が意に介した様子はない。
「おいらは一般論を言うてるのよ。
後々『悪魔にそそのかされた~!』っつってダダこねられちゃたまらんしぃ~。
お前さんは知らんかもしれんけど、クーリングオフの手続きってけっこう煩雑なのよぉ……?」
耳をかっぽじりながら、いかにもやる気なさそうにのたまう悪魔(召喚ガイドブックによれば推定三百歳の中堅)。
……カチンときた。
こんな死んだ目をした悪魔になめられてたまるか!
「あーら、見くびってもらっちゃ困るわ!」
私は背筋を伸ばして堂々と啖呵を切った。
「これでも私、国中に名を轟かす大商人、マルクスの娘です。
正式な契約にあとからケチつけるような大迷惑かつダサい真似なぞ誰がするものですか!
クーリングオフの手順だってもちろん心得ておりますっっ!」
(難癖をつけて両家の約束を反故にした、あの浮気者のゴミ貴族……トーマスみたいな奴と私はちがうんだから!)
考えてもみたら、呪いの契約によって私自身も結婚のチャンスが潰えるからといって、いまさら痛くもかゆくもない。
すでにトーマスのせいで私の女として人生は終わったも同然なのだ。
私の威勢に何を思ったのか。悪魔の黄色い目が一段と大きく見開かれた。
ずずい、と顔をのぞきこまれる。
い、息がくさい。悪魔には歯磨きする習慣がないのだろうか。
「ほぉ~。それじゃあ、契約するかい?」
私の覚悟は決まっていた。
「いいでしょう、契約成立よ!」
「よっしゃ、承ったぜい!
確認だけど、トーマスが新しい恋人と破局して、その後の婚活でも大敗北、誰からも愛されないようにすればいいんだなっ?」
「そうよ。とことん惨めにしてやって!」
「アハッ、お安い御用だぜ~~♪ そいじゃ、さっそく取り掛かるとするかね」
ぱちんっ!
風船が割れるみたいな音と共に煙が充満すると、悪魔の姿はもうどこにもなかった。
******
あれから十年。私は国内外に名を轟かす大商人になった。
皮肉なことに、トーマスにかけた呪いの副作用は、私にある種の覚悟をもたらした。
一生結婚できないという運命を受け入れ、家業を継いで職業婦人としての人生を全うすることに決めたのだ。
人間、一度腹をくくればなんだってできる。
試行錯誤をくりかえしながら、いつのまにか国を代表する豪商中の豪商にのぼりつめた私は今、幸せだ。
先代の父も私の手腕を認めて、独身の娘をなによりの誇りだと言ってくれている。
アイツから契約の詳細を聞いたときは全く不公平だと思ったものだが、こうなると悪魔にしてはけっこう良心的な内容だったと納得もすれば感謝もしている。
ちなみにトーマスは侯爵令嬢にフラれた後、狂言自殺騒動を起こして一時は精神病棟に入院していたらしい。
退院してからの消息は寡聞にして知らない。いまさら興味もわかなかった。
***オマケ***
~~その後の悪魔~~
黄色い目の悪魔「あーあ……うまくいかないもんだなぁ」
同僚悪魔「なに、どしたよ?」
黄色い目「それがさー、契約者の副作用のことなんだけどさ~。どうやら呪いが裏目に出ちゃったみたいなんよね~」
同僚悪魔「ふ~ん。で、副作用ってどんなやつ?」
黄色い目「それがよぉ、一生独身になるって呪いを契約者にもかけたわけよ。
なんせ婚約破棄されたことをずいぶん恨んでたから、さぞかし結婚生活に執着があるのかと思ったんだけど……」
同僚悪魔「うんうん」
黄色い目「いやぁ、読み間違えた。なんか逆に開き直っちゃったみたいでさぁ。その契約者、仕事方面で大成功して今超ハッピーって感じなんよ~~~……」
同僚悪魔「あ~そりゃ萎えるねえ」
黄色い目「たまにいるんだよね~~、苦境をチャンスに変える人間って」
チャンチャン♪
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