サイコラビリンス

國灯闇一

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2章 青春の秘め事

1dbs-友達の秘密

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 小見川は信じがたい光景を前に表情を強張らせる。ラップを何重にもくるんだ赤子の遺体は、大きな保冷材に囲まれていた。濁りのある黄色い液体がラップに浸透し、シワシワになっている。

「これ……お前の子供か?」

「俺と、愛美の子供」

 冴島はクーラーボックスにロックして、押し入れを閉めた。

「避妊しなかったのか?」

「こんな簡単にできるなんて、思わなかったから」

 後悔を滲ませる冴島はみんなの顔を直視できない。閉め切られた押し入れの柱にずっと視線を向けている。

「このことを知ってるのは、お前と、湯藤さんだけなのか?」

 少し冷静さを取り戻した熊田が聞く。

「うん」

「相当長い間、隠してたってことだよな?」

 根元は少し怒りを交えた声で問い詰めた。

「ごめん。誰かに話したら、すぐに広まっちゃう気がしたから」

「どうする?」

 鹿倉は戸惑いながらみんなに問う。

「どうするって……」

 窓を背にしている根元はその場で小さく右往左往する。

「この場合、どうなるんだ?」

 根元は必死に絞り出し、状況を把握しようと努める。

「逮捕される。冴島も、湯藤さんも」

 小見川は冴島を見つめながら言った。

「俺と愛美を助けてほしい! 全部俺のせいだって分かってる。でも、彼女は悪くないんだ! 俺が、無理にお願いしたから……」

 冴島は両膝をついたまま立っていた小見川に迫りすがった。

「助けるって、俺達にどうしろって言うんだよ」

「それは……」

 冴島は押し寄せる絶望に口を閉ざした。冴島は小見川の手を力なく離す。
 いつの間にか部屋に入ってきていたハエが羽の音を鳴らして、無音の室内を飛び回っている。

「やろうぜ」

 熊田が口火を切った。

「何言ってんだよお前」

 小見川は口端を歪めてぎこちなく笑う。

「このまま黙って見過ごせねぇよ。これでも俺達、友達なんだから」

 冴島は熊田の言葉に胸打たれ、熊田に目を向けながら耳を傾ける。

「お前分かってんのか? もし俺達が冴島の言うことを聞いたら、同罪だぞ!?」

 小見川は眉間にしわを寄せて言う。
 小見川の視界の端に何かが通った。小見川の目には窓の外が見える。姿は見えないが、雀の鳴き声が聞こえてきた。
 向かいの2階建て住宅の窓は、薄い水色のカーテンで閉められている。

「根元、窓閉めろ。この会話を外に聞かれるとマズイ」

「あ、ああ」

 根元は小見川に言われて窓を閉める。それを見た鹿倉は引き戸を閉める。

「俺達何度も助け合ってきただろ?  一緒にやってきた仲間だろ!? こんな形で、友達を失っていいのかよ!」

 熊田は3人に訴える。

「ぼ、僕もできるなら助けたい」

「鹿倉!?」

 根元は驚愕する。

「僕は冴島君に何度も助けてもらった。勉強教えてくれたし、宿題も写させてくれて、先生に怒られずに済んだこともある。小学生の頃、僕が先生に殴られた時も、かばってくれた。今度は、僕が助けたい」

「お前等正気かよ」

 小見川は柱にもたれ、呆れた顔で額を押さえる。

「でも、どうやって助けんだよ! このままじゃ、冴島の親にバレるのも時間の問題だろ」

 根元も反論する。

「だから、ここじゃなくて、別の場所に……」

「無理だよ」

 小見川は熊田の言葉をさえぎって否定する。

「死体の腐敗臭は厄介なほど臭う。腐敗遅延と腐敗臭対策の保冷材もおそらく効かない。誰かに見つかって通報されるのがオチだよ」

 小見川は脱力したようにベッドに腰かける。

 小見川の意見に何も言えなくなる鹿倉、熊田、冴島の3人。

「警察に自首して、素直に話せ。捕まったとしても、運が良ければ3年以内に刑務所を出られる」

「3年……」

 冴島は悲しい表情をして呟く。

「それしかない。3年で済むなら、まだやり直せる。俺達がちゃんと待ってる」

 小見川は静かに説得する。

「でも、その後俺は、ずっと犯罪者のレッテルを貼られ続ける。周りからの痛い視線、誹謗中傷。大人になって刑務所を出たとしても、俺を入れてくれる学校や会社があるか? 愛美も同じだ。俺もそうだけど、気がかりなのは愛美の人生の方なんだ。俺が捕まれば、愛美も捕まる。愛美には、普通の、幸せな日々を送ってもらいたい」

 冴島は小見川の前に座る。

「頼むよ小見川! 俺を利用してくれて構わない。何だってする。だから、俺と愛美を、助けて下さい!!」

 冴島は土下座をした。畳に頭をぶつけた音は鈍く鳴って、静けさの中に行く当てもなく浮遊した。
 小見川は険しい表情を浮かべる。

「はあ……」

 ため息を零したのは根元だった。

「もうやろう」

 小見川は眉をひそめ、根元に視線を向ける。

「ここまでされちゃ、やるしかないよ。お前だって反省してんだろ?」

「協力してくれるのか?」

「ああ」

「根元、お前まで何言い出してんだよ。見つかったら犯罪者だぞ!  今の生活だって、できなくなるかもしれない!」

「お前なら上手くできるんじゃないか? 小見川。ネットで一時期話題になったミステリーノベルゲーム、『夜回廊の影』でシナリオライターとして制作に参加したお前なら」

 根元は真剣な表情で訴える。小見川は唇を歪めた。

「……たまたま人気になっただけだ。それに、今は書いてないし、ゲームと本当の事件とじゃまるで違う」

「だけど、冴島が頼れるのはお前しかいない。誰よりも頭が切れるのは、同じゲームを作ってきた冴島がよく知ってる。だから、お前に頼んでんだろ?」

「そうだよ! お前ならやれるって!」

 熊田も根元の意見に同意する。

「お前等な、人任せにもほどがあるだろ」

「もちろん! 俺達も協力するし、ちゃんと考える! なっ!?」

「おう!」

「僕も!」

 熊田、根元、鹿倉も冴島の後ろに座って切に訴える。

「どうかしてるよ。お前等」

 小見川は頭をぐしゃぐしゃに掻き、ベッドから腰を上げて移動する。その時、勉強机に置かれた写真に目がいった。

「頼む! 小見川! 一生のお願いだ!!」

「「「お願いします!!!」」」

 4人は小見川に頭を下げる。小見川は小学生の頃の写真を見つめていた。
 5人とも同じ小学校に入っていた。同じ学校で、たくさんの思い出を分かち合い、一緒に過ごした。その小学校の卒業式の後に撮った写真。溢れんばかりの笑顔が、そこにはあった。
 小見川は唾を飲み込み、息をついた。

「全員、罪を一生背負う覚悟はあるのか?」

「え?」

 土下座をしていた4人は顔を上げる。

「どんなことがあっても、その罪と向き合い、逃れられない人生を送る覚悟はあるか?」

 小見川は振り返り、強い覚悟を宿した瞳で聞いた。

「おう」

「当たり前だよ」

「そんな覚悟、とっくにできてる」

「もちろん」

 4人は真剣な眼差しで、小見川の顔を見て首肯した。

「十分だ」

 小見川は冴島を見下ろす。

「これから地獄の中に行く。必ず、俺達が守ってやる」

 小見川は強い決意を込めた言葉を放った。それは、演劇部でつちかった真に迫る演技とはほど遠い、中学生の男の子の強がりでもあった。
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