サイコラビリンス

國灯闇一

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6章 一滴の酔魔《すいま》

1dbs-人生をかけた宿題

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 警察の公開捜査で、遺体なき赤子殺人はテレビやネットで注目が集まり、目まぐるしく情報が錯綜している。
 しかし、事件とは関わりのない個人の日常は何も変わらない。本当は少しずつ変わっているのだが、それに気づいていないだけ。
 小見川達の周りは目に見えるほど変わった。

 小見川は教室に入ってすぐに冴島を見つけた。冴島はクラスの男子に囲まれていた。机を囲む男子は何かを聞いているようだった。
 根元や熊田、鹿倉もクラスのみんなから質問攻めに遭っている。

「よう。小見川」

 同じクラスの水戸間みとまが声をかけてきた。水戸間とはよく話すし、普通に気の置ける奴だった。

「おう。おはよう」

「聞いたぞ。お前等刑事に話聞かれたんだって?」

「ああ」

「もしかして例の?」

「ああ、ニュースでやってた奴」

 小見川は素っ気なく答える。

「何聞かれたんだ?」

「不審な人を見かけなかったかって」

「それだけ?」

 小見川は水戸間の顔を見つめた。水戸間は何とも言えない下衆ゲスな目をしていた。吐き出す息が腐臭をまとい、不快な感情を掻き立てた。

「それだけ」

 小見川は水戸間の目を見たまま、作り笑顔で言ってのけた。

「ふーん」

 微妙な間が空く。
 すると、激しい物音が教室に響いた。

「お前ふざけんなよ!」

 根元が声を張り上げていた。

「何キレてんだよ。聞いただけじゃん」

 同じクラスの嶋佑助しまゆうすけは根元の態度に冷たくぼやく。

「言い方がムカつくんだよ!」

 一触即発の様相に、教室は静まり返っている。顔を突き合わせて睨み合う根元と嶋。それを見ていた水戸間は薄ら笑いを浮かべていた。
 こいつ……。

 その時、先生が教室に入ってきた。

「はーい。席につけよー」

 息を止めたような空気が一瞬で消え、教室の中が椅子や机と床の摩擦音で木霊する。嶋は舌打ちをして、席に戻っていく。根元は怒りを鎮めるのに数秒を要し、乱暴に椅子を引いて、席についた。


 根元の拳が自分の学生鞄を殴った。根元は朝にあった出来事を放課後になっても引きずっていた。

「あいつマジうぜぇ」

「仕方ないだろ。ニュースになって、刑事も学校のことを調べてるんだ。噂になってもおかしくない」

 小見川は冴島のベッドに腰かけて、根元をなだめる。根元は何も返事をせず、座ったまま引き戸にもたれる。

 小見川達は部活を休み、冴島の部屋に集まっていた。重く淀んだ空気を吸い続ける一日となった小見川達には、少なからず疲労の色が見えた。
 クラス中から腫れ物を見る視線を浴びせられ、けられる。休み中にあった出来事にもかかわらず、思った以上の拡散力をもたらしていた。

 小見川達が貝塚、増古と一緒にいる所を数人の生徒が隠し撮りをし、SNSに投稿していた。その画像は瞬く間に広がり、おふざけ加工された写真まであった。『犯人、発見!』というタグまでつけられ、小見川達の顔が目を隠された状態で写真にアップされている。ここまでされたらクラスのみんなの態度がああなるのも納得できた。

「どうしよう? 小見川君」

「どうしようって、何もする必要ないよ」

「このまま、何もしないってこと?」

 鹿倉は膝を抱えて心配そうにする。

「SNSに投稿されたものを警察が間に受けるわけないだろ。証拠も提示してないんだから」

「何もしなかったら、あることないこと書かれんだぞ!? こんなんじゃ俺達、学校にも行けなくなる! それでいいのかよ!?」

 根元は語気を強めて怒りをぶちまける。

「ずっとこんな生活、しなきゃいけねぇのかよ……」

 根元はやりきれない思いをぼやく。

「お前、甘えてんじゃねぇのか?」

 小見川は眉をひそめて問いかけた。

「ああ?」

 根元の眉間にも皺が刻まれる。

「お前言ったよな? 一生罪を背負う覚悟があるって」

「お前が大丈夫って言っ」

「その前だよ!!!」

 小見川は声量を上げて根元の言葉を遮った。

「俺達はもう戻れないんだよ」

 根元は返す言葉が思いつかなかった。

「お前がキレたお陰で、ネット上じゃ俺達が犯人じゃないかっていう声が蔓延まんえんしてる。学校じゃ、既に俺達が遺棄事件の犯人だ。この気運が、俺達を追い詰める」

 根元は意気消沈していた。

「あれほど冷静に答えろと言ったはずだ。1つのミスが、俺達の終わりになることだってある。この中の誰か1人でも逮捕されて、起訴まで持っていかれたら、俺達は全員終わりだ」

 小見川は根元の顔を真っ直ぐ見据えて語る。

「やめろよ。根元だって反省してるって。なあ?」

 熊田は根元の隣に座って気丈に振る舞う。根元は静かに頷いた。

「小見川君、これで根本君の説教は終わりにしよ? これからどうしなきゃいけないか考えないと」

 鹿倉が小見川をなだめる。小見川は何もしゃべらない冴島を見た。冴島は巻き込んだ自分を責めるように、自分の手の甲に爪を立てていた。

「そうだな。ここまで来ると、逮捕された後のことも視野に入れなきゃならない」

「どういうこと?」

 鹿倉は驚いた様子を見せる。

「逮捕されたからって終わりじゃない。嫌疑不十分で釈放される場合だってある。裁判にかけられたら、無罪になるようにすればいい」

「どうやって?」

「それをこれから話し合うんだよ」

 小見川は足をベッドに上げてあぐらをかく。

「口裏を合わせる。宿題だ。人生をかけた、宿題」

 緊迫感漂う部屋の中、小見川の冷笑が根元達の体にべたついた寒気を催した。
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