透き通るほど青い人々よ

國灯闇一

文字の大きさ
15 / 42

Q15話 桜舞う季節の約束

しおりを挟む
 5月3日土曜日。当日の朝はいつも滅多に鳴らない携帯がやかましかった。
 ちゃっかりグループチャットの名前が『花見友はなみとも』に変わっていた。奏絵や洸大が率先して追いチャットしてくる。遠足前の子供みたいなはしゃぎっぷりだった。

 焦げ目のついたサンドイッチを弁当に詰め、ドアを開けた。一歩外に出ると、やわらかな日射しを受けて、体が熱を持つ。
 花見にはもってこいだな。
 朝の快晴を仰ぎ、集合場所に向かった。

 ゴールデンウィーク中の駅がどんな感じなのか、縁のない僕には知る由もない。というのも、ゴールデンウィークの過ごし方は決まって自宅でのんびりするのが平井亮士ひらいりょうじ流の過ごし方だ。

 朝の時間帯ではあるが、まばらに人の姿がある。キャリーケースを引く旅行客らしき人もいる。休日はこんなものかもしれないが、普段の休日とは違い、駅の利用客がいつもよりオシャレな気がする。
 通学時間より1本遅い電車に乗る。朝なのに微妙に多い。
 人の間を抜けていくと、私服の洸大と中宮を見つけた。
「よ!」
 僕を見つけてすぐ、洸大が声をかけてきた。
「お前にしては良い案だったな」
 いつになくテンションが高い。
「楽しみにしてくれたようで何より」
 洸大はベストに長袖Tシャツ、ベージュのチノパン。
 中宮は鑑賞魚の尾ひれのような青いやわらかなスカートと白のTシャツを着ていた。少々心配性な気もするが、中宮の体調はどうだろうか。顔色は悪くないと思うが……。
 
「中宮。体調は大丈夫か?」
 洸大を気にするように一瞥いちべつした後、中宮が首肯する。
「大丈夫」
「そっか……」
「まだ万全じゃないのか?」
「そ、そうじゃないけど、たまにあるの……」
 中宮が狼狽えて、ようやく僕が余計なことを言ったと気づいた。
 洸大は中宮の体の状態を知らない。今まで僕にも隠していたことだ。洸大にも言ってないだろう。
「そっか。体調悪くなったら遠慮なく言ってくれよ。俺たちに気を使わなくていいからさ」
「うん。ありがとう」
 
 改札を通り、駅出入り口で立っている人たちの中に奏絵がいた。奏絵は僕らを見つけると、片手を上げてぴょんぴょん跳ねる。
「今日はお誘いいただきありがとう! 花見なんて小学校以来だよ」
 奏絵は楽しそうに声をはずませる。大きめのスウェットにショートパンツ。奏絵らしいファッションだ。
「でも、どういう風の吹き回し? 亮士君がこんなことするなんて」
「意外か?」
「そうだね。他人をどこかに誘ったりもそうだけど、花見なんてする人だとは思ってなかったかなぁ」
 
 言われてみるとそうかもしれない。僕の記憶が確かなら、誰かと一緒に花見なんて行ったことはなかった。
 行きたいと思ったこともなかった。だから誘ったはいいものの、どこに行けば綺麗な桜が咲いているのか知りもしなかった。それでもミネルヴァがいれば、簡単に解決できてしまう。ミネルヴァはいくつか候補を挙げてくれた。おかげで場所選びには苦労しなかった。
「ここからバスだっけ?」
 洸大が尋ねたので、携帯で時間を確認する。
「そうだな。12分後に3番乗り場からバスが出る。まずはそれに乗ろう」
「じゃあ行こうか。ん、凪子、今日も可愛いね」
「ちょ、ちょっと、こんなところで抱きつかないで」
 奏絵と中宮はじゃれつきながら駅を出る。
 奏絵も楽しみにしてくれていたようだ。計画を立てた身としてはありがたい。

「はしゃいでますな~」
 楽しげなふたりを眺める洸大が微笑ましそうに口にする。
「しっかし、お前が俺を遊びに誘う日が来るとはな」
 奏絵と同じことを言われ、グサリと来るものがあった。
「僕が遊びに誘うのがそんなに変か?」
「変だね」
 きっぱり言われた。
「俺の記憶が正しければ、お前から誘われたことは一度もなかった」
 まあ、そうだったかもしれない……。
「そう思うと感慨深いね。お前の企画した今日という日を思う存分楽しませてもらおう」
 洸大はスキップしながら中宮たちを追いかけた。
 人のこと言えないくらいはしゃいでいる洸大に笑みを浮かべ、春風に目を細めて歩き出した。


 バスに揺られて15分。みんなと話していたらあっという間だった。
 バスから降りた場所は、新緑に富んだ自然がありふれた山道の入口だった。そこから山道を歩かなければならない。そう説明したら、あからさまにげんなりされた。
 絶景スポットがあるからと気を取り直してもらい、前を歩いた。

 山道に入ると、パレードの見物客のように草木が生い茂っている。
「うあー! 虫がっ!?」
「おい、ぶつかってくるなよ! 弁当入ってんだぞ!」
 飛んできた虫に驚いた洸大が後ずさり、軽くぶつかった。
「はっ!? 弁当! そうだ。俺には弁当が……」
 振り向いた洸大は虚無の表情を浮かべた。
「男の作った弁当なんだよなぁー」
「悪かったな」
 春の日差しを浴びて草木生い茂る山道を歩いていれば、虫にも出くわしてしまう。人とぶつかることを気にしない虫たちは、虫嫌いにとって大きな問題に違いない。

「何やってんの。危ないから先に行くよ」
 奏絵が僕と洸大を注意しつつ、間を通り抜ける。奏絵はいつぞやのように中宮を背負っていた。そこそこ傾斜のあるところで人ひとりを背負って平然と歩けるのは、さすが運動部と言わざるを得ない。僕には真似できない気がする。
 って、ちょっと待て。
「おい、場所わかるのか?」
 前を歩く奏絵に問いかける。
「柏崎山道の桜スポットで検索すれば、簡単に出てくるでしょ」
 どうやらミネルヴァに聞いたようだ。
「わざわざ道順を覚えたのか?」
 奏絵は小さく笑う。
「まさか。検索したのはさっきだよ」
 中宮が携帯を持っているわけでもなかった。ってことはまさか……。
 
「奏絵。もしかして、手術したのか?」
「そう! コンタクト着けなくてよくなったんだよねー。着け外ししなくていいって最高だね!」
「おまけに人工網膜までつけたのか。チカチカしないか?」
 洸大が少し心配そうに尋ねるが、奏絵はまったく気にした様子はない。
「噂ほどじゃないよ。術後は異物感がヤバかったんだけど、3日くらいしたら違和感消えたし」
 たまに耳にしていた。画像や映像を出力できるモニターを網膜にしたものが人工網膜だ。眉尻の辺りに超小型の送受信端末を埋め込み、人工神経で網膜に繋いで画像や映像を見ることができる。
 
 奏絵にはマップ画面が見えているはずだ。超小型とはいえ、頭に端末を埋め込むことに抵抗がある人も少なくない。
 ミネルヴァの一部機能の移植も、特殊な電波を照射して脳を刺激するという怖そうな施術を行う。そう考えると、なぜミネルヴァの機能移植には抵抗のある人が少ないのか不思議に感じる。
 移植の仕方は違えど、危険もゼロじゃない。なのに、奏絵は若くして人工網膜の施術を受けた。肝っ玉もアスリートってことなのか。
 
 他愛のない会話をしながら登っていたが、それは最初だけだった。口数は減り、息遣いばかり零れていた。
 僕の憂鬱な授業ベスト3に入るのは体育だ。できることなら仮病で休みたい。そんな風に考えてしまうほど、運動への苦手意識が強いせいで、13歳の平均を下回る運動基礎能力を記録してしまった。
「へばるの早すぎ。まだ10分も経ってないでしょ」
 奏絵は涼しい顔で僕らを励ます。
「15分は経ってるって」
 洸大は肩で息をしている。
「そう?」
「こっちはお前と違って、運動に縁遠い生活を送ってるんだよ」
 洸大も僕と一緒で運動は平凡か、それ以下だ。額に汗が滲み、だらしない顔をしている。
 
「はい、言い訳。これを機になんでもいいから運動したら? 貧相な体力も少しはマシになるかもよ」
「こんなことになるなら、もっと楽な花見スポットにするんだった……」
「そこ、計算してなかったのかよ」
 洸大は力なく笑った。
 なんだかんだ、僕も楽しみにしてたってことだろうな。
 
 それはそうと、さっきからほとんど人とすれ違わない。
 ゴールデンウィークでこの閑散っぷりはさすがにどうなんだ?
 ミネルヴァによれば、ここの花見スポットは他の花見スポットと違って見つけにくいところにあり、アクセスもしにくい。マップに記されている花見スポットではなく、ミネルヴァが様々な情報を総合して推測した花見スポットのため、正確性に欠ける可能性がある。
 
 例えば、ミネルヴァが入手した情報に一部誤った情報が入っていた場合、予測された地点より数百メートルずれていることがあるらしい。地図上では数百メートルでも、道のり次第では数キロの違いもあり得る。
 この辺にあること自体は間違ってないはずだ。ミネルヴァがその情報を間違えるとは考えにくい。だが、ここまで人を見かけないと不安になってくる。あるいは道に迷ったか。
 奏絵がマップを見てくれているので、まず迷うことはないと思うが。
 
「とうちゃーく!」
 奏絵が快活な声を張り上げる。背中から中宮を下ろし、歩き出した。
 後ろから追随する僕らもようやく坂道の終わりを確認した。
 少しずつ全貌が見えてくる。地味な色ばかりに囲まれた山道から脱した先で、僕らを待っていたようにそれは現れた。

 坂道が終わり、数歩。茶色の地面はやわらかな芝生に変わった。山の奥地でひっそり咲かせる桜の花びらは、澄みきった空気の中を舞っている。芝生に並んだ満開の桜が全面に華やいでいた。
「すげえ!!」
 洸大は疲れなど忘れてしまったかのように走り出した。
 奏絵も桜吹雪が彩る景色の中に飛び込んでいった。楽しそうにはしゃいでいるふたりを見つめる中宮も笑っていた。
 
 ささやかな僕らの日常にひっそりと舞い散る桜の中、僕は素直な言葉を紡いだ。
「中宮。君はまだ死にたいって思うかもしれない。君が辛いのも、苦しいのも、ほんの少しくらいは理解できるつもりだ」
 中宮はわずかに驚きをたたえた瞳を向けていた。
 
「死にたくなる気持ちを否定するつもりはないよ。でも、僕は中宮に生きてほしい……。これからも、こうやって一緒に笑っていられる時間があってほしいんだ。……少しでいいから。僕に時間をくれないか?」
「え?」
「何ができるかわからないけど、君の病気を取り除く手伝いをさせてほしい。もし、君の病気が治ったら、またこの景色をみんなで見に来よう。……次に見る桜は、もっと綺麗に咲いて見えるはずだ」
 中宮の瞳には動揺が色濃く映っていた。
 僕の率直な気持ちを聞いた中宮は顔を伏せ、小さく頷いた。
「ありがとう」

「何やってんだあー!」
 洸大の大きな声に視線を投げる。
「お前らもこっちに来いよ。腹減ってんだからよ!」
「ここで食べよう!」
 奏絵も弾ませた声を上げる。
「さ、行こう。中宮」
「……うん」
 僕らは桜の花びらが泳ぐ公園を歩き出した。
 これからどうなるかなんて、誰にもわからない。きっと、ミネルヴァにもわからない。それでも、僕らは信じて疑わない。また、みんなと笑ってこの場所に来られると。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】 ・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー! 十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。 そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。 その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。 さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。 柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。 しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。 人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。 そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...