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Q15話 桜舞う季節の約束
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5月3日土曜日。当日の朝はいつも滅多に鳴らない携帯がやかましかった。
ちゃっかりグループチャットの名前が『花見友』に変わっていた。奏絵や洸大が率先して追いチャットしてくる。遠足前の子供みたいなはしゃぎっぷりだった。
焦げ目のついたサンドイッチを弁当に詰め、ドアを開けた。一歩外に出ると、やわらかな日射しを受けて、体が熱を持つ。
花見にはもってこいだな。
朝の快晴を仰ぎ、集合場所に向かった。
ゴールデンウィーク中の駅がどんな感じなのか、縁のない僕には知る由もない。というのも、ゴールデンウィークの過ごし方は決まって自宅でのんびりするのが平井亮士流の過ごし方だ。
朝の時間帯ではあるが、まばらに人の姿がある。キャリーケースを引く旅行客らしき人もいる。休日はこんなものかもしれないが、普段の休日とは違い、駅の利用客がいつもよりオシャレな気がする。
通学時間より1本遅い電車に乗る。朝なのに微妙に多い。
人の間を抜けていくと、私服の洸大と中宮を見つけた。
「よ!」
僕を見つけてすぐ、洸大が声をかけてきた。
「お前にしては良い案だったな」
いつになくテンションが高い。
「楽しみにしてくれたようで何より」
洸大はベストに長袖Tシャツ、ベージュのチノパン。
中宮は鑑賞魚の尾ひれのような青いやわらかなスカートと白のTシャツを着ていた。少々心配性な気もするが、中宮の体調はどうだろうか。顔色は悪くないと思うが……。
「中宮。体調は大丈夫か?」
洸大を気にするように一瞥した後、中宮が首肯する。
「大丈夫」
「そっか……」
「まだ万全じゃないのか?」
「そ、そうじゃないけど、たまにあるの……」
中宮が狼狽えて、ようやく僕が余計なことを言ったと気づいた。
洸大は中宮の体の状態を知らない。今まで僕にも隠していたことだ。洸大にも言ってないだろう。
「そっか。体調悪くなったら遠慮なく言ってくれよ。俺たちに気を使わなくていいからさ」
「うん。ありがとう」
改札を通り、駅出入り口で立っている人たちの中に奏絵がいた。奏絵は僕らを見つけると、片手を上げてぴょんぴょん跳ねる。
「今日はお誘いいただきありがとう! 花見なんて小学校以来だよ」
奏絵は楽しそうに声を弾ませる。大きめのスウェットにショートパンツ。奏絵らしいファッションだ。
「でも、どういう風の吹き回し? 亮士君がこんなことするなんて」
「意外か?」
「そうだね。他人をどこかに誘ったりもそうだけど、花見なんてする人だとは思ってなかったかなぁ」
言われてみるとそうかもしれない。僕の記憶が確かなら、誰かと一緒に花見なんて行ったことはなかった。
行きたいと思ったこともなかった。だから誘ったはいいものの、どこに行けば綺麗な桜が咲いているのか知りもしなかった。それでもミネルヴァがいれば、簡単に解決できてしまう。ミネルヴァはいくつか候補を挙げてくれた。おかげで場所選びには苦労しなかった。
「ここからバスだっけ?」
洸大が尋ねたので、携帯で時間を確認する。
「そうだな。12分後に3番乗り場からバスが出る。まずはそれに乗ろう」
「じゃあ行こうか。ん、凪子、今日も可愛いね」
「ちょ、ちょっと、こんなところで抱きつかないで」
奏絵と中宮はじゃれつきながら駅を出る。
奏絵も楽しみにしてくれていたようだ。計画を立てた身としてはありがたい。
「はしゃいでますな~」
楽しげなふたりを眺める洸大が微笑ましそうに口にする。
「しっかし、お前が俺を遊びに誘う日が来るとはな」
奏絵と同じことを言われ、グサリと来るものがあった。
「僕が遊びに誘うのがそんなに変か?」
「変だね」
きっぱり言われた。
「俺の記憶が正しければ、お前から誘われたことは一度もなかった」
まあ、そうだったかもしれない……。
「そう思うと感慨深いね。お前の企画した今日という日を思う存分楽しませてもらおう」
洸大はスキップしながら中宮たちを追いかけた。
人のこと言えないくらいはしゃいでいる洸大に笑みを浮かべ、春風に目を細めて歩き出した。
バスに揺られて15分。みんなと話していたらあっという間だった。
バスから降りた場所は、新緑に富んだ自然がありふれた山道の入口だった。そこから山道を歩かなければならない。そう説明したら、あからさまにげんなりされた。
絶景スポットがあるからと気を取り直してもらい、前を歩いた。
山道に入ると、パレードの見物客のように草木が生い茂っている。
「うあー! 虫がっ!?」
「おい、ぶつかってくるなよ! 弁当入ってんだぞ!」
飛んできた虫に驚いた洸大が後ずさり、軽くぶつかった。
「はっ!? 弁当! そうだ。俺には弁当が……」
振り向いた洸大は虚無の表情を浮かべた。
「男の作った弁当なんだよなぁー」
「悪かったな」
春の日差しを浴びて草木生い茂る山道を歩いていれば、虫にも出くわしてしまう。人とぶつかることを気にしない虫たちは、虫嫌いにとって大きな問題に違いない。
「何やってんの。危ないから先に行くよ」
奏絵が僕と洸大を注意しつつ、間を通り抜ける。奏絵はいつぞやのように中宮を背負っていた。そこそこ傾斜のあるところで人ひとりを背負って平然と歩けるのは、さすが運動部と言わざるを得ない。僕には真似できない気がする。
って、ちょっと待て。
「おい、場所わかるのか?」
前を歩く奏絵に問いかける。
「柏崎山道の桜スポットで検索すれば、簡単に出てくるでしょ」
どうやらミネルヴァに聞いたようだ。
「わざわざ道順を覚えたのか?」
奏絵は小さく笑う。
「まさか。検索したのはさっきだよ」
中宮が携帯を持っているわけでもなかった。ってことはまさか……。
「奏絵。もしかして、手術したのか?」
「そう! コンタクト着けなくてよくなったんだよねー。着け外ししなくていいって最高だね!」
「おまけに人工網膜までつけたのか。チカチカしないか?」
洸大が少し心配そうに尋ねるが、奏絵はまったく気にした様子はない。
「噂ほどじゃないよ。術後は異物感がヤバかったんだけど、3日くらいしたら違和感消えたし」
たまに耳にしていた。画像や映像を出力できるモニターを網膜にしたものが人工網膜だ。眉尻の辺りに超小型の送受信端末を埋め込み、人工神経で網膜に繋いで画像や映像を見ることができる。
奏絵にはマップ画面が見えているはずだ。超小型とはいえ、頭に端末を埋め込むことに抵抗がある人も少なくない。
ミネルヴァの一部機能の移植も、特殊な電波を照射して脳を刺激するという怖そうな施術を行う。そう考えると、なぜミネルヴァの機能移植には抵抗のある人が少ないのか不思議に感じる。
移植の仕方は違えど、危険もゼロじゃない。なのに、奏絵は若くして人工網膜の施術を受けた。肝っ玉もアスリートってことなのか。
他愛のない会話をしながら登っていたが、それは最初だけだった。口数は減り、息遣いばかり零れていた。
僕の憂鬱な授業ベスト3に入るのは体育だ。できることなら仮病で休みたい。そんな風に考えてしまうほど、運動への苦手意識が強いせいで、13歳の平均を下回る運動基礎能力を記録してしまった。
「へばるの早すぎ。まだ10分も経ってないでしょ」
奏絵は涼しい顔で僕らを励ます。
「15分は経ってるって」
洸大は肩で息をしている。
「そう?」
「こっちはお前と違って、運動に縁遠い生活を送ってるんだよ」
洸大も僕と一緒で運動は平凡か、それ以下だ。額に汗が滲み、だらしない顔をしている。
「はい、言い訳。これを機になんでもいいから運動したら? 貧相な体力も少しはマシになるかもよ」
「こんなことになるなら、もっと楽な花見スポットにするんだった……」
「そこ、計算してなかったのかよ」
洸大は力なく笑った。
なんだかんだ、僕も楽しみにしてたってことだろうな。
それはそうと、さっきからほとんど人とすれ違わない。
ゴールデンウィークでこの閑散っぷりはさすがにどうなんだ?
ミネルヴァによれば、ここの花見スポットは他の花見スポットと違って見つけにくいところにあり、アクセスもしにくい。マップに記されている花見スポットではなく、ミネルヴァが様々な情報を総合して推測した花見スポットのため、正確性に欠ける可能性がある。
例えば、ミネルヴァが入手した情報に一部誤った情報が入っていた場合、予測された地点より数百メートルずれていることがあるらしい。地図上では数百メートルでも、道のり次第では数キロの違いもあり得る。
この辺にあること自体は間違ってないはずだ。ミネルヴァがその情報を間違えるとは考えにくい。だが、ここまで人を見かけないと不安になってくる。あるいは道に迷ったか。
奏絵がマップを見てくれているので、まず迷うことはないと思うが。
「とうちゃーく!」
奏絵が快活な声を張り上げる。背中から中宮を下ろし、歩き出した。
後ろから追随する僕らもようやく坂道の終わりを確認した。
少しずつ全貌が見えてくる。地味な色ばかりに囲まれた山道から脱した先で、僕らを待っていたようにそれは現れた。
坂道が終わり、数歩。茶色の地面はやわらかな芝生に変わった。山の奥地でひっそり咲かせる桜の花びらは、澄みきった空気の中を舞っている。芝生に並んだ満開の桜が全面に華やいでいた。
「すげえ!!」
洸大は疲れなど忘れてしまったかのように走り出した。
奏絵も桜吹雪が彩る景色の中に飛び込んでいった。楽しそうにはしゃいでいるふたりを見つめる中宮も笑っていた。
ささやかな僕らの日常にひっそりと舞い散る桜の中、僕は素直な言葉を紡いだ。
「中宮。君はまだ死にたいって思うかもしれない。君が辛いのも、苦しいのも、ほんの少しくらいは理解できるつもりだ」
中宮はわずかに驚きをたたえた瞳を向けていた。
「死にたくなる気持ちを否定するつもりはないよ。でも、僕は中宮に生きてほしい……。これからも、こうやって一緒に笑っていられる時間があってほしいんだ。……少しでいいから。僕に時間をくれないか?」
「え?」
「何ができるかわからないけど、君の病気を取り除く手伝いをさせてほしい。もし、君の病気が治ったら、またこの景色をみんなで見に来よう。……次に見る桜は、もっと綺麗に咲いて見えるはずだ」
中宮の瞳には動揺が色濃く映っていた。
僕の率直な気持ちを聞いた中宮は顔を伏せ、小さく頷いた。
「ありがとう」
「何やってんだあー!」
洸大の大きな声に視線を投げる。
「お前らもこっちに来いよ。腹減ってんだからよ!」
「ここで食べよう!」
奏絵も弾ませた声を上げる。
「さ、行こう。中宮」
「……うん」
僕らは桜の花びらが泳ぐ公園を歩き出した。
これからどうなるかなんて、誰にもわからない。きっと、ミネルヴァにもわからない。それでも、僕らは信じて疑わない。また、みんなと笑ってこの場所に来られると。
ちゃっかりグループチャットの名前が『花見友』に変わっていた。奏絵や洸大が率先して追いチャットしてくる。遠足前の子供みたいなはしゃぎっぷりだった。
焦げ目のついたサンドイッチを弁当に詰め、ドアを開けた。一歩外に出ると、やわらかな日射しを受けて、体が熱を持つ。
花見にはもってこいだな。
朝の快晴を仰ぎ、集合場所に向かった。
ゴールデンウィーク中の駅がどんな感じなのか、縁のない僕には知る由もない。というのも、ゴールデンウィークの過ごし方は決まって自宅でのんびりするのが平井亮士流の過ごし方だ。
朝の時間帯ではあるが、まばらに人の姿がある。キャリーケースを引く旅行客らしき人もいる。休日はこんなものかもしれないが、普段の休日とは違い、駅の利用客がいつもよりオシャレな気がする。
通学時間より1本遅い電車に乗る。朝なのに微妙に多い。
人の間を抜けていくと、私服の洸大と中宮を見つけた。
「よ!」
僕を見つけてすぐ、洸大が声をかけてきた。
「お前にしては良い案だったな」
いつになくテンションが高い。
「楽しみにしてくれたようで何より」
洸大はベストに長袖Tシャツ、ベージュのチノパン。
中宮は鑑賞魚の尾ひれのような青いやわらかなスカートと白のTシャツを着ていた。少々心配性な気もするが、中宮の体調はどうだろうか。顔色は悪くないと思うが……。
「中宮。体調は大丈夫か?」
洸大を気にするように一瞥した後、中宮が首肯する。
「大丈夫」
「そっか……」
「まだ万全じゃないのか?」
「そ、そうじゃないけど、たまにあるの……」
中宮が狼狽えて、ようやく僕が余計なことを言ったと気づいた。
洸大は中宮の体の状態を知らない。今まで僕にも隠していたことだ。洸大にも言ってないだろう。
「そっか。体調悪くなったら遠慮なく言ってくれよ。俺たちに気を使わなくていいからさ」
「うん。ありがとう」
改札を通り、駅出入り口で立っている人たちの中に奏絵がいた。奏絵は僕らを見つけると、片手を上げてぴょんぴょん跳ねる。
「今日はお誘いいただきありがとう! 花見なんて小学校以来だよ」
奏絵は楽しそうに声を弾ませる。大きめのスウェットにショートパンツ。奏絵らしいファッションだ。
「でも、どういう風の吹き回し? 亮士君がこんなことするなんて」
「意外か?」
「そうだね。他人をどこかに誘ったりもそうだけど、花見なんてする人だとは思ってなかったかなぁ」
言われてみるとそうかもしれない。僕の記憶が確かなら、誰かと一緒に花見なんて行ったことはなかった。
行きたいと思ったこともなかった。だから誘ったはいいものの、どこに行けば綺麗な桜が咲いているのか知りもしなかった。それでもミネルヴァがいれば、簡単に解決できてしまう。ミネルヴァはいくつか候補を挙げてくれた。おかげで場所選びには苦労しなかった。
「ここからバスだっけ?」
洸大が尋ねたので、携帯で時間を確認する。
「そうだな。12分後に3番乗り場からバスが出る。まずはそれに乗ろう」
「じゃあ行こうか。ん、凪子、今日も可愛いね」
「ちょ、ちょっと、こんなところで抱きつかないで」
奏絵と中宮はじゃれつきながら駅を出る。
奏絵も楽しみにしてくれていたようだ。計画を立てた身としてはありがたい。
「はしゃいでますな~」
楽しげなふたりを眺める洸大が微笑ましそうに口にする。
「しっかし、お前が俺を遊びに誘う日が来るとはな」
奏絵と同じことを言われ、グサリと来るものがあった。
「僕が遊びに誘うのがそんなに変か?」
「変だね」
きっぱり言われた。
「俺の記憶が正しければ、お前から誘われたことは一度もなかった」
まあ、そうだったかもしれない……。
「そう思うと感慨深いね。お前の企画した今日という日を思う存分楽しませてもらおう」
洸大はスキップしながら中宮たちを追いかけた。
人のこと言えないくらいはしゃいでいる洸大に笑みを浮かべ、春風に目を細めて歩き出した。
バスに揺られて15分。みんなと話していたらあっという間だった。
バスから降りた場所は、新緑に富んだ自然がありふれた山道の入口だった。そこから山道を歩かなければならない。そう説明したら、あからさまにげんなりされた。
絶景スポットがあるからと気を取り直してもらい、前を歩いた。
山道に入ると、パレードの見物客のように草木が生い茂っている。
「うあー! 虫がっ!?」
「おい、ぶつかってくるなよ! 弁当入ってんだぞ!」
飛んできた虫に驚いた洸大が後ずさり、軽くぶつかった。
「はっ!? 弁当! そうだ。俺には弁当が……」
振り向いた洸大は虚無の表情を浮かべた。
「男の作った弁当なんだよなぁー」
「悪かったな」
春の日差しを浴びて草木生い茂る山道を歩いていれば、虫にも出くわしてしまう。人とぶつかることを気にしない虫たちは、虫嫌いにとって大きな問題に違いない。
「何やってんの。危ないから先に行くよ」
奏絵が僕と洸大を注意しつつ、間を通り抜ける。奏絵はいつぞやのように中宮を背負っていた。そこそこ傾斜のあるところで人ひとりを背負って平然と歩けるのは、さすが運動部と言わざるを得ない。僕には真似できない気がする。
って、ちょっと待て。
「おい、場所わかるのか?」
前を歩く奏絵に問いかける。
「柏崎山道の桜スポットで検索すれば、簡単に出てくるでしょ」
どうやらミネルヴァに聞いたようだ。
「わざわざ道順を覚えたのか?」
奏絵は小さく笑う。
「まさか。検索したのはさっきだよ」
中宮が携帯を持っているわけでもなかった。ってことはまさか……。
「奏絵。もしかして、手術したのか?」
「そう! コンタクト着けなくてよくなったんだよねー。着け外ししなくていいって最高だね!」
「おまけに人工網膜までつけたのか。チカチカしないか?」
洸大が少し心配そうに尋ねるが、奏絵はまったく気にした様子はない。
「噂ほどじゃないよ。術後は異物感がヤバかったんだけど、3日くらいしたら違和感消えたし」
たまに耳にしていた。画像や映像を出力できるモニターを網膜にしたものが人工網膜だ。眉尻の辺りに超小型の送受信端末を埋め込み、人工神経で網膜に繋いで画像や映像を見ることができる。
奏絵にはマップ画面が見えているはずだ。超小型とはいえ、頭に端末を埋め込むことに抵抗がある人も少なくない。
ミネルヴァの一部機能の移植も、特殊な電波を照射して脳を刺激するという怖そうな施術を行う。そう考えると、なぜミネルヴァの機能移植には抵抗のある人が少ないのか不思議に感じる。
移植の仕方は違えど、危険もゼロじゃない。なのに、奏絵は若くして人工網膜の施術を受けた。肝っ玉もアスリートってことなのか。
他愛のない会話をしながら登っていたが、それは最初だけだった。口数は減り、息遣いばかり零れていた。
僕の憂鬱な授業ベスト3に入るのは体育だ。できることなら仮病で休みたい。そんな風に考えてしまうほど、運動への苦手意識が強いせいで、13歳の平均を下回る運動基礎能力を記録してしまった。
「へばるの早すぎ。まだ10分も経ってないでしょ」
奏絵は涼しい顔で僕らを励ます。
「15分は経ってるって」
洸大は肩で息をしている。
「そう?」
「こっちはお前と違って、運動に縁遠い生活を送ってるんだよ」
洸大も僕と一緒で運動は平凡か、それ以下だ。額に汗が滲み、だらしない顔をしている。
「はい、言い訳。これを機になんでもいいから運動したら? 貧相な体力も少しはマシになるかもよ」
「こんなことになるなら、もっと楽な花見スポットにするんだった……」
「そこ、計算してなかったのかよ」
洸大は力なく笑った。
なんだかんだ、僕も楽しみにしてたってことだろうな。
それはそうと、さっきからほとんど人とすれ違わない。
ゴールデンウィークでこの閑散っぷりはさすがにどうなんだ?
ミネルヴァによれば、ここの花見スポットは他の花見スポットと違って見つけにくいところにあり、アクセスもしにくい。マップに記されている花見スポットではなく、ミネルヴァが様々な情報を総合して推測した花見スポットのため、正確性に欠ける可能性がある。
例えば、ミネルヴァが入手した情報に一部誤った情報が入っていた場合、予測された地点より数百メートルずれていることがあるらしい。地図上では数百メートルでも、道のり次第では数キロの違いもあり得る。
この辺にあること自体は間違ってないはずだ。ミネルヴァがその情報を間違えるとは考えにくい。だが、ここまで人を見かけないと不安になってくる。あるいは道に迷ったか。
奏絵がマップを見てくれているので、まず迷うことはないと思うが。
「とうちゃーく!」
奏絵が快活な声を張り上げる。背中から中宮を下ろし、歩き出した。
後ろから追随する僕らもようやく坂道の終わりを確認した。
少しずつ全貌が見えてくる。地味な色ばかりに囲まれた山道から脱した先で、僕らを待っていたようにそれは現れた。
坂道が終わり、数歩。茶色の地面はやわらかな芝生に変わった。山の奥地でひっそり咲かせる桜の花びらは、澄みきった空気の中を舞っている。芝生に並んだ満開の桜が全面に華やいでいた。
「すげえ!!」
洸大は疲れなど忘れてしまったかのように走り出した。
奏絵も桜吹雪が彩る景色の中に飛び込んでいった。楽しそうにはしゃいでいるふたりを見つめる中宮も笑っていた。
ささやかな僕らの日常にひっそりと舞い散る桜の中、僕は素直な言葉を紡いだ。
「中宮。君はまだ死にたいって思うかもしれない。君が辛いのも、苦しいのも、ほんの少しくらいは理解できるつもりだ」
中宮はわずかに驚きをたたえた瞳を向けていた。
「死にたくなる気持ちを否定するつもりはないよ。でも、僕は中宮に生きてほしい……。これからも、こうやって一緒に笑っていられる時間があってほしいんだ。……少しでいいから。僕に時間をくれないか?」
「え?」
「何ができるかわからないけど、君の病気を取り除く手伝いをさせてほしい。もし、君の病気が治ったら、またこの景色をみんなで見に来よう。……次に見る桜は、もっと綺麗に咲いて見えるはずだ」
中宮の瞳には動揺が色濃く映っていた。
僕の率直な気持ちを聞いた中宮は顔を伏せ、小さく頷いた。
「ありがとう」
「何やってんだあー!」
洸大の大きな声に視線を投げる。
「お前らもこっちに来いよ。腹減ってんだからよ!」
「ここで食べよう!」
奏絵も弾ませた声を上げる。
「さ、行こう。中宮」
「……うん」
僕らは桜の花びらが泳ぐ公園を歩き出した。
これからどうなるかなんて、誰にもわからない。きっと、ミネルヴァにもわからない。それでも、僕らは信じて疑わない。また、みんなと笑ってこの場所に来られると。
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