透き通るほど青い人々よ

國灯闇一

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Q29話 冷静に迅速にを求められるのは人工知能だけだと思っていた

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 次に卓札を変えてみる。『six』と印字された卓札から『nine』の卓札を交換する。
 テーブルに卓札を置いた瞬間、テーブルが消えた。と思ったその次、テーブルが視界の左右に表れた。
 僕は周囲を見回した。
 テーブルが増えている。6つから9つへ。卓札に書かれた文字とリンクして、テーブルの数が変化しているみたいだ。
「変わった?」
「はい。テーブルの数が変わりました」
「亮士。こっち来てくれ」
 洸大に呼ばれ、駆け寄る。
 
「これ見てくれ」
 洸大が示した先にあったのはレーザープリンターの操作パネルだった。
 操作パネルのディスプレイに『出力式』と左上隅に表記されている。中央には『菊+9』と表示されている。
「このトレーに印刷したい紙を置いて、固定バーで挟んで、ボタンを押せば紙に何か印刷されるらしい」
「そしたら名前が印刷されるのか?」
「さあ?」
 ディスプレイを見る限り、名前が印刷されるのかはわからない。
 普通のプリンターはプレビューで確認できるが、このレーザープリンターにはその機能はないようだ。
 
「ま、印刷してみりゃわかるだろ」
「あの九内先輩」
「なに?」
「印刷はしてみたんですか?」
「ううん」
「なんでですか?」
「なんでって、招待状は部屋に1枚だけなんだよ? もし失敗したら詰みじゃん」
「いや、それはないと思います」
 
「なんで?」
「この会場で他のチームがリタイアしたのは、現時点で2チームだけです。そのチームのメンバーに理由を聞いてみたんですが、3位以内に入る望みがなくなったし、解けそうになかったからだそうです」
「聞き込みなんて、やるね刑事君」
「どうも。つまり、これまでゲームを終えたチームはゲームの仕様によって詰んだわけではないということです」
「そんなのわかんないじゃん。その人たちが違反とみなされるのが怖くて嘘ついてるかもしれないよ!」
 九内先輩はムキになりながら反論してくる。
 
「それはないですよ。例えばですけど、僕らがこの招待状に間違った参加者の名前を印刷したとします。で、招待状を郵便受けに入れます。間違った名前を書いて提出した場合、どうなるでしょうか?」
「ん……それはあれじゃない? 招待状が戻ってくるんじゃない?」
 
「ええ。でも、その招待状にはすでに印刷された文字が残っています。同じ招待状に印刷するわけにもいきませんし、修正道具もここにはありません。なら、間違った場合は新しい招待状がなんらかの形で渡されるんじゃないでしょうか」
「あー、それもそうか……」
 よかった。納得してもらえた。
 僕は心の中で安堵する。

「九内」
「なに?」
 不意に月代先輩が会話に参加してきた。
「実際にやってみました」
「え?」
「ちゃんと戻ってきましたよ。招待状」
「え、何ひとりで突っ走ってんの? ボクに一言相談してくれてもいいんじゃない!? 詰んでたらどうすんの!?」
「でも詰んでないんでいいと思いますけど」
 
「いや、そうだけど! ボクらチーム! わかる!? 月代、ボクは悲しいよ!」
 なんかまた2人が言い合いを始めてしまった。
 2人の漫才を聞いていたら、あっという間に時間が過ぎてしまうので無視して取りかかる。
 
 この脱出ゲームは後からプレイするチームが圧倒的に有利になってしまう。なので、既プレイチームのメンバーと未プレイチームのメンバーとの接触について、監視事案としている。
 脱出ゲームプレイ終了後、参加者は大会スタッフからトラッカー付きのカメラの装着を促される。

 そして大会終了後、カメラが異常なく撮影されていることが確認され、メンバー全員に不正の痕跡がなかったと、大会運営者からお墨付きをもらえた時、正式な記録として承認される。
 それほど厳しいとされており、参加者は違反発覚を恐れてまだプレイしていない参加者と話すことを嫌う。それは知っていた。だが、何も情報を得られないよりは良いと思い、ダメもとで聞いてみた。

 どんな仕掛けだったとか、謎の答えはなんだったのかとか、ネタバレは禁止だ。しかし、公正さを欠かない話ならしても構わないとされている。
 僕が聞いたのは、なんらかのアイテムが不足してしまい、脱出ができなくなったかどうか。この1点だけだ。本来、大会運営者に聞くことかもしれないが、この大会の運営者は優しくないと聞いていた。
 大会に関する質問は原則受けつけない。詳しいことは大会規約と大会ポリシーに記載している、とのことだった。これも公正さを担保するための対策らしい。

 花と卓札を変え、テーブルの数とカーペットの絵を変化させ、レーザープリンターで招待状の裏面に印刷する。印刷を終えたら郵便受けに入れる。
 やることをざっくりまとめるとこうなるだろうか。
 5人の招待者の名前を記載しなければならないのだが、どれが『夏生』で、どれが『春尾』なんだ?

「印刷してみたけど、まんま記載されたな」
 洸大が僕に招待状を見せてくる。
 綺麗に印刷はできたようだが、『菊+9』と印刷されている。
 名前ではない。本当にこれで正しいのだろうか?
 それとも、この長机に置かれている物はフェイク?
 今まで参加者をあざ笑うような仕掛けはなかったと聞いている。
 運営の代表が代わればそれもあるのか?
 何気なく視線を向けると、洸大がほぼ無人の会場を眺めている。
「どうした?」
「いやあ、不思議なテーブルの並びだなと思ってな」
「まあ確かにな」
 
 現在、テーブルは9つある。綺麗に並べようと思うなら縦に3つ、横に3つでいいはずだ。しかし、この会場に並ぶテーブルは両サイドに4つずつ並び、間に挟むようにして会場中央に1つのテーブルがあるという変わった並びになっていた。
 こんな並びにしているのは、真ん中のテーブルがいわゆるVIP級の人が使うテーブルだから、と解釈できなくもないが、今回のゲームの仕様ではすべてのテーブルに同じ卓札と花が反映されている。おそらく、今回そういった趣向《しゅこう》は取り入れられてないと思う。
 
「なんか……見たことあるんだよなぁ、この並び」
 洸大は喉に魚の骨が引っかかった人みたいに顔をゆがめ、うんうん唸っている。
 こういう時、ミネルヴァに聞けばだいたい解決する。だから悩むことはほとんどない。
 悩む負担を極限まで軽くされた僕らは、悩むことに耐性がないのかもしれない。または、悩みにどう対処するのか。その手札が昔の人と比べて少ないんじゃないだろうか。
 
 ミネルヴァが日常に馴染む前の人たちが何を悩んでいたかなんて知りもしないし、ミネルヴァのいない日常を正確に想像できるとも思えない。生まれる前の世界を想像する必要性を僕らは求められることが少ないから当然かもしれないが、利便性を手にした僕らは、知らないうちに何かを失っているのだろう。
 
 僕らは何を失ったんだろうか。
 悩みを解決する力か?
 それとも悩むことの苦労か?
 昔の人はこんなのも手早く解決してしまうのだろうか。
 昔の世界なんて、画面の向こうにしかない。
 僕らにとって昔の世界は、遠い遠い異国の話みたいなものだ。
 だからこそ想像することが僕らには難しくて、考える必要も感じない。
 僕らにとって大事なのは、今だから。
 余計なことを考えてしまった。
 目の前の問題に戻そうとしたその時だ。
 
「あ、そうか」
 気の抜けた声だが、はっきりと漏れた声に目を移す。洸大は僕に視線を向けて朗らかに笑う。
「亮士、俺わかったかも」
「何がだ?」
「このテーブルの並びだよ」
 そう言った洸大が示した会場に並んでいたテーブルは、いつの間にか10に変わっていた。そして、テーブルには見慣れない物が加わっている。
 あれはなんだろうか。皿の上に何か載っている。皿もテーブルクロスが白いので見えにくいが、間違いなく何か載っている。近づいてみると、手袋だった。誰もが使うような手袋じゃない。そう、執事がつけていそうな白い手袋だ。あれが皿に載っている。
 
 これでわかったと洸大は言う。テーブルの並びがヒントらしいが。
 僕はテーブルの並びをよく観察する。
 両脇のテーブルの数は同じく4つずつ並んでいる状態だが、真ん中に2つのテーブルが縦に並んでいる。見ても、まったく見当がつかない。
「ピンとこないか?」
「手っ取り早く答えを教えてくれないか?」
 洸大は得意げな様子で言う。
 
「トランプだよ」
「トランプ?」
「そう。今、テーブルに置いている卓札は『eleven』で、花は『菊』だ。つまりトランプで言うとジャックになる。テーブルの数は10。テーブルに増えた手袋。たぶんジャックって、王や女王の家来的な意味があるんじゃないか?」
「だから執事の手袋」
「そういうこと」
「となると、花はトランプの柄」
「そうだと思うけど、どれがどれだかわかんねえんだよなぁ」
 僕も花については知識が不足している。
 テーブルの並びがトランプを暗示しているという推理は正しいと思う。
 
 トランプと花。この2つを結ぶものがあるはずだ。
 僕は招待状を開く。
 夏生、春尾、秋一、冬陽。4つ?
 そうか。季節。
 どの花がどの季節に対応してるんだ?
 マークはどれに対応してんだ?
「月代先輩。そっちは何かわかりましたか?」
 洸大が別ステージにいる月代先輩へ通信している。
「いろいろ試していますが、特に新しい情報はありません」
「試してるって?」
「全部空欄を埋めて、招待状を提出しまくってます。何かわかるかと思ってやってますが、何が間違ってるのかも教えてくれないので、確かめようがないですね」

「ひとまず、僕らの方でわかったことを報告します」
 僕はそう言うと、月代先輩に今までわかったことを報告した。
「なるほど。それじゃ、花とトランプは季節で繋がってるってことか。それさえわかれば、あとは問題ないと」
「はい」
「……生憎ですが、俺も花の知識はないんでどれがどの季節のものかはわかりませんね」
「そうですか……」
「平井さん。そろそろ使い時じゃないですか?」
 僕はタイムカウンターに視線を向ける。
 時間は11分を迎えようとしていた。
 
 上位3位を狙うなら、これ以上時間をかけるのはよくない。
「わかりました。使いましょう。HELPを」
「マスター。HELPを行使します!」
 月代先輩が声を上げる。
 すると、マイクイヤホンから電子音が流れた。
「HELPの申請を受付。これより待機室に繋ぎます。時間は30秒です」
 
 機械音声の後、再び電子音が鳴る。これは呼び出し音だろうか。ぷつっと音がして、呼び出し音が切れると、
「やあ、頑張ってるね」
 会長の声が聞こえてきた。
 今回の脱出ゲームで必要なプレイヤー4人だ。しかし、4人以上登録することも可能だった。この脱出ゲームでは、実際に脱出を試みるプレイヤーとサポート役に回るサブプレイヤーに分かれることができた。
 
 サブプレイヤーは別室で僕らの会話を聞き、いざって時に協力できる。連絡を取れるのは1回のみだったので、簡単に使うことができなかった。
「すみません。お願いします」
「オーケー。すべて会話は聞いていたから状況はわかってる。すでに仁科君が調査済みだよ」
「それでは報告します。トランプですが、クラブが春、ダイヤが夏、ハートが秋、スペードが冬です。次に花です。ライラックが春、牡丹が夏、菊が秋、スイセンが冬です」
「ありがとうございます。仁科先輩」
「それでは頑張ってください」
 通信が切れた。
 
「これで道筋が見えましたね」
 月代先輩の言葉に頷く。
「はい。招待状の文章に当てはまればいい」
『最高の一輪の花(夏生様、冬陽様)、従者(春尾様、秋一様)、コメディアン()の計5名の皆様をご招待させていただきます。なお、同じテーブルでお座りできるよう手配しておりますので、御安心ください』
 夏の季語である牡丹。冬の季語であるスイセン。最高の一輪とは、テーブルの並びがトランプであることを考えれば、エースのことじゃないだろうか。
 
 春の季語はライラック、秋の季語は菊。従者とは、洸大が言っていたように家来的な意味があるジャックのことだろう。
 これを1つずつ招待状の裏面に印刷していけばいい。
「なあ、最後のひとりはどうすんだ?」
 残りのコメディアンは名前がないが、これは解決している。
「問題ない。すでに解決してる」
「マジで?」
「ああ。たぶん、ジョーカーだ」
「そんな卓札があったか?」
「ほら、その『J』ってヤツさ」
「これか」
 洸大が長机から卓札を取って確認する。

「じゃあ花は?」
「マークがないから、なしで良いと思う。もし間違ってたら、最初のガーベラを試してみよう」
「よっしゃ。これでセカンドステージクリアだ!」
 タイムカウンターに視線を移す。13分。急がないとまずいかもしれない。
 招待状の裏に1つずつ印字していく。
 5つすべて印字し、郵便受けに入れる。
 円状に配置された四角い枠にカードが表記されていく。
 エースが2つ、ジャックが2つ。ジョーカーが1つ。
 フルハウス。
 どうやらポーカーの役の意もあったらしい。

「これ正解ってこと?」
「だろうな」
「よし。んじゃ」
 洸大がドアを開けようとしたが、ドアの前に『Lock』の文字が躍った。
「え、なんで?」
「月代先輩たちがまだなんだろ。ほら」
 僕は両扉の右側を指差す。
 左側のドアの図にある四角い枠は埋まっているが、右側のドアの枠はまだ埋まっていなかった。
 別部屋の謎が解けないと開かない仕組みだったらしい。
 
「せんぱーい、そっちどうですかー?」
 洸大が脱力した声で先輩たちに尋ねる。
「こっちもすぐに開けられます」
 月代先輩がそう応答すると、右側の5枠が埋まった。
 4、5、6、7、8のスペード。
 ドアが開いた。
 
『セカンドステージクリア。おめでとうございます。ファイナルステージに移行します。所定の位置へお戻りください』
 僕らは部屋の中央に戻る。
 タイムカウンターは14分でストップしている。
 5分もかけられない。
「次のステージ、急ぎでクリアしましょう」
「そうですね。優勝圏内を狙うなら、17分台はいかないと」
 月代先輩も同意し、引き締る思いが伝播でんぱしていく。
 先ほどと同じように部屋の内装が変わっていく。
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