踊り雀

國灯闇一

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 永遠に思えるほど長い時間が終わりを迎えたのは、青みがかった空気がほんのりと冷たさを伝えた時でした。ハクはぶるっと体を震わせて、重い瞼を開けました。
 見慣れない場所。質素な木の上で、ハクは辺りを見渡しました。静まり返る夜明けのこく。この時間であれば、いつも父親と母親がそばにいるはずでした。どこを見渡せど、両親はおろか、仲間の雀たちの影は見えません。悪い夢を見ていただけ。そう思いたかったのですが、右の羽にズキンっと痛みが走った瞬間、理解したのです。あれは夢じゃなかったのだと。

 ハクは寂しさでたまらなくなりました。仲間がどこへ行ったのか、ハクには見当もつきませんでした。もし見当がついていたとしても、一羽で仲間を捜す勇気は出なかったことでしょう。
「痛い、痛いよ……」
 ハクはめそめそと泣き出してしまいました。
 これからどうしたらいいのか、ハクにはわからなかったのです。
 そんな泣いているハクの顔を覗き見るように、ひさしの端から光が射してきた頃、どこからか賑やかな声がぼやけて聞こえてきました。
 それはどんどん近づいているようでした。どうやら雀の鳴き声のようです。一瞬、仲間の声かと耳をそばだてましたが、聞いたことのない声ばかり。
 ハクは迷いました。同じ雀なら、きっと助けてくれる。ですが、ハクは誰かと話すことが苦手でした。特に知らない雀と話す時は、心臓が喉から飛び出るかもしれないと思うほど緊張してしまうのです。
 賑やかな声は内容が聞き取れるくらい近くなってきました。すると、上から突然カタンと音が鳴り、ハクは思わず小さな悲鳴を上げてしまいました。
 カタカタと足音が真上を走っていくと、ひさしの端からにゅっと顔が出てきました。出てきた顔は、はっとしたように驚きをあらわにして、目を大きく見開いていました。

 かっちり視線が合ってしまい、ハクは何か言わなければと焦りました。しかし、焦るばかりで言葉にならず、視線を右往左往させました。
「なんしてんの?」
 雀の声は幼いものでした。おそらく同じくらいの歳なのだろうと、ハクは思いました。
「もしかして、はぐれたん?」
 ハクは小さく頷きました。子供雀は少し考えるような素振りを見せた後、「ちょっと待ってろ」と言って、すくっと顔を引っこめました。ハクはカタカタと上で駆ける音を視線で追いかけます。どこかへ行ってしまったようです。
 賑やかな祭りばやしの声を耳にしながら、ハクは思いめぐらせました。優しい雀みたいでよかったと安心すると、これでよかったのだろうかと不安になり、途端に落ち着きなく、その場でひさしの支柱の上を行ったり来たりして待つことになったのです。

 戻ってきたハクと同年くらいの雀は、他の雀たちを連れてきました。ハクは怯えながらもひさしの上に出ていきました。
「君は?」
 大きな体の雀は、族長を務めるトウガキと名乗りました。ハクは自己紹介をすると、おずおずと事情を話しました。
 トウガキはたいそう同情し、ひとまず食事にしようと提案しました。

 食事の席に通されたハクは、肩身狭く縮こまっていました。たくさんの雀たちが輪になって食事を囲み、楽しそうに話していました。葉の上に置かれたやわらかな草。花びらが彩りを添えており、とてもおいしそうでした。
 ハクはおいしそうな食事をついばんで、口にします。見た目通り、とてもおいしい。なのに、浮かない顔が貼りついていました。
「ほれ」
 眼前にすっと花が入り込んできて、ハクは驚き、視線を移しました。笑いかける雀は、さっき自分を見つけた雀でした。
「これ、甘くておいしいんだ」
 そう言って、雀はハクの前に茎のついた花を置きました。
「あ、ありがとう……」
「そういえば、名前教えてなかったな。俺はイザラメ。仲良くしようぜ」
 イザラメは引っ張ってきた自分の葉皿を目の前に持ってくると、ハクの隣で食べ始めました。イザラメは山盛りの草花にがっつき、たくさんあった草花はみるみる減っていきます。食欲旺盛なイザラメは食べ盛りの年頃。それはハクも同じですが、無気力感が絶え間なく押し寄せてくる状態では、喉も通りにくかったのです。
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