その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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epilogue

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「へー。ルイス帝国と正式に不可侵条約を結んだって」

「レインバルト王国にも物資支援を約束したということは、その内友好条約も締結されるでしょうね」

優雅に紅茶を飲みながら、ヒューゴは号外をテーブルに並べた。
その端にはディライト公爵家取り潰しの記事が載っているが、和平条約の方が市民の関心が高いのか、それとも王太子殿下の思惑もあるのか、いずれにせよ社交界のゴシップは世間的には小さな見出しで収まってしまうような些細な問題だった。それもそのはず、平民には公爵が言えようが生活には何の関係もないのだから。

「それより聞いてよぉ!ディライト公爵夫妻とメアリー嬢が国外追放された事で、行方不明のシャーロット様捜索隊がその辺ウヨウヨしてるのー!」

「そりゃ公爵家で迫害されてたお嬢が神子だったなんてバカ正直に公言するからだろォ?」

「まさか、こんな王都のド真ん中で茶啜ってるとは思わないもんな」

住宅街の中、大きくはない平屋の2階で呑気にティータイムを楽しむ新婚ふたりは、ニコルの作った焼き菓子を食べさせ合いながら幸せを噛み締めている。まさかこんな街中に話題の神子がいるなど、誰が想像するだろう。
見当違いも良いことにノースヴァレーにはシャーロット信者が殺到しているそうだが、そんなことシャーロットの知ったことではない。だって、誰もそれをシャーロットには報せないのだから。

「まぁ神子を語ってたメアリー嬢が金髪だったから、金髪の見目麗しい令嬢を探すよねぇ」

結果的に、スティーブはシャーロットについて、国王にも誰にも明かさなかった。ただ自分はその目で確認したこと、シャーロットが神子として生きることを望んでいないことを伝えて。勿論当初は反感もあったが、結界のせいで国が混乱した事実を数百枚のレポートとして提出したことは、貴族達の間でも話題になった。
結果としてクォーツ王国は結界をなくし、他国と交流と協力関係を深めて、国の在り方を考えるようになった。騎士団の防衛力も市民の期待となり、騎士団の人気が鰻上りだときいている。ヒースは今日も生き生きとしていて、休日でも騎士団の訓練に参加している。
そうやって少しずつ、神子という存在は夢物語だったのではないかと思うくらいに、世間から忘れられようとしていた。

「神子として崇拝されるよりも普通の女の子として生きたい、なんてお嬢らしいよね」

「まぁ普通の女の子ってやつは、働かないで生きていけるほど甘くもないけどな」

「その分俺らが働くんでしょ」

はい、とオーウェンはシエルに紙を渡す。隠密として、そして賊としての経験は彼らの武器だ。"情報屋バトラー"は今日も王家と騎士に情報を流す。
それが、ならず者だった彼らの悪行に目を瞑るスティーブの出した条件だった。

「まぁお嬢が笑ってくれてればそれでいいよ」

「…年寄り臭いですよ、オーウェン」

しかし、ヒューゴもリオルも同じ気持ちだ。可愛い弟分と妹分の笑顔はずっと見ていたい。できることなら、もう二度とあんな薄暗く鬱々とした場所を思い出さなくても良いように。

「こっちのナッツとこのチョコ、どっちが好きですか?」

「うーん、難しいです」

「シャルは本当に何でも食べてくれますね」

「料理ならお手伝いできますが、お菓子はやっぱり難しくて…。ニコルの作るお菓子は何でも美味しいです!」

「あー!僕の奥さんが可愛い!!」

ニコルがぎゅーっとシャーロットを抱きしめると、シャーロットも嬉しそうにニコルの腕に手を重ねる。もうシャーロットがニコルの膝に座っているだとか、シャーロットがニコルのシャツを着ていることだとか、そんなものは些細なこと過ぎてシエルはスルースキルが高くなっていた。
いつまで経っても、このふたりの甘い光景は慣れないだろう。憧れのシャーロットのこんなに無邪気な笑顔は、ニコルにしか向けられないのだ。

「夕飯は何作りましょっか?シャル」

きっとこらからも、シャーロットとニコルは仲睦まじく生きていくのだろう。孤児として愛とは無縁で生きてきたニコルと、家族に愛されず孤独に生きてきたシャーロット。ふたりは似ているからこそ惹かれ合い、お互いに愛を享受し合う。
神子はこれからも平和を祈る。こんな穏やかな時間が、ずっと続きますようにと。

「今日は野菜スープが飲みたいです」

だって、その神子は胃袋を掴まれているのだから!






fin.
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