その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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「殿下、お話があるのだけど」

書類の山を捌く手を止めて、スティーブはアランを見た。彼の腕にも大量の書物が抱えられているが、令嬢顔負けの甘いマスクは飄々としていて、でも真剣にスティーブを見据えている。

「会って欲しい子がいるのよ」

こういう時は大体良くない話だと、スティーブはわかっている。天を仰ぐように背をもたれて、アランの提案に頷いた。



----------



「久しぶりねシエル!今回は本当にお疲れ様。頑張ったご褒美にお兄様がたーっぷり甘やかしてあげるわ!」

「や、やめてよ兄上!」

「兄上なんて!いつもみたいにお兄様❤︎って呼んでくれないの?」

「そんな風に呼んだ覚えないよぉ!」

ぎゅうっと強く抱きしめられて、シエルは顔を真っ赤にしながらアランの手を解こうと試みる。だが、こんな言葉遣いでも護衛騎士である兄を、細腕のシエルが振り解けるはずもない。シエルが困ったようにヒースを見るが、ベルベリー兄弟のやりとりは日常茶飯事だから、口を出すことはなかった。

「でも本当に今回は良くやってくれたね。まさかシャーロット嬢が生きていて、神子の役を果たしていたとは私も思わなかったよ」

「満月の夜に祈ると決めたのもディライト家でしたから、メアリー嬢を神子とするために企てたのかと」

「うん。私もそう思う。全く、王族が公爵の掌で踊らされるなんて恥ずかしい限りだよ」

スティーブは溜息を吐いた。メアリーが本物の神子であると信じて疑わなかった。だってあの光の柱は確かにメアリーの祈りのタイミングで起きていて、だからこそあの奇跡は神子の祝福だと思い込んでいた。
だが神子の祝福が満月の日に限られたことも、夜という時間を指定されたのも、北を向くように祭壇が作られたことも、全てがカーターの提案だった。満月の夜に意味があるのかと思っていたが、ただ遠隔で調整するために決めざるを得なかったのだとしたら、そこまで疑っていれば、こんな混乱は招かなかったかもしれない。

(いや、後から何を言っても仕方ないな)

神子はシャーロットだった。そして彼女は生きていた。
この8年間、ずっと姉の陰で聖女の祝福を担い、国を守って来たのだ。子供ながらに一目惚れしたあの愛らしい少女が、ずっとずっと、我が国を守っていた。

「それで、シャーロット嬢は今どこに?」

ベルベリー家の客間には自分達しかいない。ふたりのことだからシャーロットを連れて来ているはずだとスティーブは確信している。アランだって「会って欲しい子」と言っていた。期待してしまうのも仕方がない。

「その前にひとつ、お願いがあるのです」

「なんだい?改まって」

シエルはアランを振り解こうとするのを辞めた。これは真剣な話だ。そして、何としても受け入れてもらわなければならない。
そんな真剣なシエルに、アランも腕の力を緩める。彼自身、シエルから詳細は聞いていない。ただ、「スティーブに会わせたい人がいる」と言われただけだ。

「神子の祝福から手を引いて欲しいんです」

「どういうことだい?」

「確かにクォーツ王国はこの8年間ずっと結界に守られて来ました。でも、他国は違います。結界がなくとも国を守り、互いに協力して繁栄しています」

「そうだね。だからこそ羨ましがられ、妬まれて来た」

「つまり、神子の祝福がなければ他国の侵略もありません。妬まれる理由がなくなります」

「だが、シャーロット嬢が我が国にいることは変わりないよ。だからこそ、彼女という存在を認知させて守らなくては」

「なら、彼女がこの国からいなくなればいい」

ピリッと空気が凍り付く。
流石口下手だ、とシエルは頭を抱えた。だから出世できないんだ、と何度も言っているのに。

「ヒース!言い方が悪いよ!」

「シエル、どういうこと?」

埒が開かないとばかりにアランはシエルに説明を求める。このままヒースとスティーブが話し続ければ、間違いなくスティーブの機嫌が悪くなる。

「ヒースが言いたいのは、神子を…シャーロット様を自由にさせてあげて欲しいってことなんです。神子の役割なんか忘れて、街を歩いて買い物をして、時には他国にも遊びに行って、そういう普通の暮らしをさせてあげたいんです」

「そんなのメアリー嬢だってしていたよ」

「そうじゃなくて、なんて言うか…うーん、」

「煮え切らないわね、別に今は公の場でもないのだから、ハッキリ言ってもいいわよ」

なら、とシエルは頷いた。隠しながら事を思うように運ばせようなんてそんな芸当、自分達には出来ない。

「まぁ簡潔にいうと、シャーロット様には恋人がいるから役目なんて忘れて普通に幸せになって欲しいなって」

「なんだって!?」

スティーブは思わず立ち上がった。
まさか、初恋相手に恋人がいるとは。しかも神子信者であるシエルが納得するような相手なのか。ぐるぐると思考が巡り考えたくないと遮断したくなる。

「シャーロット嬢の苦境を救ってくれた人だよ。シャーロット嬢も彼を信頼している」

「……相手は、どんな身分なんだい?」

冷静さを取り戻そうと、スティーブは冷め切った紅茶を飲み干した。心臓がバクバクと煩くて、握り潰してしまいたくなる。

「ルイス帝国の孤児だよ」

「認められるわけがないだろう!そんなの、シャーロット嬢が幸せになれると思えない!」

(あちゃー…)

やっぱり、とアランは思った。スティーブの初恋相手がシャーロットであることは知っていた。だから姉でありしかも神子であるメアリーを邪険に扱えなかったことも知っている。だが、いざ初恋相手が生きていて、しかも彼女が神子であったのならば、求婚するであろうことは予感していた。
それがスティーブのためであり、国のためである。アランはそれを良く分かっている。だから、ヒースとシエルの持って来た情報は"最悪"の事態なのだ。

「幸せかどうかは、ふたりを見て決めたら良いよ」

ヒースは扉を開けた。
そこに立っていたのは、銀髪のあの美少女で。記憶よりも大人びているが、菫色の愛らしい瞳も柔らかそうな唇も、スティーブの記憶の少女と変わらない。
隣に立つのは、やや浅黒い肌の目つきの悪い青年だ。指先が絆創膏だらけで、身につけている正装も着こなせていないような、そんな男。
だが、彼の腕にはシャーロットの細腕が添えられていて、彼女は望んでエスコートされているのだとわかる。

「シャーロット嬢」

「スティーブ王太子殿下にご挨拶申し上げます」

恭しく頭を下げて、シャーロットは不安げにスティーブを見上げる。近づこうとして、スティーブは歩を止めた。シャーロットがあからさまに怯えたから。

「君は、本当に…」

言葉は続けられなかった。
シャーロットはニコルを見上げて、そしてニコルは優しく微笑んで頷く。言葉がなくとも通じ合っている。ふたりの中でもう答えは出ているのだ。そこに、スティーブが入る隙間などないのだ、と。

「私はニコル様をお慕いしています」

「そこにいる男は、孤児なんだろう?経済的にも社会的にも、神子の相手としては不相応だよ」

神子としての功績も、公爵家の令嬢としても、シャーロットは王族に入るのに申し分ない。容姿も優れているから、国母として自国だけでなく他国からも一目置かれる存在となるだろう。今まで姉の影に埋もれていた分、尚更輝かしい未来を用意したい。それは、嘘ではない。

「それでしたら、私は自分を神子とは認めません」

「そもそも神子を名乗ったのはメアリー様なんですよ」

つまり、ディライト家が神子という存在を創り出したのだ。シャーロットの聖力を活用する方法を、そして自らの地位を確固たるものにするために。狡猾なカーターの考えそうなことである。メアリーの神子としての振る舞いも、リリアンのメアリーに対する異常なまでの溺愛も、全てはディライト家がその権威をひけらかすための伏線だったのだ。

「………もう何も考えたくないな」

「心中お察しします、殿下」

「君は神経を逆撫でするのが上手だね」

「だから出世できないんですけどね」

すかさずシエルは応えた。付き合いの長いヒースのことは、自分が一番分かっている。
長い溜息を吐いたスティーブは、恨めしそうにニコルを見た。

「ずっと黙っているけれど、君は何か言うことはあるかい?」

「あー…じゃあ、ひとつだけ」

お前は喋るな、とヒューゴに言われていたが、王子サマが敢えてくれた喋る機会だ。王族と口を聞く機会など過去にも未来にもないだろうから、伝えておくべきことは伝えておかなければ。

「お嬢は僕が幸せにするんで安心してください」

「なんだ、お嬢って!安心できるわけないだろう!」

(こんな奴に私は負けるのかっ…!)

悔しいのか情けないのか、スティーブには分からなかった。
それでも、嬉しそうに恥ずかしそうに笑うシャーロットを見てしまえば、誰も何も言えるはずもない。
ここにいる全員が、シャーロットの幸福を願っているのだから。





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