その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

文字の大きさ
23 / 26

22

しおりを挟む




「血だらけで戻って来ないで下さい。オーウェン、ヒース」

「ごめんごめん」
「悪かったよ」

呆れたようにタオルを差し出すヒューゴに、オーウェンとヒースは無言で従った。
夜も更け梟が餌を求めて飛び回っている。ギラギラと眼を煌めかせた狼の足が枝を割る。シャーロットの瞼が落ちる頃。それはシエルとヒースにとって大切な時間だった。

「今回で何回目なんだい?」

「2回目っすかね?」

「4回目だよ。そんなに心配なら直接来ればいいのに、足がつくのは嫌なんだろうな」

オーウェンは吐き捨てるように言った。
公爵家の影を刺客と呼ぶには、あまりに稚拙だった。結界に守られていない国で生まれ、盗賊として数多の危機を乗り越えて来た彼にとって、闘いに不慣れな諜報員を始末することなど造作もない。
それでもその影に頼るのは、ディライト公爵が動けない、或いは動いて周囲に勘付かれる事を避けたいのだろう。シャーロットの存在を明るみに出す訳にはいかないのだ。

「ずっとこのままって訳にはいかねェな」

「そうですね。シャーロットの足を考えると、隣の領地までも時間がかかるでしょう。早急に準備を進める必要がありそうですね」

「お嬢体力ないっすからねー」

馬車での移動等当然出来ないから、歩いてこの森を抜けるか、或いは馬を手配するか。しかしこんな辺境に厩舎はない。街に降りれば足がつくから、それも叶わない。ともすれば、シャーロットの足を考慮してそこそこ大きな街へと出るしかない。地理に明るくない彼らにとって、情報は明らかに足りなかった。

「僕達としては、シャーロット嬢を王城に招待したいけれど、君達もシャーロット嬢本人もそれを望んでいないんだよね?」

「まぁあんなラブラブなとこ見せられたら、引き離す訳にもいかないしねぇ」

シエルは遠い目をする。
シャーロットは目が見えるようになっても彼らへの態度を変えなかった。彼女にとって、彼らの姿形等何の意味もないのだろう。彼らが彼女の恩人であり、彼女が彼らの護るべき人である。それは、この短期間でシエルにも痛いほど分かった。
辛い時苦しい時、支えたのは彼らだ。暗殺者やら諜報員を送り込む実の親は味方ではない。シャーロットにとって、味方は彼らしかいなかった。

「でも、シャーロット様をこのまま見過ごす訳にもいかないよねぇ。だって、このままじゃシャーロット様まで罪人扱いされちゃうよ」

「そこなんすよねー。お嬢は悪い事してないのに」

「諦められねェっつったのはお前とお嬢だろ」

「そうですよ。一度決めたなら腹を括りなさい。骨は拾ってあげますから」

「不吉な事言わないで欲しいっす!」

「そんくらいの覚悟をしろって事でしょ」

そしてその覚悟をニコルもシャーロットもしている。だから、3人も2人を支えたいのだ。これでも可愛い弟分と妹分の恋だ。見守ってやりたい。

「……とにかく、僕らもそろそろ報告に戻らないと、団長達が痺れを切らしてしまうよ」

「兄上もせっかちだからねぇ」

シエルはアランを思い出して呟く。ヒースの簡素な報告だけで納得しているとは思えない。恐らくはシャーロットを連れて戻って来る事を期待している。勿論それが最善であるとシエルも分かっているが、果たしてそれがシャーロットの最善だろうかと言われれば答えは否。

「騎士団としてはお嬢を連れて行きたいんだろうけど、それは勘弁してよ」

「分かっているよ。このままシャーロット嬢を神子として連れ帰れば、今度はシャーロット嬢が祝福をすることになる。僕にはそれが、彼女の為だと思えないからね」

「お?なんだ?話が分かるじゃねェか」

「神子信者のシエルには申し訳ないけれど、神子を祀り上げるのは、シャーロット嬢を縛り付けるように感じてしまうんだよ」

「それはっ…、俺だって、そう思うよ。少なくともシャーロット様はそれを望んでないみたいだし」

特にメアリーのように崇拝され、注目される事をシャーロットは望んでいない。どちらかと言えば今までのように、影でひっそりと支えているようなタイプだとシエルは推察している。

「………いっそ王都に乗り込みますか」

「え?」

ヒューゴの提案にオーウェンは固まった。あんなにシャーロットの素性を明かすことを避けていたヒューゴからの提案とは思えなかった。不安そうなニコルに、ヒューゴは安心させるように首を振る。

「追われる立場になろうとするから厄介なんです。いっそ公爵の魔の手から救い出した英雄にでもなってやろうかと」

「いやいや、公爵が誘拐されたとか何とか言い出したらどうするのさ?ディライト公爵は王都内でも発言力が強くて…」
「いや、いけるかもしれないよ」

ヒースは顎に手を当てて頷く。

「今、ディライト公爵には虚偽報告の疑いが掛けられている。そこに、ずっとシャーロット嬢を支えていたと彼らを紹介するのはどうだろう?」

「リオル達の凶悪犯顔を貴族に見せるなんて普通は考えないよヒース!」

「随分な言い草じゃねェかシエル」

「鏡見てから言ってよ!」

シエルは間違っていない、と鼻息を荒くした。貴族社会に生きてきたシエルは、これだけ粗暴で武骨な人間はどこを探してもいないと断言できる。
アランほどの優男でなくとも、貴族というのは品があって動きも優雅だ。そうあるべきだと幼少期から教え込まれている。育ちが言動に表れているものだ。

「……スティーブ殿下とシャーロット様は面識があるはずです。殿下に話を通すのはどうでしょう?」

「なぜ貴方がそんなことを知っているんだい?」

「俺もその場に居ましたから」

「え?ヒューゴって貴族なの?」

確かにひとりだけ様子は違うが、王族の出席する場に参加できるのはそれなりの身分のはずだ。だが、シエルにはヒューゴの面影を持つ人間の記憶がない。これだけ整った男の顔ならば忘れないはずなのだが。

「まぁ、しがない没落貴族の不良息子ですよ」

シエルはオーウェンを見たが、彼は知らないとばかりに首を振る。彼らはお互いのことをあまり把握していない。誰もが訳ありである、ということだけだ。プライベートな話などして来なかったし、触れられたくない過去に触れて暴きたいとも思ったことがない。

「とにかく、お嬢の意見を聞くしかないな。どうなっても、お嬢が決めることだ」

「何があっても、僕が守りますからね」

「頼もしいじゃねェかご主人サマ?」

「んぇ?」

何のことか?ニコルは首を傾げる。

「だってそうだろ?お嬢の旦那はこの俺様の主人って訳だ。まさかニコルが俺様の主人になるとはなァ」

「そうなりますね、旦那サマ」

「頑張れよ、主人あるじ

「や、ややややめてくださいっす!鳥肌がっ、ほらっ!」

「……この人達楽天的過ぎない?」

「だからこそ、シャーロット嬢は惹かれたのかもしれないよ」

心根は決して悪人ではない。目が見えないからこそ彼らの本質を知り、シャーロットは心を開いたのだ。
もし彼らより先に自分達がここに辿り着いていたとして、彼らのようにシャーロットを支えることができたかはヒースには分からない。だって、自分達は貴族で、彼らのような柔軟で自由な考えはできないから。

「少し、彼らが羨ましいな」

騎士の剣が酷く重く感じられた。





.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

処理中です...