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しおりを挟む「血だらけで戻って来ないで下さい。オーウェン、ヒース」
「ごめんごめん」
「悪かったよ」
呆れたようにタオルを差し出すヒューゴに、オーウェンとヒースは無言で従った。
夜も更け梟が餌を求めて飛び回っている。ギラギラと眼を煌めかせた狼の足が枝を割る。シャーロットの瞼が落ちる頃。それはシエルとヒースにとって大切な時間だった。
「今回で何回目なんだい?」
「2回目っすかね?」
「4回目だよ。そんなに心配なら直接来ればいいのに、足がつくのは嫌なんだろうな」
オーウェンは吐き捨てるように言った。
公爵家の影を刺客と呼ぶには、あまりに稚拙だった。結界に守られていない国で生まれ、盗賊として数多の危機を乗り越えて来た彼にとって、闘いに不慣れな諜報員を始末することなど造作もない。
それでもその影に頼るのは、ディライト公爵が動けない、或いは動いて周囲に勘付かれる事を避けたいのだろう。シャーロットの存在を明るみに出す訳にはいかないのだ。
「ずっとこのままって訳にはいかねェな」
「そうですね。シャーロットの足を考えると、隣の領地までも時間がかかるでしょう。早急に準備を進める必要がありそうですね」
「お嬢体力ないっすからねー」
馬車での移動等当然出来ないから、歩いてこの森を抜けるか、或いは馬を手配するか。しかしこんな辺境に厩舎はない。街に降りれば足がつくから、それも叶わない。ともすれば、シャーロットの足を考慮してそこそこ大きな街へと出るしかない。地理に明るくない彼らにとって、情報は明らかに足りなかった。
「僕達としては、シャーロット嬢を王城に招待したいけれど、君達もシャーロット嬢本人もそれを望んでいないんだよね?」
「まぁあんなラブラブなとこ見せられたら、引き離す訳にもいかないしねぇ」
シエルは遠い目をする。
シャーロットは目が見えるようになっても彼らへの態度を変えなかった。彼女にとって、彼らの姿形等何の意味もないのだろう。彼らが彼女の恩人であり、彼女が彼らの護るべき人である。それは、この短期間でシエルにも痛いほど分かった。
辛い時苦しい時、支えたのは彼らだ。暗殺者やら諜報員を送り込む実の親は味方ではない。シャーロットにとって、味方は彼らしかいなかった。
「でも、シャーロット様をこのまま見過ごす訳にもいかないよねぇ。だって、このままじゃシャーロット様まで罪人扱いされちゃうよ」
「そこなんすよねー。お嬢は悪い事してないのに」
「諦められねェっつったのはお前とお嬢だろ」
「そうですよ。一度決めたなら腹を括りなさい。骨は拾ってあげますから」
「不吉な事言わないで欲しいっす!」
「そんくらいの覚悟をしろって事でしょ」
そしてその覚悟をニコルもシャーロットもしている。だから、3人も2人を支えたいのだ。これでも可愛い弟分と妹分の恋だ。見守ってやりたい。
「……とにかく、僕らもそろそろ報告に戻らないと、団長達が痺れを切らしてしまうよ」
「兄上もせっかちだからねぇ」
シエルはアランを思い出して呟く。ヒースの簡素な報告だけで納得しているとは思えない。恐らくはシャーロットを連れて戻って来る事を期待している。勿論それが最善であるとシエルも分かっているが、果たしてそれがシャーロットの最善だろうかと言われれば答えは否。
「騎士団としてはお嬢を連れて行きたいんだろうけど、それは勘弁してよ」
「分かっているよ。このままシャーロット嬢を神子として連れ帰れば、今度はシャーロット嬢が祝福をすることになる。僕にはそれが、彼女の為だと思えないからね」
「お?なんだ?話が分かるじゃねェか」
「神子信者のシエルには申し訳ないけれど、神子を祀り上げるのは、シャーロット嬢を縛り付けるように感じてしまうんだよ」
「それはっ…、俺だって、そう思うよ。少なくともシャーロット様はそれを望んでないみたいだし」
特にメアリーのように崇拝され、注目される事をシャーロットは望んでいない。どちらかと言えば今までのように、影でひっそりと支えているようなタイプだとシエルは推察している。
「………いっそ王都に乗り込みますか」
「え?」
ヒューゴの提案にオーウェンは固まった。あんなにシャーロットの素性を明かすことを避けていたヒューゴからの提案とは思えなかった。不安そうなニコルに、ヒューゴは安心させるように首を振る。
「追われる立場になろうとするから厄介なんです。いっそ公爵の魔の手から救い出した英雄にでもなってやろうかと」
「いやいや、公爵が誘拐されたとか何とか言い出したらどうするのさ?ディライト公爵は王都内でも発言力が強くて…」
「いや、いけるかもしれないよ」
ヒースは顎に手を当てて頷く。
「今、ディライト公爵には虚偽報告の疑いが掛けられている。そこに、ずっとシャーロット嬢を支えていたと彼らを紹介するのはどうだろう?」
「リオル達の凶悪犯顔を貴族に見せるなんて普通は考えないよヒース!」
「随分な言い草じゃねェかシエル」
「鏡見てから言ってよ!」
シエルは間違っていない、と鼻息を荒くした。貴族社会に生きてきたシエルは、これだけ粗暴で武骨な人間はどこを探してもいないと断言できる。
アランほどの優男でなくとも、貴族というのは品があって動きも優雅だ。そうあるべきだと幼少期から教え込まれている。育ちが言動に表れているものだ。
「……スティーブ殿下とシャーロット様は面識があるはずです。殿下に話を通すのはどうでしょう?」
「なぜ貴方がそんなことを知っているんだい?」
「俺もその場に居ましたから」
「え?ヒューゴって貴族なの?」
確かにひとりだけ様子は違うが、王族の出席する場に参加できるのはそれなりの身分のはずだ。だが、シエルにはヒューゴの面影を持つ人間の記憶がない。これだけ整った男の顔ならば忘れないはずなのだが。
「まぁ、しがない没落貴族の不良息子ですよ」
シエルはオーウェンを見たが、彼は知らないとばかりに首を振る。彼らはお互いのことをあまり把握していない。誰もが訳ありである、ということだけだ。プライベートな話などして来なかったし、触れられたくない過去に触れて暴きたいとも思ったことがない。
「とにかく、お嬢の意見を聞くしかないな。どうなっても、お嬢が決めることだ」
「何があっても、僕が守りますからね」
「頼もしいじゃねェかご主人サマ?」
「んぇ?」
何のことか?ニコルは首を傾げる。
「だってそうだろ?お嬢の旦那はこの俺様の主人って訳だ。まさかニコルが俺様の主人になるとはなァ」
「そうなりますね、旦那サマ」
「頑張れよ、主人」
「や、ややややめてくださいっす!鳥肌がっ、ほらっ!」
「……この人達楽天的過ぎない?」
「だからこそ、シャーロット嬢は惹かれたのかもしれないよ」
心根は決して悪人ではない。目が見えないからこそ彼らの本質を知り、シャーロットは心を開いたのだ。
もし彼らより先に自分達がここに辿り着いていたとして、彼らのようにシャーロットを支えることができたかはヒースには分からない。だって、自分達は貴族で、彼らのような柔軟で自由な考えはできないから。
「少し、彼らが羨ましいな」
騎士の剣が酷く重く感じられた。
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