その神子は胃袋を掴まれている

成行任世

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美しい滝を背景に溶けてなくなってしまうのではないか。そう思わせる儚さと、すぐに折れてしまいそうな華奢な背中に、ニコルはそっと腕を回した。驚きつつ、嬉しそうに微笑むシャーロットの瞳は、いつか盗品にあった宝石のようで、ニコルは愛おしそうにその瞳に手を伸ばす。閉じられた瞼の上からそっと撫でれば、シャーロットはくすぐったそうに身を捩った。

「あー…、僕今幸せっす」

「どうしたんですか?突然」

「お嬢がここにいてくれて、嬉しいっす」

「私もです。ニコルさんとこうして同じ景色を見られて。自分がどんな場所にいるのか、誰といるのか…興味のなかったものに、たくさん興味が出てきました」

振り返り、シャーロットはニコルの手を取る。骨張っていて大きくて、常に剣を握っているのかマメがあって。少しだけカサついたその手を、シャーロットはきゅっと握る。

「私にもう一度世界を見せてくれたのはニコルさんです。ありがとうございます」

「それはお嬢が頑張ったからっすよ」

「それでも、私に勇気をくれたのは貴方です。本当に執事達ではないと知った時は驚きましたが」

治癒で目を治した時、ニコルの不安げな表情が目に入った。その後、ぐるりと見渡せば、騎士団の服を着た者がふたりと、燕尾服を着崩した3人。公爵家の雇った人間ではなかったのか、と腑に落ちた。だから神子の祝福も知らず、神子の存在についても明確な回答をしなかったのだ。できなかった、というべきか。
きっとリオルやオーウェンも、着たくて着たわけではないだろう。似合わないとは言わないが、少なくともシャーロットがこれまで見たことのない執事達がそこにはいた。

「怖かったでしょ?」

「そんなことありませんよ」

「嘘っす」

「本当です。何も見えない間、誰よりも優しくしてくれたのは皆さんです。何も怖いことはありません」

ニコルは困ったように笑った。男手ばかりで不自由もあっただろうに、彼女はそれでも自分達を優しいという。最初は利用するだけだったつもりなのに。それでもいつからか、笑顔で食事をする彼女が、規則的な生活で次第に綺麗になってゆく彼女が、可愛いくて仕方なかった。

「怖いもの知らずっすね。そんなんだから、僕らみたいなのにつけ込まれるんすよ」

「でもそのお陰でニコルさんに会えました」

「っ、かぁー!可愛いこと言いますね!」

もう一度ぎゅっと抱きしめて、ニコルはその小さな温もりを愛おしむ。

「こんなにハマると思わなかったっす。僕、恋とか愛とかそういうのは無縁だと思ってたんで」

「私もです。貴族に生まれた以上、政略結婚は免れませんから、愛情が芽生えるか不安でした…。でも今は、ニコルさんの温かい手も明るい声も優しい瞳も、大好きです」

「お嬢…」
「ちょっとぉー。俺達がいること忘れないでよね!」

シエルの声に、ニコルとシャーロットはハッとした。玄関前で門番代わりに立っていたシエルが頬を膨らませている。ヒースは困ったように笑いながら、シエルの肩を叩いていた。彼らはシャーロットの護衛だ。不要だと言ったが、公爵令嬢という肩書きがなくなった訳ではない以上、誰も従えない訳には行かず。今後どうするか決まるまでは、とふたりは門番を名乗り出てくれたのだ。

「仲が良くて羨ましいよ!」

「そういう問題じゃないでしょ!もうっ…。でも正直、シャーロット様がこんなに人間らしい方だとは思いませんでした。シャーロット様って大人しくて高嶺の花というか…俺なんか見るのも烏滸がましいと思ってましたもん」

「そうなんですか?」

「そうですよ!まさかあの天使が生きててしかも神子だったなんて…。社交界に激震が走るに決まってます!」

そうはいっても、ふたりにはピンと来なかった。

「てか、お嬢死んだことになってたの知ってるんすか?」

あ。と明らかに動揺したシエルが推し黙れば、成程そうなのかとシャーロットは納得する。どうやら領地に送られたのも、少ない使用人も、全て死んだことになっているからだったのだ。箝口令を敷いて誰もシャーロットのことを口外しなければ、一生ここで過ごしていた。真っ暗な世界で何も知らないまま、与えられたものを享受するだけの生活を送っていた。
今となっては考えられないなとシャーロットは思う。人の温かさを思い出してしまった。誰かと笑い合う楽しさを思い出してしまった。それは、失うものがなかった昨日では信じられない変化であり、恐怖である。

「でもそれなら、私はこのまま死んだものとして、ここでひっそり暮らしていれば…」
「すまない。それは出来ないんだ」

切り出したのはヒースだった。彼は胸の紋章を触りながら、申し訳なさそうに眉を下げる。

「昨日、結界を張った時に君のことを騎士団に知らせてしまった。恐らく、王家にも報告がいっている」

「え?じゃあここは…」

ヒースは頷いた。

「恐らく、騎士団がやって来ると思う。今は僕らに任せて欲しいと伝えているけれど、虚偽申請な上にその亡きシャーロット嬢が神子だったとなれば、もう既に騎士団が動き出してもおかしくないだろうね。まだ、その連絡は受けていないけれど」

神子として生きることを放棄するつもりでいた。結界などどこでも張れるのだ。こっそり張ってひっそり生きていれば良いと。だが、自分の存在が明らかにされているのであれば話は別である。このまま逃げれば、ニコル達はクォーツ王国でも罪人扱いされてしまう。
ニコルとシャーロットは顔を見合わせた。

「逃げる…わけには行かないっすよね」

「逃げたら確実にお尋ね者だね。シャーロット様は賊に連れ去られた姫とばかりに騎士団が躍起になると思うよ」

「そうなったらニコルさん達は…っ」
「そもそも、クォーツ王国が資源を独占してないで他国と協調する姿勢を見せてれば、こんなに攻撃されることもないんだろ?」

呆れたようにリオルは吐き捨てた。

「お前らの尻拭いをお嬢ひとりに押し付けてんじゃねーよ」

「うぅっ…」

「他の国は結界なんてないしな。みんな協力する姿勢を見せて国を守ってるだろ?」

「……本当に、その通りだよ」

ヒースは苦々しく呟いた。自分が騎士となった時には既に神子の存在がいたから、結界に守られていることが当たり前だった。だが産まれた頃は違う。子供の時は結界なんてなくて、だから国を守るために剣を取る騎士を格好いいと思ったし、憧れたのだ。
目を背けてはいけない。自分が剣の道を選んだ理由を。そして、何のために剣を取るのかを。




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