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しおりを挟むけたたましい奇声が轟き渡ると、身を寄せた子供達が泣き始めた。困ったように子供の背を撫でれば、自分もとばかりに他の子供達も身を寄せて来て、シスターは震える手でそれぞれの背や頭を撫でる。自分が怖がっていてはいけない。けれど、恐怖はそう簡単には拭えない。
空には見たこともない大きなヒビが、矢の雨を防いでいる。
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「私は神子よ!王太子妃よ!?私を守るのが貴方達の仕事でしょう!?」
メアリーの悲痛な叫びを、エドガーは目を閉じて聞いていた。何故ここに彼女がいるのか、何故ここに入ることを許したのか…それを咎めるには騎士達への伝達が不十分だったとしか言えない。僅かばかりの希望を捨てきれず、判断を見誤ったのは己である。スティーブの責めるような視線も甘んじて受ける覚悟であったし、それに関しては大臣達の怒気も隠す必要はないと思っている。
「煩わしいわねぇ…」
扇で口許を覆いながら、王妃アデライトが呟く。決して小さくない声だが、それすら打ち消すメアリーの悲鳴に、騎士達は手を焼いている。
王族と大臣の正式な会議に乗り込んできて、騎士団を罵倒するこの令嬢を甘やかす者は、この場にはいなかった。
「まずは結界を直して下さい、神子様。そうすれば、国民達の危機を逃れ、我々も通常業務に戻れます」
「何よ偉そうに!できないって言ってるでしょ!?」
「しかしっ…!」
「もう構わなくて良いよ」
「スティーブ!貴方からも言って頂戴!この騎士達仕事をしないの。こんなのクビよ、クビ!」
騎士達は揃って青い顔をした。こんな国の危機にヒステリックな声を上げる令嬢を庇うのかと。そんな王族の下ならばクビになった方がマシだろうか…ぐるぐると駆け巡る思考の海に、スティーブは手を伸ばした。
「出て行くのは君の方だよ、メアリー嬢。今はこの国の存亡を掛けた大切な会議なんだ。君が結界を張れない以上、騎士団を中心にこの国を守らなければならない。彼らはこの国の要だ」
「!そんなっ…前回失敗しただけで、私は神子よ!」
「今の問題は君が神子か否かではないよ。結界による保護が得られるか得られないかだ。そもそも以前は神子なんていなかったんだ。私達は神子の結界という恩恵にあやかり過ぎていた。これは我々の落ち度だ。だが、その結界を張ることが出来ない今、君はこの場にいても無駄だ」
アランはクスッと笑った。すぐさま隣に立っていた騎士団長に小突かれる。
いつも甘いマスクで優しく声をかけてくれるスティーブは、ここにはいなかった。戦場に向かう戦士と同じ、険しい表情をしている。
「でも結界がなければ王都は今頃あらゆる国に襲われて滅んでいたわ!私には価値があるのよ!」
「貴様は我が国の騎士団を愚弄するというの?」
発したのはアデライトだった。静謐な声に、会議室が静まり返ると、メアリーはヒュッと息を吸った。メアリーはアデライトが苦手だった。いつも鋭い瞳で自分を見ている。神子の祈祝福を成功させた時の忌々しげな顔を見るのが大好きだった。いい気味だと思っていた。それくらい、合わなかった。それが今、自分を全否定して見下ろしている。
「他国の侵略など、騎士団は問題なく倒せます。今話すべきは王都の国民の安全です。それすら分からないの?」
「でも多少の被害は仕方ないわ!」
途端に会議室が騒つく。次期王妃としてあるまじき失言だ。国民の支えなくして王家は成り立たない。聞いたかとばかりにアデライトが大臣達を見回す。各々侮蔑を浮かべた表情で、メアリーを見下ろしている。
どうしてこうなったのか。思いつくのはあの祝福の失敗だ。わざわざ満月の夜とわかりやすくしていたのに、シャーロットが祈り忘れたせいだ。あのせいで神子としての地位が危ぶまれ結界はみるみる弱くなり、王都は危機に瀕している。ディライト家の影は帰って来ず、状況も分からない。シャーロットが死んでいたとしたら、もう神子にはなれない。結界も張れない。いつか、そうなる可能性はあったが、こんなに急に起こるとは思っていなかった。
今更ながらに己の危機に身が震えて、メアリーは両手で自分を抱きしめた。シャーロットの聖力はいつまでも搾り取れると思っていた。飼い殺しにしていれば、いつだって自分は神子として生きていられるのだと。しかし、彼女がいなければそれは成立しない。
(どうしたら……)
刹那、会議室が光に包まれた。何事かとアランが剣を抜くより早く、騎士団長が窓の外の正体に気付く。
「結界が!」
王都は光に包まれていた。淡い粒子が舞い降りて、空には光の帯が古代語を描いて伸びてゆく。神子の祝福は執り行われていない。神子であるはずの彼女は、今まさにここで膝を突いて絶望に打ちひしがられてる。
「これは……神子の結界?」
「奇跡だ…。奇跡が起きた!」
窓に駆け寄った大臣が、嬉しそうにエドガーに振り返る。
「結界が修復されています!こんなにも美しく強い輝き…。こんなの初めて見ましたぞ!」
アランは窓の外を見下ろした。国民達も何が起こったのかと空を見上げて、歓声を上げている。従来の結界よりも強い結界が国土を覆い、危機を避けている。神子の結界なのか否か不明だが、少なくとも祝福などなくとも、満月の力がなくとも、国は護られたのだ。
胸の紋章が光っている。アランはそっとそれを外した。
「危機は脱した。メアリー嬢、其方も家へ帰ると良い」
「へ、陛下…。私は…」
「君はもう帰って良い。今からは被害の確認と今後について話さなければならない。君に用はないよ」
「でも私は次期王妃で、だからここにいるべきよ…」
「それについては改めて話そう。今ではない」
相変わらずスティーブは冷たい。あの祝福の失敗からずっと冷ややかな目で見られていることをメアリーは自覚している。どうしたら…と思案する中、アランがすっと手を挙げた。
「発言の許可を頂けますか?」
「アランか。どうした?」
エドガーが促すと、アランはにこりと笑った。胸の紋章を手に、メアリーを安心させるように。スティーブの護衛騎士であるアランに微笑まれ、メアリーは漸く味方を見つけてような気がして、縋るように彼を見た。彼は一歩前に出ると、そこに膝をつく。
「今回の結界の発現者を特定しました」
「なんと!それは真か!?」
「場所はディライト領。その名はシャーロットです」
「なに?ディライトのシャーロット?彼女は死んだはずでは…」
「えぇ。私も驚いています。ですが、我が弟とアーノルド家の嫡男より、確かに確認したと報告が」
スティーブは瞠目した。何かを隠しているとは思っていたが、まさか亡きシャーロットが現れるとは思わなかった。儚く美しい彼女が、今生きているなんて。
「…帰るがいい、メアリー嬢。沙汰は追って言い渡す」
「王家への虚偽申告。これは…厳罰は免れぬぞメアリー嬢。無論、ディライト公爵家もな」
立てないメアリーを、騎士達が引き摺るように連れ去る。その背中を、スティーブは無感情で見つめていた。
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