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第五話 記憶の忘却
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「恭ちゃんには言わなくちゃいけないと思う。あのね、わたし綾瀬青葉と小泉由宇は……異父姉妹なの」
唐突過ぎて、言葉の意味を瞬時に理解できなかった。二人とも今は母親と暮らしていないことだけは知っていたが、まさか――。
「……冗談だろ?」
「相沢くんは、わたしと青葉が似ていると思ったこと、一度もない?」
確かに、二人に近いものを感じたことがあった。それに、恭矢が由宇に幼馴染がいると話したとき彼女は『どんな女の子?』『セックスしたことある?』
恭矢は一言も幼馴染の性別を言っていないのに、そう口にした。どうして、青葉が女だとわかったのだろう。はっとして二人を見たとき、彼女たちが纏う雰囲気の不思議な説得力に、息を呑んでしまった。
由宇は軽く息を吸って、淡々と語り始めた。
「……わたしたちの母親は、わたしを産んですぐにわたしの父の前からいなくなり、青葉を産んでまたすぐに、青葉のお父さんの前から姿を消したらしいの。小さい頃は、母が何をしたいのかわからなかった。だけど、十三歳のとき……言い方を変えると、わたしが初潮を迎えたとき、やっと腑に落ちたわ。母は、自分の能力を子どもたちに受け継がせようとして、子作りをしたのだと」
「……はい?」
「それはわたしが、ひとの記憶を奪う能力に気がついたときと同時期なんだけど……伝わったかしら?」
「……待って待って! 頭が追いつかないって!」
ショチョウやらコヅクリやら、そんなあっさり言われても、恭矢は脳内変換すら追いつかなかった。補足するように青葉が続けた。
「えーっとね、つまりわたしたちのお母さんはね、由宇ちゃんの持つ『ひとの記憶を奪う力』と、わたしの持つ『ひとが忘れていた記憶を思い出させる力』の両方を持っているの。で、それがわたしたちに、それぞれ一つずつ受け継がれたってこと。そのタイミングが由宇ちゃんもわたしも、その……初潮と同時だったって話!」
恭矢の理解力の問題ではなく、簡単に納得できるような話ではなかった。
「だけど……母は子どもに能力を引き継ぐことしか考えていなかった。子育てには微塵も興味がなかったから、生まれてすぐには能力を使えなかったわたしや青葉を捨てて、行方を眩ませたの。わたしのお父さんは苦労したみたい」
「わたしのお父さんも、大変だったって言っていたよ。うちは、恭ちゃんちがいろいろ面倒みてくれたから本当に有難かったって」
顔を見合わせて苦笑する由宇と青葉の表情は、とてもよく似ていた。
「……そうやって話しているのを見ていると、姉妹に見えるな」
「そう言われると、わたしは嬉しいけれど……わたしは、青葉に姉と呼ばれる資格なんてないから」
由宇は青葉から目を逸らし、天井を見上げた。
「母親がろくでもない人物だということ。わたしという、異父違いの姉がいること。青葉がそれらを知っていることは百歩譲って許せても、この能力のことだけは絶対に青葉には知ってほしくなかった。知ってしまったらもう、普通じゃいられなくなるから。……だからわたしは、青葉を探した。見つけて、わたしに都合のいいように記憶を奪った」
由宇が一旦言葉を区切ると、代わって青葉が語り出した。
「わたしは……お母さんのことも、由宇ちゃんの存在も、自力で調べて大体わかっていたし、記憶を思い出させる能力にもすでに気がついていたよ。……中学校三年生の冬、学校帰りに由宇ちゃんがわたしに接触して、記憶を奪うまではね。わたしは能力のこともお母さんのことも、何もかもを忘れた。学校に行くと何かを奪われてしまうという恐怖から、学校には行けなくなっちゃったけど……由宇ちゃんの計画は成功したことになるね」
青葉は静かに、淡々と言葉を紡いでいる。
「青葉には能力に対する耐性が少なからずあったのか、完全に記憶を消すことはできなかったわ。『奪われた』という記憶が残ってしまうことを、予想していなかったの。青葉にトラウマを植え付けてしまったこと、本当に申し訳ないと思っているわ。ごめんなさい」
恭矢は由宇が言っていた、贖罪の対象が誰なのかを知った。由宇が辛辣な顔で深く頭を下げると、青葉は無表情のまま「顔を上げて」と呟いた。
「……別に、怒ってないよ」
「……それと……青葉にもう一つだけ、謝らなきゃいけないことがあるの。わたしは青葉から奪った記憶の中で、相沢くんが青葉にとても優しくしてくれていたことを知った。それから相沢くんがわたしの仕事を知り、一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、わたしは……相沢くんのことを、もっと知りたいと欲を抱いてしまったわ」
「……由宇ちゃんがわたしにしてきたことは、わたしのためを思ってのことなんでしょ? だからさっきも言ったけど、わたしは怒ってもいないし、怨んでもいない。むしろ、感謝すらしているよ。……だけど」
青葉は急に怒りを露にして、敵対心丸出しで口にした。
「恭ちゃんだけはあげない。恭ちゃんに手を出そうとしたら、許さないから!」
唐突過ぎて、言葉の意味を瞬時に理解できなかった。二人とも今は母親と暮らしていないことだけは知っていたが、まさか――。
「……冗談だろ?」
「相沢くんは、わたしと青葉が似ていると思ったこと、一度もない?」
確かに、二人に近いものを感じたことがあった。それに、恭矢が由宇に幼馴染がいると話したとき彼女は『どんな女の子?』『セックスしたことある?』
恭矢は一言も幼馴染の性別を言っていないのに、そう口にした。どうして、青葉が女だとわかったのだろう。はっとして二人を見たとき、彼女たちが纏う雰囲気の不思議な説得力に、息を呑んでしまった。
由宇は軽く息を吸って、淡々と語り始めた。
「……わたしたちの母親は、わたしを産んですぐにわたしの父の前からいなくなり、青葉を産んでまたすぐに、青葉のお父さんの前から姿を消したらしいの。小さい頃は、母が何をしたいのかわからなかった。だけど、十三歳のとき……言い方を変えると、わたしが初潮を迎えたとき、やっと腑に落ちたわ。母は、自分の能力を子どもたちに受け継がせようとして、子作りをしたのだと」
「……はい?」
「それはわたしが、ひとの記憶を奪う能力に気がついたときと同時期なんだけど……伝わったかしら?」
「……待って待って! 頭が追いつかないって!」
ショチョウやらコヅクリやら、そんなあっさり言われても、恭矢は脳内変換すら追いつかなかった。補足するように青葉が続けた。
「えーっとね、つまりわたしたちのお母さんはね、由宇ちゃんの持つ『ひとの記憶を奪う力』と、わたしの持つ『ひとが忘れていた記憶を思い出させる力』の両方を持っているの。で、それがわたしたちに、それぞれ一つずつ受け継がれたってこと。そのタイミングが由宇ちゃんもわたしも、その……初潮と同時だったって話!」
恭矢の理解力の問題ではなく、簡単に納得できるような話ではなかった。
「だけど……母は子どもに能力を引き継ぐことしか考えていなかった。子育てには微塵も興味がなかったから、生まれてすぐには能力を使えなかったわたしや青葉を捨てて、行方を眩ませたの。わたしのお父さんは苦労したみたい」
「わたしのお父さんも、大変だったって言っていたよ。うちは、恭ちゃんちがいろいろ面倒みてくれたから本当に有難かったって」
顔を見合わせて苦笑する由宇と青葉の表情は、とてもよく似ていた。
「……そうやって話しているのを見ていると、姉妹に見えるな」
「そう言われると、わたしは嬉しいけれど……わたしは、青葉に姉と呼ばれる資格なんてないから」
由宇は青葉から目を逸らし、天井を見上げた。
「母親がろくでもない人物だということ。わたしという、異父違いの姉がいること。青葉がそれらを知っていることは百歩譲って許せても、この能力のことだけは絶対に青葉には知ってほしくなかった。知ってしまったらもう、普通じゃいられなくなるから。……だからわたしは、青葉を探した。見つけて、わたしに都合のいいように記憶を奪った」
由宇が一旦言葉を区切ると、代わって青葉が語り出した。
「わたしは……お母さんのことも、由宇ちゃんの存在も、自力で調べて大体わかっていたし、記憶を思い出させる能力にもすでに気がついていたよ。……中学校三年生の冬、学校帰りに由宇ちゃんがわたしに接触して、記憶を奪うまではね。わたしは能力のこともお母さんのことも、何もかもを忘れた。学校に行くと何かを奪われてしまうという恐怖から、学校には行けなくなっちゃったけど……由宇ちゃんの計画は成功したことになるね」
青葉は静かに、淡々と言葉を紡いでいる。
「青葉には能力に対する耐性が少なからずあったのか、完全に記憶を消すことはできなかったわ。『奪われた』という記憶が残ってしまうことを、予想していなかったの。青葉にトラウマを植え付けてしまったこと、本当に申し訳ないと思っているわ。ごめんなさい」
恭矢は由宇が言っていた、贖罪の対象が誰なのかを知った。由宇が辛辣な顔で深く頭を下げると、青葉は無表情のまま「顔を上げて」と呟いた。
「……別に、怒ってないよ」
「……それと……青葉にもう一つだけ、謝らなきゃいけないことがあるの。わたしは青葉から奪った記憶の中で、相沢くんが青葉にとても優しくしてくれていたことを知った。それから相沢くんがわたしの仕事を知り、一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、わたしは……相沢くんのことを、もっと知りたいと欲を抱いてしまったわ」
「……由宇ちゃんがわたしにしてきたことは、わたしのためを思ってのことなんでしょ? だからさっきも言ったけど、わたしは怒ってもいないし、怨んでもいない。むしろ、感謝すらしているよ。……だけど」
青葉は急に怒りを露にして、敵対心丸出しで口にした。
「恭ちゃんだけはあげない。恭ちゃんに手を出そうとしたら、許さないから!」
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