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第三Q 生き様を証明せよ
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雪之丞は体の中から情熱が抜けてしまったような虚しさを覚えていた。
昨日は月曜日で部活が休みだったから良かったものの、今日は誤魔化しが効かない。部活に行きたくなかった。練習試合直後はバスケがしたくてたまらなかったのに、今はボールを触りたいとすら思わなかった。
大吾と再会して土下座され、ミサに再会して涙された雪之丞は、今までやってきたことがすべて間違っていると否定されたようで、自身の方向性を見失いつつあったのだ。
「どうしたジョー? なんか浮かない顔してんなあ」
昼休みになると、コンビニ袋を持った正彰が雪之丞の前席に腰掛けた。
「浮かない顔? 馬鹿いえ、俺はいつだって男前だ」
「ボケにしてはキレが悪いな。やっぱ、なんかあったのか?」
「……なんでもねーよ」
正彰から目を逸らして弁当箱を開けた。雪之丞の両親は息子が部活を始めたことに驚いてはいたものの、左手を失ってからふらふらと喧嘩ばかりを繰り返してきた雪之丞がスポーツに打ち込んでいることを喜び、アスリートは体が資本と言って、しっかりした弁当を持たせるようになった。
雪之丞は母親が早起きして作ってくれた弁当を、なんだか後ろめたい気持ちで口に入れた。
「千原、出てこねえかな」
紙パックのジュースにストローを差しながら、正彰が言った。
「あ? 千原なんて可愛くねえんだから、どっかの捕まえられるモンスターっぽく言うな」
「はは、確かに可愛くはないな。でもお前ら仲いいじゃん? 会って喧嘩でもすればスッキリするんじゃねえの?」
しれっと口にした正彰の言葉を、雪之丞は心底理解できなかった。
「俺らが仲良く見えるなら、お前の眼球は不治の病に侵されているぞ。残念、また来世でな」
「お、また会ってくれるんだ? 光栄だねえ」
へらへらと笑う正彰が癪に触り、顔を背けて米を咀嚼した。
◇
放課後になっても気持ちは変わらず、どうしても部活に行きたくなかった雪之丞は、初めて部活をサボることに決めた。
ホームルームが終わって校舎を出ると、外の明るさに驚いた。つい一ヶ月前までこの光景を見るのが当たり前だったことが信じられなかった。
学校から逃げるように歩を進めていくと、頭がぼうっとして、胸がきりきりした。部活を休んだ罪悪感だろうか? 熱意を失った喪失感だろうか?
考えることは苦手だ。学校近くの自販機でコーラを買って、公園のベンチに腰掛けた。公園に入ったときから雪之丞の左手を指差しざわついていた少年たちは、雪之丞が軽く睨むと怖がって出て行ってしまった。
ああいう素直な反応を見ると、自分が異質な存在であることを突きつけられる。今までは差別されることがあれば拳で黙らせ、普通と変わらない扱いをしろと雪之丞は主張してきた。だが結局、自分の努力や気持ちなど相手には負担にしかならないこともあると、大吾や紗綾と話したことで思い知らされた。
ならば、左手がないのならそれをハンデだと思って、相応の扱いを受けた方が楽になれるのではないか? そんな考えを巡らせていると、
「鳴海ぃ! こんなところで会うとはなあ!」
聞き覚えのある掠れた低い声が耳に入った。顔を上げると、正面にはどこか生き生きとした千原が立っていた。
「広尾には感謝しねえとな! 今日の放課後沢高付近でうろついていれば、鳴海が出没するってLINEで教えてくれたんだぜ!」
「は? お前らいつの間にLINE交換してたんだよ?」
「俺はてめえのことは嫌いだが、広尾みたいな腕っ節が強くて頭の切れる奴は、できれば仲間にしたいくらいだからな! しつこく聞いた甲斐もあって、この間ようやく教えてもらったんだよ!」
「……得意気なところ悪いが、キモすぎるぞお前」
「最近てめえを見かけねえからよ、死んだのかと思ってたぜ」
「言ってろ。俺は安藤智絵里ちゃんとデートしてからじゃねえと、死にきれん」
「うははは、じゃあ一生無理じゃねえか! てめえみたいな喧嘩ばっかしてきたくせに部活とか始める中途半端な男が、まともな恋愛なんかできるわけねえよ!」
正彰の野郎、マジで余計なことばっか喋りやがって。雪之丞は舌打ちしつつ、普段なら鼻で笑える千原の軽口が堪えている自分にも苛立っていた。
「……うっせーな」
それしか返すことのできない雪之丞に千原は顔を歪めたが、右手の拳を左手で摩りながら近づいてきた。
「……まあいいや、勝負すんぞ」
むしゃくしゃしていた雪之丞は、バスケ部に入部してからは一度も買っていない勝負を受けてやることにした。例のごとく無抵抗状態で食らった初めの一発は、挨拶代わりには申し分なかった。
千原の遠慮のない強力な拳を頬に受け、倒れこそしなかったものの痛みに顔が歪む。いつもより重く感じたのは、喧嘩をするのが久しぶりだからだろうか。
口角を上げて笑う千原を睨みつけ、雪之丞は勢いをつけて千原の腹に拳を叩きこんだ。しかし、自身が繰り出した一撃に雪之丞は違和感を覚えた。千原も気がついたのか、戸惑いを隠せない雪之丞の目をじっと見据えていた。
「……ああ? てめえ、なんだあそりゃ?」
千原は迸る怒りを攻撃に乗せるかのように、雪之丞の顔、腹、足、体中の至るところに強烈な打撃を連続して繰り出してきた。防御で軽減できるダメージは微々たるもので、雪之丞の体には痛みが蓄積されていった。
「……くっそがあ!」
やられっぱなしに耐えられる雪之丞ではない。襲いかかる千原の拳を右手で弾き、そのまま顔面を殴り飛ばそうと力を込めた一撃をかました。だが千原は平然としながら顔面で拳を受け止め、雪之丞の腹を蹴り上げた。
昨日は月曜日で部活が休みだったから良かったものの、今日は誤魔化しが効かない。部活に行きたくなかった。練習試合直後はバスケがしたくてたまらなかったのに、今はボールを触りたいとすら思わなかった。
大吾と再会して土下座され、ミサに再会して涙された雪之丞は、今までやってきたことがすべて間違っていると否定されたようで、自身の方向性を見失いつつあったのだ。
「どうしたジョー? なんか浮かない顔してんなあ」
昼休みになると、コンビニ袋を持った正彰が雪之丞の前席に腰掛けた。
「浮かない顔? 馬鹿いえ、俺はいつだって男前だ」
「ボケにしてはキレが悪いな。やっぱ、なんかあったのか?」
「……なんでもねーよ」
正彰から目を逸らして弁当箱を開けた。雪之丞の両親は息子が部活を始めたことに驚いてはいたものの、左手を失ってからふらふらと喧嘩ばかりを繰り返してきた雪之丞がスポーツに打ち込んでいることを喜び、アスリートは体が資本と言って、しっかりした弁当を持たせるようになった。
雪之丞は母親が早起きして作ってくれた弁当を、なんだか後ろめたい気持ちで口に入れた。
「千原、出てこねえかな」
紙パックのジュースにストローを差しながら、正彰が言った。
「あ? 千原なんて可愛くねえんだから、どっかの捕まえられるモンスターっぽく言うな」
「はは、確かに可愛くはないな。でもお前ら仲いいじゃん? 会って喧嘩でもすればスッキリするんじゃねえの?」
しれっと口にした正彰の言葉を、雪之丞は心底理解できなかった。
「俺らが仲良く見えるなら、お前の眼球は不治の病に侵されているぞ。残念、また来世でな」
「お、また会ってくれるんだ? 光栄だねえ」
へらへらと笑う正彰が癪に触り、顔を背けて米を咀嚼した。
◇
放課後になっても気持ちは変わらず、どうしても部活に行きたくなかった雪之丞は、初めて部活をサボることに決めた。
ホームルームが終わって校舎を出ると、外の明るさに驚いた。つい一ヶ月前までこの光景を見るのが当たり前だったことが信じられなかった。
学校から逃げるように歩を進めていくと、頭がぼうっとして、胸がきりきりした。部活を休んだ罪悪感だろうか? 熱意を失った喪失感だろうか?
考えることは苦手だ。学校近くの自販機でコーラを買って、公園のベンチに腰掛けた。公園に入ったときから雪之丞の左手を指差しざわついていた少年たちは、雪之丞が軽く睨むと怖がって出て行ってしまった。
ああいう素直な反応を見ると、自分が異質な存在であることを突きつけられる。今までは差別されることがあれば拳で黙らせ、普通と変わらない扱いをしろと雪之丞は主張してきた。だが結局、自分の努力や気持ちなど相手には負担にしかならないこともあると、大吾や紗綾と話したことで思い知らされた。
ならば、左手がないのならそれをハンデだと思って、相応の扱いを受けた方が楽になれるのではないか? そんな考えを巡らせていると、
「鳴海ぃ! こんなところで会うとはなあ!」
聞き覚えのある掠れた低い声が耳に入った。顔を上げると、正面にはどこか生き生きとした千原が立っていた。
「広尾には感謝しねえとな! 今日の放課後沢高付近でうろついていれば、鳴海が出没するってLINEで教えてくれたんだぜ!」
「は? お前らいつの間にLINE交換してたんだよ?」
「俺はてめえのことは嫌いだが、広尾みたいな腕っ節が強くて頭の切れる奴は、できれば仲間にしたいくらいだからな! しつこく聞いた甲斐もあって、この間ようやく教えてもらったんだよ!」
「……得意気なところ悪いが、キモすぎるぞお前」
「最近てめえを見かけねえからよ、死んだのかと思ってたぜ」
「言ってろ。俺は安藤智絵里ちゃんとデートしてからじゃねえと、死にきれん」
「うははは、じゃあ一生無理じゃねえか! てめえみたいな喧嘩ばっかしてきたくせに部活とか始める中途半端な男が、まともな恋愛なんかできるわけねえよ!」
正彰の野郎、マジで余計なことばっか喋りやがって。雪之丞は舌打ちしつつ、普段なら鼻で笑える千原の軽口が堪えている自分にも苛立っていた。
「……うっせーな」
それしか返すことのできない雪之丞に千原は顔を歪めたが、右手の拳を左手で摩りながら近づいてきた。
「……まあいいや、勝負すんぞ」
むしゃくしゃしていた雪之丞は、バスケ部に入部してからは一度も買っていない勝負を受けてやることにした。例のごとく無抵抗状態で食らった初めの一発は、挨拶代わりには申し分なかった。
千原の遠慮のない強力な拳を頬に受け、倒れこそしなかったものの痛みに顔が歪む。いつもより重く感じたのは、喧嘩をするのが久しぶりだからだろうか。
口角を上げて笑う千原を睨みつけ、雪之丞は勢いをつけて千原の腹に拳を叩きこんだ。しかし、自身が繰り出した一撃に雪之丞は違和感を覚えた。千原も気がついたのか、戸惑いを隠せない雪之丞の目をじっと見据えていた。
「……ああ? てめえ、なんだあそりゃ?」
千原は迸る怒りを攻撃に乗せるかのように、雪之丞の顔、腹、足、体中の至るところに強烈な打撃を連続して繰り出してきた。防御で軽減できるダメージは微々たるもので、雪之丞の体には痛みが蓄積されていった。
「……くっそがあ!」
やられっぱなしに耐えられる雪之丞ではない。襲いかかる千原の拳を右手で弾き、そのまま顔面を殴り飛ばそうと力を込めた一撃をかました。だが千原は平然としながら顔面で拳を受け止め、雪之丞の腹を蹴り上げた。
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