55 / 60
第四Q その右手が掴むもの
12
しおりを挟む
「「よし!」」
沢高ベンチから歓喜の声があがった。圧倒的不利な状況下にいたことが雪之丞の底力を引き出したのだろうか。今日一番の跳躍で園田よりも速くボールを掴んだ雪之丞は、リバウンドを取ることに成功したのだ。
片手でボールを掴み着地した雪之丞は、すぐにリングを見上げた。
――このボールをリングに叩き込めば、逆転できる!
園田より先に跳ぼうと急いで膝をため、ジャンプの姿勢を作ろうとした――が、持ち方が悪かったのか、汗で滑ったのか。ボールは無情にも、雪之丞の右手から滑り落ちていった。
自分から離れていくボールがスローモーションに見える。
待ってくれ、という雪之丞の祈りもむなしく、ボールはエンドラインを越えてコートの外に出ていった。
審判が笛を吹く。この土壇場で、洛央ボールとなってしまった。
洛央の応援団がここぞとばかりに盛り上げるのに対して、沢高側は全員が言葉を失っていた。
残り時間は十秒。一点のビハインド。洛央ボール。
この大事な最終局面で、雪之丞は痛恨のミスをしてしまった。
たまらず沢高はタイムアウトを要求した。
「諦めるなよ。まだ逆転のチャンスはある。おそらく洛央は無理に攻めずに、時間いっぱいボールを回してくるだろう。死ぬ気でプレスをかけ、なんとしてでもボールを奪うぞ。そのためには……」
ベンチに戻った選手たちに宇佐美は細かい指示を出していたが、雪之丞はすっかり上の空だった。自分のくだらないミスのせいで、千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。
己の右手を見つめた。片手だけでは、勝利は手中に収められないというのか?
敗北は濃厚、敗因は自分。
その重圧と絶望に押しつぶされそうになっていた、そのときだった。
「コラー! 諦めるなジョー!」
聞き慣れた高い声が、洛央応援団や観客のざわめきを切り裂いて雪之丞の耳に届いた。
声のした方を見上げると、二階の観客席の中で立ち上がる少女の姿があった。
「……夏希……」
周囲の注目が集中する中、夏希は雪之丞を真っ直ぐに見据え、右手で作った握り拳で胸を一回叩いて前に出し、白い歯を見せた。
それは昔四人で決めた、仲間を激励するためのサイン。
左手を失っても皆がいなくなってもずっと近くで見守っていてくれた夏希は、これしきのことで雪之丞が諦めることを決して許さない。
「ジョー! がんばって!」
応援してくれていた女子バスケ部の中から紗綾も立ち上がり、彼女もまた夏希と同様の仕草をして微笑んだ。
雪之丞の事故を自分のせいとした思い込みの激しさを持つ紗綾の瞳は、雪之丞が勝つことを信じて疑わない。
彼女たちの応援には雪之丞の心に風を起こし、消えかけていた心の炎を再び大きくする力があった。
左手の分まで酷使してきたこの右手では、掴めなかったモノも多いけれど。
だけど、せめて――俺にとって大切なモノだけは、絶対に掴んで離したくない。
そう思った雪之丞は再び、右手に視線を落とした。
片手じゃ勝利は掴めない? 俺は何を勝手に言い訳してんだよ。ここまで来て自分の信念を曲げてどうする。右手一本で天下を獲るなら、ここは通過点にすぎねえだろ!
雪之丞は拳を強く握り締め、もう一度スコアを確認した。
七十三対七十四。残り十秒。一点のビハインド。洛央ボール。
「……よっしゃいける! 逆転しますよ! 根性見せてくださいっす!」
急に大声を出した雪之丞をチームメイトは驚いたように見つつも、
「……鳴海に言われなくても、負けるつもりはないよ」
「つか、お前が一番死にそうな顔してたじゃねえか!」
笑いながら文句を言いつつ、雪之丞の頭や背中を叩いた。すっかり沢高のムードメーカーになっている雪之丞が元気になったことで、皆の表情に明るさが戻ってきた。
「……あんな大声出す紗綾、初めて見たわ。気合、見せてよね」
口元に笑みを浮かべてウインクをした久美子に、雪之丞は「ウス!」と元気よく返事をした。
タイムアウトが終わりコートに戻ると、大吾が近づいてきて拳で己の胸を叩いてから雪之丞の胸を小突いた。
「お前もかよ。つか、いいのかよ? 俺はそれをやられると元気になるみたいだぞ?」
「ああ。俺は負けないからな」
強豪校のエースとして活躍してきた大吾は、この試合で更に進化を遂げていた。
絶対的な自信に溢れるエースとしての精神力を身につけた大吾は、これからますます強くなってくのだろう。
大吾がバスケで成長していくのは言うまでもなく嬉しいが――この試合は、譲れない。
「十秒後にその台詞を黒歴史にしてやるよ!」
そう言って雪之丞が大吾に背を向けたとき、想定外の出来事が発生した。
沢高ベンチから歓喜の声があがった。圧倒的不利な状況下にいたことが雪之丞の底力を引き出したのだろうか。今日一番の跳躍で園田よりも速くボールを掴んだ雪之丞は、リバウンドを取ることに成功したのだ。
片手でボールを掴み着地した雪之丞は、すぐにリングを見上げた。
――このボールをリングに叩き込めば、逆転できる!
園田より先に跳ぼうと急いで膝をため、ジャンプの姿勢を作ろうとした――が、持ち方が悪かったのか、汗で滑ったのか。ボールは無情にも、雪之丞の右手から滑り落ちていった。
自分から離れていくボールがスローモーションに見える。
待ってくれ、という雪之丞の祈りもむなしく、ボールはエンドラインを越えてコートの外に出ていった。
審判が笛を吹く。この土壇場で、洛央ボールとなってしまった。
洛央の応援団がここぞとばかりに盛り上げるのに対して、沢高側は全員が言葉を失っていた。
残り時間は十秒。一点のビハインド。洛央ボール。
この大事な最終局面で、雪之丞は痛恨のミスをしてしまった。
たまらず沢高はタイムアウトを要求した。
「諦めるなよ。まだ逆転のチャンスはある。おそらく洛央は無理に攻めずに、時間いっぱいボールを回してくるだろう。死ぬ気でプレスをかけ、なんとしてでもボールを奪うぞ。そのためには……」
ベンチに戻った選手たちに宇佐美は細かい指示を出していたが、雪之丞はすっかり上の空だった。自分のくだらないミスのせいで、千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。
己の右手を見つめた。片手だけでは、勝利は手中に収められないというのか?
敗北は濃厚、敗因は自分。
その重圧と絶望に押しつぶされそうになっていた、そのときだった。
「コラー! 諦めるなジョー!」
聞き慣れた高い声が、洛央応援団や観客のざわめきを切り裂いて雪之丞の耳に届いた。
声のした方を見上げると、二階の観客席の中で立ち上がる少女の姿があった。
「……夏希……」
周囲の注目が集中する中、夏希は雪之丞を真っ直ぐに見据え、右手で作った握り拳で胸を一回叩いて前に出し、白い歯を見せた。
それは昔四人で決めた、仲間を激励するためのサイン。
左手を失っても皆がいなくなってもずっと近くで見守っていてくれた夏希は、これしきのことで雪之丞が諦めることを決して許さない。
「ジョー! がんばって!」
応援してくれていた女子バスケ部の中から紗綾も立ち上がり、彼女もまた夏希と同様の仕草をして微笑んだ。
雪之丞の事故を自分のせいとした思い込みの激しさを持つ紗綾の瞳は、雪之丞が勝つことを信じて疑わない。
彼女たちの応援には雪之丞の心に風を起こし、消えかけていた心の炎を再び大きくする力があった。
左手の分まで酷使してきたこの右手では、掴めなかったモノも多いけれど。
だけど、せめて――俺にとって大切なモノだけは、絶対に掴んで離したくない。
そう思った雪之丞は再び、右手に視線を落とした。
片手じゃ勝利は掴めない? 俺は何を勝手に言い訳してんだよ。ここまで来て自分の信念を曲げてどうする。右手一本で天下を獲るなら、ここは通過点にすぎねえだろ!
雪之丞は拳を強く握り締め、もう一度スコアを確認した。
七十三対七十四。残り十秒。一点のビハインド。洛央ボール。
「……よっしゃいける! 逆転しますよ! 根性見せてくださいっす!」
急に大声を出した雪之丞をチームメイトは驚いたように見つつも、
「……鳴海に言われなくても、負けるつもりはないよ」
「つか、お前が一番死にそうな顔してたじゃねえか!」
笑いながら文句を言いつつ、雪之丞の頭や背中を叩いた。すっかり沢高のムードメーカーになっている雪之丞が元気になったことで、皆の表情に明るさが戻ってきた。
「……あんな大声出す紗綾、初めて見たわ。気合、見せてよね」
口元に笑みを浮かべてウインクをした久美子に、雪之丞は「ウス!」と元気よく返事をした。
タイムアウトが終わりコートに戻ると、大吾が近づいてきて拳で己の胸を叩いてから雪之丞の胸を小突いた。
「お前もかよ。つか、いいのかよ? 俺はそれをやられると元気になるみたいだぞ?」
「ああ。俺は負けないからな」
強豪校のエースとして活躍してきた大吾は、この試合で更に進化を遂げていた。
絶対的な自信に溢れるエースとしての精神力を身につけた大吾は、これからますます強くなってくのだろう。
大吾がバスケで成長していくのは言うまでもなく嬉しいが――この試合は、譲れない。
「十秒後にその台詞を黒歴史にしてやるよ!」
そう言って雪之丞が大吾に背を向けたとき、想定外の出来事が発生した。
0
あなたにおすすめの小説
『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない
七星点灯
青春
雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。
彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。
しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。
彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
となりのソータロー
daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。
彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた…
という噂を聞く。
そこは、ある事件のあった廃屋だった~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる