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第一部 ヴェスピエットにある小さな町で

1-1 ここからはじまる

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「あっ」

ザアアと強い風で舞い上がった白い花びらが、遠くへ流れる雲を追いかけ吸い込まれていった。

「ここ異世界だったんですねえ…」

日々うっすらと感じていた違和感が、積もり積もってひとつの実感となった。

今の自分は6歳くらい。でも、現代日本で暮らしていた記憶がある。細かいことはほとんど思い出せないし、以前の生活をどのように終えたのかも不明だ。

ただ、継目のない一続きの人生として今の今まで違和感なく暮らしてきた。

前世の記憶を認識したことで感じるのは不安よりも納得感だった。ここにあったのか、と昔なくしたものが不意に現れたような感覚。

「とはいえこれからの生活が大きく変わるとは思えない…」

何がきっかけで記憶が戻るに至ったのか全くわからないけれど、それだけははっきりしているように思えた。

達観しすぎかな。

そんな様子の人を「人生2回目」と形容することがある。きっと僕自身、前の人生を充実して過ごせた証なんじゃないだろうか。


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この世界では有する資源によって「科学発展」「魔法発展」「その中間」と国が分かれている。

僕が暮らしているのは、魔法を生活基盤とするヴェスピエットという国の小さな町の中にある孤児院。

魔法と言っても、ファンタジーな世界観のロマンに溢れたものではない。必要素材を別の物質や物品に変換するといったゲームのクラフト要素に近い。魔法には素材と魔素と式(レシピ)が必要で、街にはこのレシピを専門的に売っている店もある。

日本で生活していた僕にとって、比較的親しみやすいシステマティックな魔法ではあるものの、その現代知識の活かしどころはまるでなさそうというのが正直な感想。

しかし、ここでがっかりすることなかれ!

前世の知識は活かせずとも、この世界の人として僕にも魔法を扱うことは出来る。うちの孤児院ではお手伝いの中に魔法に関するものがあって、任されるのは7歳になってから。自ら魔法を扱える日はもう近い。その日よ一刻も早く来い!と心待ちにしている。

もうひとつ楽しみにしていることがある。

この世界には多様な種族が存在していて、もちろんこの町にもたくさんの種族が暮らしていると聞く。

幼い子供を抱える孤児院では、基本的に同種族の"群れ"として共同生活を送る決まりがあること。年齢的に行動範囲を制限されていることもあり、まだ人族にしか会ったことがない。

もふもふ好きの僕としては、ぜひとも獣人の方にお会いしたいのだけれど…

「…ーい」「おーい」

抑揚のない少年の声が遠くから聞こえる。

彼は名をナナンといって、同じ孤児院で暮らす中で唯一同い年の子だ。昔からふたりセットにされることがほとんどで、友達や仲間というより双子のように扱われてきた。
  
生真面目な僕と、常にマイペースなナナン。
性格は全然違っているけどなんだか居心地が良い。

くりくりとカールした深緑の髪はいつもわしゃわしゃとしたくなるし、ブラウンの眠たそうな目に見つめられると穏やかな気持ちになって、何をされてもすべて許してしまいそうになる。そんな子羊のような雰囲気に、僕は勝手に癒されている。

だらだらと歩いてくる彼に向かって手を振る。

ああ、相手が気づいたら寄ってこなくなるとは…なんと省エネなヤツ。

「何かあったの?」

こちらから小走りで近づいて行って声を掛ける。

「おすそ分けもらったから、おやつ休憩にしよって呼びにきた」
「そっか、ありがとう」

ナナンにはその場で少し待っていてもらい、作業中だったハーブの収穫を終えることにする。道具を纏めて収穫かごを抱えた瞬間、また強い風が吹き上がる。先程と同じく白い花びらが舞い上がるのが見えた。

今世は生まれて幼い頃から孤児院で育った。不思議と親のことを気にしたことはなかった。なんとなく捨てられたんだろうなくらいに考えていたが、親もなくこちらへ転移してきた可能性も今日になって出てきた。

ほんの少しだけ、寂しい気持ちが滲む。

「…おなかすいてんの」

いつの間にかすぐ近くに立っていたナナンが小さく声を掛けてきた。

「え?」

「変なかお、してるから」
「そう?確かにちょっと減ったかも」
「アーモンドパイどうぞって、いっぱい食べよ」
「おお~マイアさんからかな?楽しみだね」

これはきっと彼なりの気遣い。

複雑な考え事をし始めていたのが顔に出ていたのかもしれない。

孤児院の裏にある小高い丘から
ナナンと手を繋いで帰る。

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