嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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七月

ワンダーフォーゲル部に関する諸問題 4

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「……ということで、ワンゲル部の部長から、校則違反の告発を受けました」
 氷川がそう話を締めくくると、学院長室には重い沈黙が降りた。
 横峰が上級生から被害を受けた翌日の午後だ。校内では今日も夏期講習が開かれているが、氷川はそれを欠席して、学院長室を訪れていた。昨夜の内に簡易な報告と要望を、上村理事に対してメールで送っておいた。叔父の友人という遠い立場で、転入に際して初めて顔を合わせた程度の相手だが、教師陣よりは頼りやすい。おかげで、今日には既に学院長、教頭、上村理事が学院長室に揃っていた。他に氷川と横峰のクラス担任の夏木と、ワンゲル部顧問の三上、加害者生徒の担任教師の伊藤がいて、応接セットが手狭に感じる。理事長までいたら、冷房が効いていても暑苦しくて参ってしまっただろう。抜けられない会議があって助かった。
 当事者である横峰は、今日は大事を取って部屋で休んでいる。同室者が帰省済みなのは、日常生活には不便だろうが、それ以外では面倒が少なくてありがたいと笑っていた。意外と強かだ。
 大人達はしばし目配せし合って、発言権を押し付け合っていたが、諦めたように夏木が口を開いた。氷川を除けば最年少なだけあって、立場も弱いようだ。
「どうして、教師でも生徒会役員や学級委員、運動部長でもなく、君に相談したのかな」
「たまたま居合わせたからでしょう。僕と彼には利害関係もありませんから」
「それなら、氷川くんはどうして、ワンゲル部の部室に行ったのかな」
「僕の行動について説明する義務がありますか?」
「事実関係を明らかにする上で、知っておく必要があるんだよ」
「……横峰くんが暴行を受ける可能性があると感じたからです。そう感じた理由は直感ですので、説明はできません。学級委員の文月くんに尋ねたところ、呼び出した人物がワンゲル部の前部長だと分かりましたので、部室で暴行が行なわれる可能性が高いと判断し、そこへ向かいました」
「部の活動だとは思わなかったんだね」
「以前、部活動を行なう曜日を聞いていましたので」
「なるほど。でもそれならどうして、僕や他の先生方、文月くんや他の友達に声をかけなかったの?」
「考えてもみませんでした。結果として、横峰くんが怪我を負ってしまったのは、僕の判断ミスだと思っています。確かに他の方の協力を仰いでいれば、未遂で済んだ可能性もありました」
「誰にも声をかけなかったのは、横峰くんが校則や倫理観に背く行為をしていると知っていたからかな?」
 突然割り込んだ上村理事の言葉に、氷川はぴくりと眉を動かした。そして発言者に視線を移す。叔父と同年の彼は、優しく親切な大人然とした表情で目を細める。肯定を強要していると、誰にでも分かる口調と態度だ。あえて逆らうことなく、氷川はうなずいた。
「……そうです」
「そうだよね。知っていて、氷川くんは今日まで何も報告しなかった。どうしてかな?」
「その理由を、この場で述べる必要があるとは思えません。彼らの処分に際して、僕の見解が必要だと判断されれば申し上げます。現時点では、プライバシーに関わりますので黙秘させていただきます」
 梃子でも動くものかと、不遜に言い放つ。大人達は鼻白んだり気色ばんだりと各々忙しないが、もう何も言おうとはしなかった。理事と直通で話せる生徒が怖いのだろうか。血縁関係もなければ、直接の知人とも呼べないのに。当の上村理事は、何故か楽しげに唇を緩めている。
「それならそれでいいよ、必要になったらその時には話して貰う。さて、それで、ワンダーフォーゲル部と同部現部長の横峰くん、ならびにOBの処分か……まず、前部長及び引退した部員の金本くん、林くん、木下くんの三名に関しては、横峰くんへの暴行、脅迫の証拠があるから、その件から始めましょう。四人を呼んでください」
 上村理事に指示されて、夏木が跳ねるように席を立った。金本、林、木下の三人は今日は寮の自室で謹慎中のはずだから、寮に連絡をするのだろう。
「横峰くんを迎えに行ってもいいですか? 膝を怪我しているので、一人で呼ぶのは心配です」
「構いませんが、氷川くんも聴取に参加するのですか?」
 学院長に不本意そうに問われて、氷川は目をまたたいた。この話を持ち込んだ張本人だというのに、ここで厄介払いするつもりだろうか。
「いけませんか?」
「あなたは当事者でも、責任者でもないのですよ」
「ですが、僕が横峰くんを説得しなければ、ワンダーフォーゲル部の問題は隠されたままでした」
「いいかな、氷川くん。我が校は私立の、自分で言うのも何だけどそれなりに名の通った進学校なんだよ。風評に関わる問題は、できれば表沙汰にしたくないんだ」
「つまり、ワンゲル部の行為は完全に秘匿されたままなら、問題なかったということですか?」
 諭すように言う上村に、剣先を突きつける。自分の何処にこんな度胸が潜んでいたのか、とても不思議だ。黙ってすごすごと退場するような人間だと自認していたのに。しかし今はとてもそんな真似はできそうもない。
 倫理観を質すような問いに、学院長が口を閉ざし、上村はかぶりを振った。
「いいや、問題はあるよ。でも、その一件でもって、在校生や卒業生の名誉が傷つけられる可能性は遠ざけなければならい。要するに、内々で処理したい、ということだね」
「横峰くんを医者に連れて行ったのは間違いだったと?」
「それは間違ってはいないね。端的に言おう。君が持ち込んでくれた情報と、これから行なわれる話し合いや通知の一切は他言無用で頼みたい」
 捌けた言い方をした上村は、氷川を静かに見つめている。氷川は唾を呑んで首肯した。
「……分かりました」
「上村理事、よろしいのですか?」
 了解した氷川の声に被せるように、学院長が上村を問い質す。上村は唇の端にだけうっすらと笑みを掃いた。深刻な場にはそぐわない表情だ。
「部外者扱いするには、彼は知りすぎています。それに、外部から漏れるよりは、内部告発のほうがずっと処理しやすい。助かったのは事実でしょう」
「はい」
 不本意と顔に書いたままで、学院長が不承不承ながらも了承する。
 外部から漏れるというのは、顧客から噂が広がり、それをマスコミにかぎつけられる可能性だろう。何せ、顧客がいなければ成り立たない商売だ。紹介制にしていたそうだが、どんな理由で醜聞が漏れるか分かったものではない。取引を人前で行なっていたのだし、マスコミ関係者に金銭授受の場面を見られる可能性もある。不審に思われれば、簡単に全てが明るみに出ていただろう。そう考えると、十年近くも表沙汰にならなかったのが奇跡のようだ。あるいは実は学校側が知らないだけで、今までも揉み消されてきた可能性もある。この学院の生徒は資本家や名家の子息が多い。
 そうこうしているうちに、件の金本、林、木下の高等科三年生組と、養護教諭に付き添われた横峰が学院長室にやってきた。養護教諭はすぐに保健室に戻ったが、高校生とはいえ体格の良い男が四人も増えると、人口密度の高さにうんざりする。椅子が足りないからと、教頭に指示されたワンゲル部OBたちがパイプ椅子を運び込んだ。そのひとつを壁の側に置いて、氷川は一座から少々離れた場所に座った。
 横峰が昨夜から今日にかけて作成・とりまとめた資料と、氷川が提供した資料と報告書を基に、今度はワンゲル部顧問の三上が中心となって事実関係の確認を進めていく。昨日の暴行、恫喝について話すためには、どうしても出張ホスト紛いの行為についても言及しなければならない。話は長く、多岐に渡った。それを三上は落ち着いて進行していく。その冷静さと、話の合間を補うべく試みる洞察力・推理力は、登山においてとても頼もしいだろう。
 太陽が傾くまで続いた事情聴取と議論の末、三人の処分は暴行と脅迫に関して停学一週間と治療費の賠償、他の要素に関しては事実関係の更なる確認の上、追って処分を決めるという流れになった。横峰は怪我の療養も兼ねて自室謹慎扱いとなり、ワンゲル部は無期限の活動停止を言い渡された。
「……インターハイは、出られませんね」
 活動停止と言われた横峰は、項垂れてそう呟いた。相変わらず、自分よりも部活優先らしい。横峰自身にも、引責辞任や、悪ければ停学処分などが待っている可能性が高いというのに。そんな生徒の姿を痛ましそうに見て、三上がひとつだけ責任を引き受けた。
「部員には私から連絡しておく」
「はい。ありがとうございます……三上先生、夏木先生」
 横峰に呼ばれて、二人の教師ばかりではなく、室内にいる者たちが彼に注目する。臆した様子もなく、横峰は座ったまま深く頭を下げた。
「この度はご迷惑をお掛けいたしまして、大変申し訳ございません。また、上村理事、学院長先生、教頭先生、伊藤先生にもお詫び申し上げますと共に、巻き込んでしまった氷川くんを含め、皆様のご温情に心より御礼申し上げます。全容解明のため、僕に出来ることでしたら何でも協力させていただく所存です」
 格式張った言葉に隠されたプレッシャーに、学院長室内が静まり返る。表沙汰にしたくないのはお互い様ではあるし、であれば処分はどうしても軽くなる。氷川が司法取引という言葉を用いたのも、双方の都合を考えればそのようになると推測したためだ。それでも、当事者、しかも問題を起こした側が言えば雰囲気が違う。
 横峰は言外に、もしも部に過大な不利益が及ぶようなことがあれば、手持ちの札をしかるべき相手に持ち込むことも辞さない決意を滲ませている。たとえば廃部処分となったならば、彼はこの醜聞を公表するだろう。
 いざとなれば自分の人生を引き替えに、組織に大打撃を与えられる立場の恐ろしさで、背筋が冷える。横峰はどうやら、氷川が思っていたよりも余程強かな人物だったらしい。あるいは、部員を守るために強気に出ているのかもしれないが、判断する術がない。
 しばしの間、空調設備が健気に働く機械音ばかりが耳についた。

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