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八月
夏期休暇 1
しおりを挟む「失礼します、氷川と文月……いた。ちょっといい?」
おざなりに教室の扉を叩いた人物に名指しで呼び立てられる。それが生徒会長の野分だと気付いて、氷川は渋々鞄を手に立ち上がった。
お盆も過ぎて八月も折り返し地点を過ぎたが、相変わらず夏期講習で毎日学校に通っている。いくらか歯が欠けているとはいえ、代わり映えのしない面子に休暇の意味を問い質したくなる日々だ。八月の半ばという暑さも相まって、気力も体力も限界に近い。校内は冷房が効いているが、窓際の席は日差しと窓からの熱気でじりじりと暑いものだ。
「どうしたの?」
「何の用事だ?」
氷川と文月に口々に問われ、野分が親指で天井を指し示した。
「生徒会室で話す。用事あるから先行って待ってて」
「鍵は?」
「山井が待機してるから空いてる」
山井というのは、高等科一年生の生徒会書記の片割れだ。ボードゲーム部所属で、ディプロマシーが大好きという変わった人物でもある。彼のお陰で生徒会役員は皆ヨーロッパの地理に妙に詳しく、感情の機微や言葉の裏側に妙に聡い。まあ、ゲームと現実を切り離して仲良くやっているから問題はないが。
一度だけ、人数合わせで氷川と文月もあのゲームに参加したことがある。メールを駆使して交渉するのも作戦を練るのもそれなりに楽しかったが、どうしても他者を裏切らなければ進行できないため、かなり精神を削られた。もうやりたくないなと考えながら、氷川は一人で階段を上がる。文月は提出物があるそうで、後で合流する予定だ。
目当ての扉の前で立ち止まり、深呼吸する。別に山井に苦手意識はないが、ポーカーフェイスが得意な彼は心の裡が読めなくて少しだけ怖い時がある。悪い考えを振り切るように、忙しなく扉を叩いた。
「はいはい、開いてますよ」
「失礼します。二年B組の氷川です。野分会長に呼ばれて来ました」
扉を開けて挨拶する。常よりも椅子が増えた生徒会室には、山井の他にも何人か生徒の姿があった。中等科の生徒もいる。また何かイベントでもやるのだろうか。こちらに視線を向けた山井がさっと立ち上がった。
「氷川さん、こんにちは。こちらへどうぞ」
「ありがとう。今日は何の集まり?」
示された椅子に遠慮なく座り、山井に尋ねる。黒髪を綺麗に切り揃えた山井は、色白の華奢な指で頬を撫でた。
「今度のボランティア活動の打ち合わせです」
「え、聞いてない」
「打診も兼ねてはいますよ。呼んで説明してから確認するようにしたら、参加してくれる人が増えたんだそうで」
「悪徳商法みたいな勧誘やめなよ」
「普通に募集して、充分な参加者が集まるなら考えます」
素直そうな口調で、その実ひねくれたことを平然と言う。氷川は諦めて、雑談に話題をシフトした。
近くに座っていた生徒を巻き込んで、夏の定番である花火について話していると、あっという間に時間が過ぎた。いくつか空席はあるものの、生徒会役員は全員揃っている。ホワイトボードの前には山井が立ち、もう一人の書記である平沢はノートに向き合っている。進行役は副会長の神森で、会長の野分と会計の橘は適当に頷いたり口を挟んだりしている。
週後半に予定している生徒会主体のボランティア活動は、老人福祉施設への訪問らしい。この場に集められたのは、合唱部員と吹奏楽部員、ブラスバンド部員、演劇部員の各有志が主なメンバーらしい。
集合場所と日時は既に決定されているので、通知と共にプリントが配られる。その後、神森を議長に演目の話し合いに入った。候補に挙がるのはやはりというか定番の唱歌や古謡の類いだ。“ふるさと”や“さくらさくら”を聞いたことがない日本人はまずいないし、嫌いな人も少ないだろうから無難なチョイスだ。演劇部員はパントマイムを行なうらしい。これといった特技を持たない氷川は、会議の進行をぼんやりと眺めていた。呼ばれたものの、今回は出番はないかもしれない。話がおおよそ纏まった様子を見ながら、そんな風に思う。すると思考を読んだように神森がこちらに顔を向けた。
「他の皆さんはレクリエーションに参加されない方々とお話をしていただくということでよろしいでしょうか」
「はい?」
なんだそれは、聞いてない。目を丸くした氷川に、神森が目を細める。
「氷川くんは初めてでしたっけ」
「え、ええ、はい」
「利用者さんの中には、レクリエーションには関心がない方もいらっしゃいます。その中の希望される方とお話をしていただくのが恒例なんです。交流会という名目なのに、こちら側のやりたいことだけを押し付けるのはおかしいでしょう?」
「そう、ですか」
同意を求められても、考えたこともないことには即座に答えられない。どうとも聞こえる答え方をした氷川を気にした様子もなく、神森はそうですと頷く。他の生徒達も否定的な様子はないから、そういう考え方を浸透させているのだろう。この様子なら、児童福祉施設の訪問だって誰が行っても問題なかった気がする。妙な時期に転入した訳ありの新参者を気づかってくれたのかなと、今更思い至った。
「ですので、氷川くんにもそのお話相手として参加して貰いたいと思っています。では、これから参加の可否を伺います。欠席される方は挙手をお願いします」
良い笑顔で神森が室内を見回す。人口密度が高めの生徒会室は、しんと静まり返った。
如水学院の図書室は、床面積のわりに蔵書が豊富だ。閲覧スペースは試し読みと調べ物専用のテーブル二台分だけで、大部分を天井まで届きそうな書架と狭い通路が占めている。古典文学から娯楽小説、政治経済、宗教、美術、文化風俗等々の専門書など種々の書籍が、許容面積一杯まで詰め込まれ、いつか床が抜けるのではないかと冗談半分に言われることもあるという。
南向きの窓のブラインドを閉め切った薄暗い室内で、氷川はプラスチックケースのラベルを物色していた。貸借カウンターの側にDVDとCDを納めた低めの棚がある。夏期休暇期間中のためか空きスペースが目立つが、品切れ状態でもないのが助かった。配信サービスも利用してはいるが、取り扱い内容には偏りがあるし、棚で選ぶのとは感覚が異なる。
氷川は何枚かを見比べていたが、一枚を残して棚に戻すと、カウンターに向かった。
「これ貸し出しお願いします」
利用券と共にDVDをカウンターに載せる。図書委員は何も言わずに貸し出しの処理をして、カードとパッケージを差し出した。
「はい、どうぞ。二週間以内にお返しください」
「ありがとうございます」
受け取ったものを鞄に入れて、図書室を出る。最上階と違ってギャラリー仕様になっていない簡素な廊下と、渡り廊下を抜けた先にある校内の食堂に足を向けた。
夏期講習と部活動で学内に生徒が多いためか、校内の食堂は夏期休暇中も平常通り営業している。講習終了直後の昼時は混雑するため、少し時間をずらして利用する習慣がついていた。一時間も置けば、午後から部活動がある生徒や、遊びに行く生徒がいなくなって席を確保しやすくなる。
「暗いな……」
渡り廊下の途中で足を止め、氷川は溜息を吐いた。
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