嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

文字の大きさ
19 / 190
八月

夏期休暇 1

しおりを挟む

「失礼します、氷川と文月……いた。ちょっといい?」
 おざなりに教室の扉を叩いた人物に名指しで呼び立てられる。それが生徒会長の野分だと気付いて、氷川は渋々鞄を手に立ち上がった。
 お盆も過ぎて八月も折り返し地点を過ぎたが、相変わらず夏期講習で毎日学校に通っている。いくらか歯が欠けているとはいえ、代わり映えのしない面子に休暇の意味を問い質したくなる日々だ。八月の半ばという暑さも相まって、気力も体力も限界に近い。校内は冷房が効いているが、窓際の席は日差しと窓からの熱気でじりじりと暑いものだ。
「どうしたの?」
「何の用事だ?」
 氷川と文月に口々に問われ、野分が親指で天井を指し示した。
「生徒会室で話す。用事あるから先行って待ってて」
「鍵は?」
「山井が待機してるから空いてる」
 山井というのは、高等科一年生の生徒会書記の片割れだ。ボードゲーム部所属で、ディプロマシーが大好きという変わった人物でもある。彼のお陰で生徒会役員は皆ヨーロッパの地理に妙に詳しく、感情の機微や言葉の裏側に妙に聡い。まあ、ゲームと現実を切り離して仲良くやっているから問題はないが。
 一度だけ、人数合わせで氷川と文月もあのゲームに参加したことがある。メールを駆使して交渉するのも作戦を練るのもそれなりに楽しかったが、どうしても他者を裏切らなければ進行できないため、かなり精神を削られた。もうやりたくないなと考えながら、氷川は一人で階段を上がる。文月は提出物があるそうで、後で合流する予定だ。
 目当ての扉の前で立ち止まり、深呼吸する。別に山井に苦手意識はないが、ポーカーフェイスが得意な彼は心の裡が読めなくて少しだけ怖い時がある。悪い考えを振り切るように、忙しなく扉を叩いた。
「はいはい、開いてますよ」
「失礼します。二年B組の氷川です。野分会長に呼ばれて来ました」
 扉を開けて挨拶する。常よりも椅子が増えた生徒会室には、山井の他にも何人か生徒の姿があった。中等科の生徒もいる。また何かイベントでもやるのだろうか。こちらに視線を向けた山井がさっと立ち上がった。
「氷川さん、こんにちは。こちらへどうぞ」
「ありがとう。今日は何の集まり?」
 示された椅子に遠慮なく座り、山井に尋ねる。黒髪を綺麗に切り揃えた山井は、色白の華奢な指で頬を撫でた。
「今度のボランティア活動の打ち合わせです」
「え、聞いてない」
「打診も兼ねてはいますよ。呼んで説明してから確認するようにしたら、参加してくれる人が増えたんだそうで」
「悪徳商法みたいな勧誘やめなよ」
「普通に募集して、充分な参加者が集まるなら考えます」
 素直そうな口調で、その実ひねくれたことを平然と言う。氷川は諦めて、雑談に話題をシフトした。
 近くに座っていた生徒を巻き込んで、夏の定番である花火について話していると、あっという間に時間が過ぎた。いくつか空席はあるものの、生徒会役員は全員揃っている。ホワイトボードの前には山井が立ち、もう一人の書記である平沢はノートに向き合っている。進行役は副会長の神森で、会長の野分と会計の橘は適当に頷いたり口を挟んだりしている。
 週後半に予定している生徒会主体のボランティア活動は、老人福祉施設への訪問らしい。この場に集められたのは、合唱部員と吹奏楽部員、ブラスバンド部員、演劇部員の各有志が主なメンバーらしい。
 集合場所と日時は既に決定されているので、通知と共にプリントが配られる。その後、神森を議長に演目の話し合いに入った。候補に挙がるのはやはりというか定番の唱歌や古謡の類いだ。“ふるさと”や“さくらさくら”を聞いたことがない日本人はまずいないし、嫌いな人も少ないだろうから無難なチョイスだ。演劇部員はパントマイムを行なうらしい。これといった特技を持たない氷川は、会議の進行をぼんやりと眺めていた。呼ばれたものの、今回は出番はないかもしれない。話がおおよそ纏まった様子を見ながら、そんな風に思う。すると思考を読んだように神森がこちらに顔を向けた。
「他の皆さんはレクリエーションに参加されない方々とお話をしていただくということでよろしいでしょうか」
「はい?」
 なんだそれは、聞いてない。目を丸くした氷川に、神森が目を細める。
「氷川くんは初めてでしたっけ」
「え、ええ、はい」
「利用者さんの中には、レクリエーションには関心がない方もいらっしゃいます。その中の希望される方とお話をしていただくのが恒例なんです。交流会という名目なのに、こちら側のやりたいことだけを押し付けるのはおかしいでしょう?」
「そう、ですか」
 同意を求められても、考えたこともないことには即座に答えられない。どうとも聞こえる答え方をした氷川を気にした様子もなく、神森はそうですと頷く。他の生徒達も否定的な様子はないから、そういう考え方を浸透させているのだろう。この様子なら、児童福祉施設の訪問だって誰が行っても問題なかった気がする。妙な時期に転入した訳ありの新参者を気づかってくれたのかなと、今更思い至った。
「ですので、氷川くんにもそのお話相手として参加して貰いたいと思っています。では、これから参加の可否を伺います。欠席される方は挙手をお願いします」
 良い笑顔で神森が室内を見回す。人口密度が高めの生徒会室は、しんと静まり返った。


 如水学院の図書室は、床面積のわりに蔵書が豊富だ。閲覧スペースは試し読みと調べ物専用のテーブル二台分だけで、大部分を天井まで届きそうな書架と狭い通路が占めている。古典文学から娯楽小説、政治経済、宗教、美術、文化風俗等々の専門書など種々の書籍が、許容面積一杯まで詰め込まれ、いつか床が抜けるのではないかと冗談半分に言われることもあるという。
 南向きの窓のブラインドを閉め切った薄暗い室内で、氷川はプラスチックケースのラベルを物色していた。貸借カウンターの側にDVDとCDを納めた低めの棚がある。夏期休暇期間中のためか空きスペースが目立つが、品切れ状態でもないのが助かった。配信サービスも利用してはいるが、取り扱い内容には偏りがあるし、棚で選ぶのとは感覚が異なる。
 氷川は何枚かを見比べていたが、一枚を残して棚に戻すと、カウンターに向かった。
「これ貸し出しお願いします」
 利用券と共にDVDをカウンターに載せる。図書委員は何も言わずに貸し出しの処理をして、カードとパッケージを差し出した。
「はい、どうぞ。二週間以内にお返しください」
「ありがとうございます」
 受け取ったものを鞄に入れて、図書室を出る。最上階と違ってギャラリー仕様になっていない簡素な廊下と、渡り廊下を抜けた先にある校内の食堂に足を向けた。
 夏期講習と部活動で学内に生徒が多いためか、校内の食堂は夏期休暇中も平常通り営業している。講習終了直後の昼時は混雑するため、少し時間をずらして利用する習慣がついていた。一時間も置けば、午後から部活動がある生徒や、遊びに行く生徒がいなくなって席を確保しやすくなる。
「暗いな……」
 渡り廊下の途中で足を止め、氷川は溜息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。 今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。 そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。 これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに?? 王子は跪き、俺に向かって言った。 「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。 そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。 「ずっと好きだった」と。 …………どうなってるんだ?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...