20 / 190
八月
夏期休暇 2
しおりを挟む
誰かがすぐ横に立ち止まった。南側の窓から、ガラスをすり抜けて襲いかかろうとする熱気が僅かに遮られる。
「よく晴れてるよ?」
声をかけられて、そちらに顔を向ける。そこにはつい昨日顔を見たばかりの、生徒会の会計の橘がいた。彼の後ろに会長の野分もいる。
「あれ、橘くん、野分くん、今お昼?」
「うん。生徒会の仕事してて遅くなっちゃったんだ」
「そうなんだ。神森くんと平沢くんと山井くんは?」
「神森は外で食うんだと。山井と平沢は部活があるから付き合わせなかった」
「ね、神森くん付き合い悪いよね」
橘が口先だけで神森を誹る。少しも不満などなさそうで、仲の良さが透けて見えた。アメリカ人のように肩をすくめた野分が、氷川に視線を戻す。
「おまえもこれから昼飯か?」
「そうだよ」
「じゃあ一緒に行こう。氷川くん一人でいるの珍しいね」
先陣を切って歩き出しながら、橘が笑う。他意なく言われたその一言に、そうかなと返すのが精一杯だった。
確かに氷川はあまり一人では行動しない。それはできるだけ他者と関わり、一緒に行動するように努めているからだ。移動教室や食事の際に、何も考えなければ一人だけで動いてしまう。それで孤立した経験があるため、誰かしらに声をかけたり、誘いを無下にしないようにしている。だが、元来賑やかさを得手としない性質だ、混雑を避ける名目で、慣れ親しんだ孤独と触れ合っていたのも事実だ。橘は何も言っていないのに、断罪された気分で後ろに続く。野分は不思議そうに首を傾げてから、氷川の隣に並んだ。
「氷川こそ遅い昼飯だな。どうしたんだ?」
「図書室に寄ってた。あそこ凄いよね、地震でも来たら生き埋めになりそう」
「確かに。しかもあれで、蔵書の三割だっていうからな」
「どっかに書庫があるんだ?」
「特別教室棟の地下にある。地下に階段が続いてるだろ」
野分の言葉に首を捻った。特別教室棟の一階には音楽室と調理室、保健室が並んでいる。あまり利用頻度が高い施設ではなく、廊下を通り抜けることも多くはないので、きちんと見た記憶がなかった。
「そうだっけ」
「書庫と倉庫があるんだ。まあ、普通は用事がないだろうし、知らなくても無理ないだろ」
「氷川くんって図書室はよく行くの?」
先を行く橘が食堂の扉を押し開け、押さえたままで訊ねる。
「ありがとう。最近はそこそこかな」
「どんな本読むの?」
野分が礼を言って扉を抜ける。橘が手を離すと、扉が滑らかな動きで弧を描いて戻っていく。それは緩やかに揺らぎ、定位置に落ち着いた。
「恥ずかしいけど、本はそんなに読まないんだよね。今日も借りてきたのDVDだし」
「へえ、何を?」
「海洋系のドキュメンタリー」
「イルカとか出てくる奴?」
橘が目を輝かせた。こんな海から離れた学校に来ておいて、魚好きなんだろうか。
「鯨って書いてあったよ。あとで見る?」
「うん。あ、食券買おう、何食べようかな」
一足先に物色していた野分が、手を伸ばして券売機のボタンを押す。その時見えた文字に、氷川と橘は無言で目を合わせた。小さく頷き合ってから、券売機に向かう。氷川は少しだけ迷ってサラダうどんを選んだ。
行儀良く並んで、カウンターで料理の皿を受け取る。冷茶と箸をトレイに載せて、くるりと食堂内を見回した。狙い通り、テーブルは空きが多い。
「あそこにしよう」
氷川は天井を見上げて、空調の吹き出し口の側を示した。
適当に席を決めた氷川の両隣に、野分と橘がそれぞれトレイを置く。挟まれると思っていなかったので少しばかり驚きつつ、椅子を引いた。
ちらりと右を見ると、トマトの冷製パスタを前にした橘が、半眼で氷川の更に隣を見遣っている。左隣に視線を向ければ、そちらに座った野分が片眉を上げた。
「どうした?」
「いやあ、俺らの話聞いてたのにそれ頼める神経が凄いなって」
苦笑した橘が、野分の皿を指差す。そこにはシーフードたっぷりのパエリアが置いてあった。海老や貝、輪切りになった烏賊が、トマト色のライスと一緒に行儀良く皿に収まっている。流石に学食では、フライパンで提供とは行かないらしい。
「……流石に鯨肉は入ってないと思う」
野分が決まり悪そうに弁明する。橘が呆れた風にかぶりを振った。
「そう言う問題じゃないよ」
「野分くんって、水族館で魚見て美味しそうって言っちゃうタイプでしょ」
「分かる。牧場で羊と戯れた直後に平気でラムやマトン食べそう」
「無神経で悪かったな」
仏頂面の野分が、スプーンを皿に差し込んだ。表情ほどは不機嫌ではないと、所作や声で分かる。つつきすぎるのはやめようと、氷川も箸を持った。輪切りのトマトが目に眩しい。
「まあ、俺も平気なほうだけど」
「俺も。アジとかイワシとか泳いでたら新鮮で美味しそうって思っちゃう」
パスタをフォークに絡めながら、橘が唇を緩める。野分が眉間に皺を寄せて、氷川と橘を睨め付けた。
「おまえらな……」
「ごめんね、野分くんだけが無神経で強心臓なわけじゃないよ。万物は弱肉強食なんだよ」
「そろそろ怒るぞ、橘」
「謝ってるじゃんかあ」
アニメのように身体の左右でにらみ合いをされて、氷川は肩を揺らした。橘は誰と一緒にいても賑やかで、その場を和ませてしまう。氷川などよりも彼のほうが余程、一人でいるところが想像できない人物だった。
こうして誰かと過ごすことを楽しいと感じるのも嘘ではない。ただ少し、身の丈に合わない武装をしてしまったような後悔がある。鎧の重さに疲労して、休みたくなる。それは自分に力が足りないためだ。充分な力があれば、少しばかり重厚な鎧を身につけたとしても普通に過ごしてけるだろうに。
本当は武装などせずに生きていけるのが一番楽だ。だが誰しも、何かしらで己を着飾り、守ることで社会に参加している。その当たり前のことができなくて、氷川は前の学校からはみ出した。失敗したくないと自ら選んだ偽装ならば、重いと投げ出すのは自分に対して無責任にすぎる。やるべき事は力を付けることだ。そう分かっていても弱音を吐きそうになるのは――夏の暑さで気力と体力が削られているせいかもしれない。
クレソンをつついて息を吐く。じゃれ合いをしていた橘が不安そうに氷川を覗き込んだ。
「ごめん、うるさかった?」
案じる眼差しに慌てて、氷川は箸を置いた。橘に向き直って、軽く目を伏せる。
「大丈夫、ごめんね、ちょっとぼうっとしちゃってたみたいで」
「夏バテか?」
「それもなくはない、かも」
「自分のことだろうが」
野分が頭が痛そうな表情で嘆息する。こめかみに指を当てる所作が俳優みたいだ。
「夏はぼんやりしやすいんだよね……心配させてごめん、食べよう」
「まったく……無理するなよ」
「体調が悪いならボランティアは断ってくれても良かったのに」
「普通普通、でも心配してくれてありがとう、橘くん、野分くん」
気遣いが暖かくもこそばゆく、誤魔化すように感謝を告げる。百点満点の照れ隠しに、野分は呆れたように眉をひそめ、橘は諦めた風に破顔した。リトマス試験紙並みに対照的な反応だ。
「しょうがないな、誤魔化されてあげる。熱心な参加者がいること自体はありがたいもんね。ね、野分くん」
「……そうだな」
「でも、氷川くんはどうしてそんなに熱心に参加してくれるの? 評価のため?」
橘がくるくるとパスタを巻き付けたフォークを口に運ぶ。持ち直した箸で千切りの胡瓜と大根を口に入れてから、氷川はんん、と唸った。
別に熱心なわけではなく、誘われた流れでしかないのだが、評価が必要なのは事実なので否定はしない。ただしその理由は受験対策ではなく、ねじ込む形で転入した穴埋めなのだが、人には言えない。無難でもっともらしい理由を探して、くるりと視線を巡らせた。未だそれなりに繁盛している食堂には、これといったヒントはなかった。シーリングファンがゆったりと首を振っているくらいだ。
「評価目当てだったら、部活でも入るか、それこそ生徒会に潜り込むよ。前の学校じゃあボランティア活動なんてやったこともなかったし、興味本位かもね」
調子の良さそうな理由を並べると、二人はそれなりに納得したらしい。
「面白いか?」
「というより、意外? 学校でやるボランティアって、ゴミ拾いくらいのイメージだったから」
「ああ、そういうことね。ゴミ拾いっていうか、地域清掃は美化委員主導だから、生徒会は噛んでないだけだよ」
橘が、皿に残った茄子をどうにか綺麗にフォークで刺そうと奮闘しながら教えてくれる。ひとつ頷いて、野分がスプーンを置いた。いつの間にか皿が空になっている。二人とも食べるのが速い。
「美化委員は他に、園芸部と合同で地域緑化運動もやってるし、氷川が思うような活動はそっちの領分だろうな。生徒会はもう少し、地域交流色が強い活動をしてる」
「老人ホームと児童施設だもんね」
「あと、先月は児童館の七夕イベントを手伝ったりとか、公民館のイベントの手伝いの時もあるし、月一だけど色々やってるんだよ」
橘が自慢げに補足を述べる。昨年度は役員を務めてはいなかったというが、活動には参加していたのかもしれない。その中で気になる単語を見つけて、氷川は首を捻った。
「七夕?」
「そう。マリナ……近くの女子高の生徒会と合同でね。笹飾り作って飾ったり、短冊書いたり。いい年して恥ずかしいかなって思ったけど、子供が喜んでくれると嬉しいんだよね」
「おまえ、子供よりはしゃいでたろ」
「かもね」
野分のからかうような言葉に、橘は怒りもせずに笑ってみせる。大人びた対応に毒気を抜かれたのか、野分が咳払いをして水を飲んだ。
「ボランティアの目的は、良い企業人、経営者になるために、社会貢献の意識を高めるってお題目だけど、要するにていのいい何でも屋だな。まあ、勉強になるし、良い経験になるから悪くはないと思ってる。氷川がこれからも参加してくれるなら助かるよ」
「楽しいしね」
橘が念を押すように付け加える。野分は肩をすくめて首を横に振った。否定ではなく、さあね、という感じのポーズだ。どこか微笑ましいやりとりに、氷川は頬を緩めた。
「うん。こちらこそ、お世話になります」
「ああ。ところで」
綺麗に話が纏まったところで、野分がちらりと氷川の皿に視線を向けた。そこにはまだ、サラダうどんのトッピングが一部分残っている。片栗粉の薄い衣が輝く豚肉が三枚、花びらのように波打って、胡麻ドレッシングに身を埋めていた。どうにも食指が動かなくて、一枚も減らないままで皿の片隅に整列していたことに、野分は気付いていたらしい。
「食べないならその冷しゃぶくれ」
氷川は渡りに船とばかり頷いた。
栄養士が男子高校生の胃袋事情を考慮して、ボリュームのあるメニューにしてくれた気遣いは分かるが、食指が動かないものは仕方がない。そう言い訳して、左側に皿を寄せた。
「よく晴れてるよ?」
声をかけられて、そちらに顔を向ける。そこにはつい昨日顔を見たばかりの、生徒会の会計の橘がいた。彼の後ろに会長の野分もいる。
「あれ、橘くん、野分くん、今お昼?」
「うん。生徒会の仕事してて遅くなっちゃったんだ」
「そうなんだ。神森くんと平沢くんと山井くんは?」
「神森は外で食うんだと。山井と平沢は部活があるから付き合わせなかった」
「ね、神森くん付き合い悪いよね」
橘が口先だけで神森を誹る。少しも不満などなさそうで、仲の良さが透けて見えた。アメリカ人のように肩をすくめた野分が、氷川に視線を戻す。
「おまえもこれから昼飯か?」
「そうだよ」
「じゃあ一緒に行こう。氷川くん一人でいるの珍しいね」
先陣を切って歩き出しながら、橘が笑う。他意なく言われたその一言に、そうかなと返すのが精一杯だった。
確かに氷川はあまり一人では行動しない。それはできるだけ他者と関わり、一緒に行動するように努めているからだ。移動教室や食事の際に、何も考えなければ一人だけで動いてしまう。それで孤立した経験があるため、誰かしらに声をかけたり、誘いを無下にしないようにしている。だが、元来賑やかさを得手としない性質だ、混雑を避ける名目で、慣れ親しんだ孤独と触れ合っていたのも事実だ。橘は何も言っていないのに、断罪された気分で後ろに続く。野分は不思議そうに首を傾げてから、氷川の隣に並んだ。
「氷川こそ遅い昼飯だな。どうしたんだ?」
「図書室に寄ってた。あそこ凄いよね、地震でも来たら生き埋めになりそう」
「確かに。しかもあれで、蔵書の三割だっていうからな」
「どっかに書庫があるんだ?」
「特別教室棟の地下にある。地下に階段が続いてるだろ」
野分の言葉に首を捻った。特別教室棟の一階には音楽室と調理室、保健室が並んでいる。あまり利用頻度が高い施設ではなく、廊下を通り抜けることも多くはないので、きちんと見た記憶がなかった。
「そうだっけ」
「書庫と倉庫があるんだ。まあ、普通は用事がないだろうし、知らなくても無理ないだろ」
「氷川くんって図書室はよく行くの?」
先を行く橘が食堂の扉を押し開け、押さえたままで訊ねる。
「ありがとう。最近はそこそこかな」
「どんな本読むの?」
野分が礼を言って扉を抜ける。橘が手を離すと、扉が滑らかな動きで弧を描いて戻っていく。それは緩やかに揺らぎ、定位置に落ち着いた。
「恥ずかしいけど、本はそんなに読まないんだよね。今日も借りてきたのDVDだし」
「へえ、何を?」
「海洋系のドキュメンタリー」
「イルカとか出てくる奴?」
橘が目を輝かせた。こんな海から離れた学校に来ておいて、魚好きなんだろうか。
「鯨って書いてあったよ。あとで見る?」
「うん。あ、食券買おう、何食べようかな」
一足先に物色していた野分が、手を伸ばして券売機のボタンを押す。その時見えた文字に、氷川と橘は無言で目を合わせた。小さく頷き合ってから、券売機に向かう。氷川は少しだけ迷ってサラダうどんを選んだ。
行儀良く並んで、カウンターで料理の皿を受け取る。冷茶と箸をトレイに載せて、くるりと食堂内を見回した。狙い通り、テーブルは空きが多い。
「あそこにしよう」
氷川は天井を見上げて、空調の吹き出し口の側を示した。
適当に席を決めた氷川の両隣に、野分と橘がそれぞれトレイを置く。挟まれると思っていなかったので少しばかり驚きつつ、椅子を引いた。
ちらりと右を見ると、トマトの冷製パスタを前にした橘が、半眼で氷川の更に隣を見遣っている。左隣に視線を向ければ、そちらに座った野分が片眉を上げた。
「どうした?」
「いやあ、俺らの話聞いてたのにそれ頼める神経が凄いなって」
苦笑した橘が、野分の皿を指差す。そこにはシーフードたっぷりのパエリアが置いてあった。海老や貝、輪切りになった烏賊が、トマト色のライスと一緒に行儀良く皿に収まっている。流石に学食では、フライパンで提供とは行かないらしい。
「……流石に鯨肉は入ってないと思う」
野分が決まり悪そうに弁明する。橘が呆れた風にかぶりを振った。
「そう言う問題じゃないよ」
「野分くんって、水族館で魚見て美味しそうって言っちゃうタイプでしょ」
「分かる。牧場で羊と戯れた直後に平気でラムやマトン食べそう」
「無神経で悪かったな」
仏頂面の野分が、スプーンを皿に差し込んだ。表情ほどは不機嫌ではないと、所作や声で分かる。つつきすぎるのはやめようと、氷川も箸を持った。輪切りのトマトが目に眩しい。
「まあ、俺も平気なほうだけど」
「俺も。アジとかイワシとか泳いでたら新鮮で美味しそうって思っちゃう」
パスタをフォークに絡めながら、橘が唇を緩める。野分が眉間に皺を寄せて、氷川と橘を睨め付けた。
「おまえらな……」
「ごめんね、野分くんだけが無神経で強心臓なわけじゃないよ。万物は弱肉強食なんだよ」
「そろそろ怒るぞ、橘」
「謝ってるじゃんかあ」
アニメのように身体の左右でにらみ合いをされて、氷川は肩を揺らした。橘は誰と一緒にいても賑やかで、その場を和ませてしまう。氷川などよりも彼のほうが余程、一人でいるところが想像できない人物だった。
こうして誰かと過ごすことを楽しいと感じるのも嘘ではない。ただ少し、身の丈に合わない武装をしてしまったような後悔がある。鎧の重さに疲労して、休みたくなる。それは自分に力が足りないためだ。充分な力があれば、少しばかり重厚な鎧を身につけたとしても普通に過ごしてけるだろうに。
本当は武装などせずに生きていけるのが一番楽だ。だが誰しも、何かしらで己を着飾り、守ることで社会に参加している。その当たり前のことができなくて、氷川は前の学校からはみ出した。失敗したくないと自ら選んだ偽装ならば、重いと投げ出すのは自分に対して無責任にすぎる。やるべき事は力を付けることだ。そう分かっていても弱音を吐きそうになるのは――夏の暑さで気力と体力が削られているせいかもしれない。
クレソンをつついて息を吐く。じゃれ合いをしていた橘が不安そうに氷川を覗き込んだ。
「ごめん、うるさかった?」
案じる眼差しに慌てて、氷川は箸を置いた。橘に向き直って、軽く目を伏せる。
「大丈夫、ごめんね、ちょっとぼうっとしちゃってたみたいで」
「夏バテか?」
「それもなくはない、かも」
「自分のことだろうが」
野分が頭が痛そうな表情で嘆息する。こめかみに指を当てる所作が俳優みたいだ。
「夏はぼんやりしやすいんだよね……心配させてごめん、食べよう」
「まったく……無理するなよ」
「体調が悪いならボランティアは断ってくれても良かったのに」
「普通普通、でも心配してくれてありがとう、橘くん、野分くん」
気遣いが暖かくもこそばゆく、誤魔化すように感謝を告げる。百点満点の照れ隠しに、野分は呆れたように眉をひそめ、橘は諦めた風に破顔した。リトマス試験紙並みに対照的な反応だ。
「しょうがないな、誤魔化されてあげる。熱心な参加者がいること自体はありがたいもんね。ね、野分くん」
「……そうだな」
「でも、氷川くんはどうしてそんなに熱心に参加してくれるの? 評価のため?」
橘がくるくるとパスタを巻き付けたフォークを口に運ぶ。持ち直した箸で千切りの胡瓜と大根を口に入れてから、氷川はんん、と唸った。
別に熱心なわけではなく、誘われた流れでしかないのだが、評価が必要なのは事実なので否定はしない。ただしその理由は受験対策ではなく、ねじ込む形で転入した穴埋めなのだが、人には言えない。無難でもっともらしい理由を探して、くるりと視線を巡らせた。未だそれなりに繁盛している食堂には、これといったヒントはなかった。シーリングファンがゆったりと首を振っているくらいだ。
「評価目当てだったら、部活でも入るか、それこそ生徒会に潜り込むよ。前の学校じゃあボランティア活動なんてやったこともなかったし、興味本位かもね」
調子の良さそうな理由を並べると、二人はそれなりに納得したらしい。
「面白いか?」
「というより、意外? 学校でやるボランティアって、ゴミ拾いくらいのイメージだったから」
「ああ、そういうことね。ゴミ拾いっていうか、地域清掃は美化委員主導だから、生徒会は噛んでないだけだよ」
橘が、皿に残った茄子をどうにか綺麗にフォークで刺そうと奮闘しながら教えてくれる。ひとつ頷いて、野分がスプーンを置いた。いつの間にか皿が空になっている。二人とも食べるのが速い。
「美化委員は他に、園芸部と合同で地域緑化運動もやってるし、氷川が思うような活動はそっちの領分だろうな。生徒会はもう少し、地域交流色が強い活動をしてる」
「老人ホームと児童施設だもんね」
「あと、先月は児童館の七夕イベントを手伝ったりとか、公民館のイベントの手伝いの時もあるし、月一だけど色々やってるんだよ」
橘が自慢げに補足を述べる。昨年度は役員を務めてはいなかったというが、活動には参加していたのかもしれない。その中で気になる単語を見つけて、氷川は首を捻った。
「七夕?」
「そう。マリナ……近くの女子高の生徒会と合同でね。笹飾り作って飾ったり、短冊書いたり。いい年して恥ずかしいかなって思ったけど、子供が喜んでくれると嬉しいんだよね」
「おまえ、子供よりはしゃいでたろ」
「かもね」
野分のからかうような言葉に、橘は怒りもせずに笑ってみせる。大人びた対応に毒気を抜かれたのか、野分が咳払いをして水を飲んだ。
「ボランティアの目的は、良い企業人、経営者になるために、社会貢献の意識を高めるってお題目だけど、要するにていのいい何でも屋だな。まあ、勉強になるし、良い経験になるから悪くはないと思ってる。氷川がこれからも参加してくれるなら助かるよ」
「楽しいしね」
橘が念を押すように付け加える。野分は肩をすくめて首を横に振った。否定ではなく、さあね、という感じのポーズだ。どこか微笑ましいやりとりに、氷川は頬を緩めた。
「うん。こちらこそ、お世話になります」
「ああ。ところで」
綺麗に話が纏まったところで、野分がちらりと氷川の皿に視線を向けた。そこにはまだ、サラダうどんのトッピングが一部分残っている。片栗粉の薄い衣が輝く豚肉が三枚、花びらのように波打って、胡麻ドレッシングに身を埋めていた。どうにも食指が動かなくて、一枚も減らないままで皿の片隅に整列していたことに、野分は気付いていたらしい。
「食べないならその冷しゃぶくれ」
氷川は渡りに船とばかり頷いた。
栄養士が男子高校生の胃袋事情を考慮して、ボリュームのあるメニューにしてくれた気遣いは分かるが、食指が動かないものは仕方がない。そう言い訳して、左側に皿を寄せた。
0
あなたにおすすめの小説
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
悪の策士のうまくいかなかった計画
迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。
今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。
そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。
これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに??
王子は跪き、俺に向かって言った。
「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。
そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。
「ずっと好きだった」と。
…………どうなってるんだ?
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる