嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

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橘祐也

文化祭 3:氷川の家族と幼馴染み

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 文化祭三日目は、片付けと後夜祭を控えているため、前二日間よりも早く幕を下ろす。あと三十分で閉会となりますというアナウンスが流れる頃、氷川は橘と別れて食堂にいた。紗織と母を探して視線を巡らせ、窓に近いテーブル席にその姿を見つけた。
 飲みものすら調達せず、早足でそちらに向かう。昼食時ほどではないが混雑する人を避けて、目的のテーブルに近付いた氷川は、目を見開いた。カジュアルなスーツ姿の、四十代前半くらいの男性。半年ぶりに見る、父親の姿だった。
「……父さん」
 口の中で呟く。呼んだわけでもないのに、こちらに横顔を見せていた父が振り返る。彼は氷川と視線が交わると、その目を僅かに見開いた。驚いたような表情に居心地の悪さを感じつつ、氷川は止まってしまっていた歩みを再開させた。
「遅れてごめんなさい、紗織ちゃん、父さん、母さん。お久しぶりです。来ていただけると思っていなかったので、驚きました」
 テーブルについた氷川が謝罪と共にそう言うと、紗織が片手で傍らの椅子を示しつつ、小首を傾げた。
「久しぶり、泰弘くん。いきなりでごめんね。ライブ、見に行けなかったのも、ごめんなさい」
「いや、紗織ちゃんは元々、声楽部に興味があったんでしょ? うちの声楽部、本格的だもんね」
 促されるまま椅子に腰掛け、申し訳なさそうな幼馴染みの古川紗織に応える。元より、期待はしていなかった。いくら今時の女の子に見えても、彼女の好みは古風だ。今風の演目で、しかも観客も在校生が大多数のスタンディングの会場に顔を出すとは考えにくい。
 氷川は視線を父母に向けた。穏やかな表情の母と父が、微笑ましそうに氷川と紗織のやりとりを見ていて、居心地が悪い。
「それよりも、招待状も送らなくてすみませんでした。それなのに来てくださってありがとうございました。案内もできなくて、ご不便をおかけしたでしょう」
「いいのよ、お友達とイベントに出ていたんでしょう?」
「はい」
「仲の良いお友達がいるみたいで、何よりよ。私達はちゃんとプログラムをいただいたから、見たいものは見られたもの。クラスも部活も展示のレベルが高くて感心したわ」
「ありがとうございます」
 母の気遣いに感謝して目礼する。父がコーヒーを一口飲んで、カップを静かに置いた。
「夏木先生にもお会いできたしな。彼はいい教師だ、生徒をよく見ている」
「……そう、でしたか」
 夏木と会ったのか。そもそも、夏木と会うために来たのかもしれない。それは嬉しいことである反面、複雑な気分にもなった。氷川がどこでどんなことをしていようが、彼は興味がないのではないか、そんな卑屈な思考がよぎる。叩き込んだ全寮制の学校の教師がどんな人物か見極めようとするのは、高い学費を払っている以上は当然のことだ。逆に言えば、そうした環境以外には関心などないのでは。
 思索に沈み込みかけた氷川の意識を、母の声が引き上げる。
「夏木先生は、月に一度はあなたの様子をメールで送ってくださってたのよ。成績だけじゃなくて、元気に過ごしているか、どんな様子か。学校の方針か、先生個人のお考えかは分からないけれど、この方にお預けするなら大丈夫ねって思ったもの」
「そうですか、そんなことを……」
 驚きのまま呟く。知らなかった。夏木はそんなことまでしていたのか。転入生だからと氷川をそこまで特別扱いするとも思えないし、きっとクラスの生徒全員の保護者に連絡を取っているのだろう。全寮制の学校では、生徒は保護者の目の届かない場所にいる。過保護に思えても、まだ未成年、報告は必要なことではあるだろう。しかし、月に一度以上となると頻度が高い。日々の業務や、あるいは私生活を圧迫しそうだなと考えて、ありがたさと申し訳なさを同時に抱いた。普通ならば夏休み中くらいは帰省するものを、氷川はそれもしなかったから、余計に負担をかけたかもしれない。氷川は姿勢を正した。
「夏休みも帰省せずに、ご心配をおかけしたならすみませんでした。この学院はよくしてくださる方ばかりで、毎日楽しく過ごしています。父さんのお陰です。ありがとうございます。それから、叔父さんにもよろしくお伝えください」
 テーブルにつきそうなくらい、深く頭を下げる。うん、と頷く父の声に、氷川は顔を上げた。彼は穏やかに目を細めていた。

 両親と紗織を駐車場まで送り、校舎にとって返す。準備の大変な部分をほとんど丸投げしたクラス展の、片付けくらいは手伝うためだ。部活の展示や模擬店出店があった者はそちらに、軽音部は体育館の片付けに動員されていて、教室内の人気はまばらだった。文月は文化祭実行委員に頼まれて、学内の廊下や外装部分の片付けに駆り出されている。
 展示した工芸品を段ボール箱に納め、テープを剥がした模造紙をくるくると丸めて別の箱に納める。黒板のチョークを拭い、ボードを片付け、床のマスキングテープを剥がしてゴミ箱に入れる。凝った装飾もしていないため、片付けは簡単だ。
 橘に連絡すると、体育館で戸田と合流して、一緒に動いて欲しいと指示された。彼自身は身体が空かないらしい。
「皆お疲れさま、先に帰るね」
 一通り片付いたあと、教室内にいるクラスメイトに声をかけて、体育館に向かった。
 体育館は通常、入館する際は運動靴への履き替えが義務づけられている。校舎内を歩く上履きの砂や汚れを持ち込み、床を傷つけることのないよう、専用のシューズを用意するのだ。しかし、今回のイベントではそんな面倒をさせない代わりに、床にシートを敷いていた。それが現在、綺麗に剥がされ積み重なっていた。畳んだシートの山は大きく、空間の広さを実感させられる。突貫工事で作られたサブステージの解体は既に終了しており、木材がシートの上に積み上げられていた。さながら工事現場だなと関心しながら、近くにいた生徒に声をかけた。
「お疲れさま。何か手伝えることある?」
 ジャージ姿の生徒は、制服のままの氷川を見て、首を横に振った。
「気持ちだけもらっとく。どっからの応援?」
「ここで片付けしてる友達待ち」
「あー、まだしばらくかかるよ」
「そっか……ありがとう。頑張ってね」
「うん」
 話している間も手を止めない生徒に邪魔を詫びて、渡り廊下に戻った。行き交う生徒たちは、荷物を抱えていたり、携帯電話で話していたりで忙しそうだが、誰もが楽しそうだ。それが妙に寂しく映るのは何故だろう。
 祭が終わってしまうからか。それとも、その中に自分がいないからか。
 嘆息して、氷川はスマートフォンを取り出すと、橘にコールした。橘に聞いた打ち上げ会場は、駅の側にある居酒屋だった。未成年の入店が禁止されてはいないが、制服では入れない。
「もしもし橘くん?」
 通じた電話口に呼びかけると、ざわめきに聞き慣れた声が被さった。
『うん。どうかした?』
「ん、体育館片付け終わってなくて、俺手伝えることもないし、先に寮戻って着替えようかと思って。悪いんだけど戸田くんに連絡しといてもらえない?」
『連絡先知らないんだっけ? いいよ、メールしとく』
「ごめん、お願いね。あと、橘くんは打ち上げ来れるの?」
 話しながら階段へ向かう。途中、大きな荷物を持った生徒とすれ違って壁際に身を寄せた。会釈する生徒に手を振って、ぱたぱたと階段を下りていく。
『門限とか考えると無理かな。一緒に行けなくてごめんね』
「いや、いいけど、なんか悪いなってだけで」
『それは全然いいけど……あのね、明日ちょっと時間取れる?』
 橘が真剣な声音で問う。氷川は目をまたたいた。明日、明後日は、文化祭の振替休日になっている。今日の内に片付けが終わらなかったクラスや部活は片付けに出てくるらしいが、それがなければ自由の身だ。時間ならばいくらでもある。
「大丈夫だけど、どこか行くの?」
『ううん、ちょっと、聞きたいことがあるんだ』
 橘が静かな声で言う。電話の背後で、彼を呼ぶ声がした。学生玄関へ向かいながら、氷川は見えもしないのに頷いた。
「わかった。俺はいつでも開いてるから、橘くんの都合に合せるよ」
『よかった。明日メールするね』
「うん。じゃあ、後夜祭頑張って」
『ありがと、それじゃ、戸田くんには連絡しとくから』
「ありがとう」
 通話を終えたスマートフォンを仕舞い、靴を履き替える。そして、帰寮する人の少ない寮へ進路を取った。
 聞きたいこととはなんだろう。気になって、先程まで彼の声が触れていた耳殻を撫でた。
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