嘘の多い異邦人と面倒見の良い諦観者たち

村川

文字の大きさ
180 / 190
神森竜義

彼のご飯と、それから 5:級友の懸念

しおりを挟む
「また生徒会の手伝いでもしてるのか?」
 文月にそんな風に訊かれたのは、その週の木曜日の五時限目前だった。神森と昼食後、そのまま揃って選択科目の日本史の授業を受けて、教室に戻ったばかりだ。
「してないよ。どうして?」
 次の授業の準備をする手を止め、文月に問い返す。彼は怪訝そうな表情で、氷川から視線をずらした。
「神森が毎日迎えに来るだろ。昼休みに作業の手伝いでもしてるのかと思ってた。期末対策始めるには早いからな」
「ああ、そういうことね。単純に一緒にご飯食べてるだけだよ」
 違和感を感じさせないように、努めて自然に見えるように笑顔を作る。実際には弁護士に相談する打ち合わせも含まれているが、そこは文月には無関係の事柄だ。余計なことを言って、心配をさせたくない。
 まあ、今週に入ってから体育授業をことごとく見学しているので、既に心配はかけている気もするが。
 負わされた打撲は案外重く、未だに触れると痛みが走る。体育教師には事情を説明して見学の許可をもらってあった。濁った色の痣が目立つため、入浴するにも人目を避ける必要があり、ささやかだが確実に、日常生活へ支障をきたしている。
 やはり慰謝料くらいは請求したい。そんな風に考えている氷川に、文月が複雑そうな目を向けた。
「神森と二人で?」
「うん」
「おまえらって、ふたりでどんな話するんだ?」
「どんなって……どんなだろう。神森くんがご飯作ってくれるからその感想とか、あと勉強のわかんないこととか?」
「……真面目だな」
 文月が軽く顔をしかめる。食事時にまで勉強の話はしたくない、という意思表示かもしれない。だが、氷川と神森には面白いほど共通の話題がなく、畢竟、勉学に関わる話が増えてしまっているだけだ。他は、食堂に起きっぱなしになっている新聞の感想か――互いの過去の話だ。
 問われるままに、家族のこと、幼馴染みの古川紗織のこと、小中学校の経験と、転校する羽目になった至志高校のことなどを話して聞かせた。神森からは、陽介とその兄のことや、本家での修行のことを聞いた。まだ、彼の両親のことは聞けていない。
 息を吐いて思考を切り替え、氷川は肩をすくめて見せた。
「真面目っていうか……だって神森くんは映画もドラマも見ないっていうし、音楽の趣味も合わないし。俺は神森くんと違って漢詩も古典文学もろくに知らないし、クラシックの作曲家とオーケストラの指揮者の区別もつかないんだよ、話せることがないじゃない」
「むしろそこまで趣味が合わないのに、よく毎日一緒に飯食う気になるな」
 つらつらと述べた氷川に、文月が感心したような、呆れたような眼差しを向ける。全くもってもっともだ。
「毎日って、まだ三日だよ。呆れるのは一ヶ月過ぎてからにして」
 その頃には学年末考査対策に追われているだろうが、と考えながら切り返す。文月は何か言いたげに口を噤み、しかし言わないまま笑みを作った。
「それもそうだな。あいつも少し極端なところはあるが、悪い奴じゃない。広い心で付き合ってやってくれ」
「なんか……お兄さんみたいだね、文月くん」
 氷川の頭を撫でながらの発言は、まるで神森の先輩か兄のようだ。氷川の指摘に苦笑して手を引っ込め、文月は頬を撫でた。
「これでも付き合いは短くないんだ、去年までクラスも一緒だったしな」
「文月くんから見て、神森くんは心配な人なの?」
 迂遠な問い方をやめて、直球で訊ねる。氷川の問いの意味を斟酌する間を空けて、文月が苦く唇を歪めた。
「余計な世話と言われそうだが、まあ、そうだな。あいつは不安定だから気にはなる」
「ああ、それはちょっと分かるかも」
「正直、俺にはおまえもそうだったんだけどな……最近は安定してるから、まあ大丈夫か。なんかあったら相談しろよ」
 子供にするように氷川の頭を撫でて、文月が会話を切り上げる。間を置かずに始業のチャイムが鳴り響き、彼は急ぎ足で自分の机に戻っていった。文月が席に着いて間もなく、教室の前側の扉が開く。間一髪、と他人事のように考えてから、教科書やノートの支度が途中だったことを思い出し、慌てて授業の準備を再開した。
 怜悧な印象の数学教師はくるりと教室内を見回してから、教科書のページを指定して授業を開始した。テキストを開き、教師の声を聞きながら文月に視線を向ける。彼は既に支度を調え、ノートにペンを走らせているようだ。
 中等科から同じ学舎で学んでいる文月のほうが、ぽっと出の氷川よりも神森と近しいのはごく当然だ。それがなんとなく面白くなく感じるのは、子供じみた嫉妬だということも理解している。何かしたい、どうにかしたい、そう思う原動力が、優越感と背中合わせの同情心ではないと言い切る自信がない。そんな浅ましい感情で踏み込んでいいのかが分からないから、足踏みを繰り返している。
 誰よりも彼と親しくなりたいなんて、そこまでの独占欲はないつもりだが。
 胸の内が何故か、不穏に焦げ付く。
「問い六を……氷川」
 嘆息したのを目ざとく発見され、指名が飛ぶ。氷川は教科書とノートを見遣り、既に解いてある答えを告げた。

 学校の裏手にある山から、北風が吹き下ろしてマフラーやコートの裾をはためかせる。からりと晴れた陽射しは温かいが、大気は凍えそうに冷たい。数日前に大寒を迎えたばかりで、今が一年を押して最も寒い時期なのだから当然ではある。
 吐いた息が白く大気に溶ける。身体が縮こまりそうな寒さだが、氷川はこの季節が嫌いではなかった。冷え切った空気が肺を満たすと、不思議と清浄な気分になる。深呼吸で身体を気温に慣らし、誘われるように道を逸れた。
 土曜日の午後の学校は、意外と賑やかだ。運動部の生徒が校庭で練習をしていたり、ロードワークと称して敷地内を走っているし、発表系の文化部の練習する声や楽器の音が聞こえてくる。だがそれは、もう少し後の時間帯だ。今はほとんどの生徒も教師も食事の時間帯で、学舎の外は閑散としている。
 庭園に足を向けたことに理由はなかったが、まっすぐ寮に帰る気にならなかったことには理由がある。
 氷川はひどく疲弊していた。元来、人と深く交わることを避ける性質だった。最も近しい他者は紗織で、性別が異なる彼女とはある程度成長してからは四六時中共に居ることはなくなった。その性質はこの学院に転入してからも変わらず、学内ではそれなりにクラスメイトと過ごしていても、適度に一人の時間を作っていた。今でもそれは変わらないのだが、移動教室や朝の登校時などに、待ち合わせてもいないのに神森が一緒に行動しようと近付いてくるので、今までよりも一緒にいる時間が格段に増えた。ほんの数分ずつの蓄積にじわじわと気力を削がれ、気付げば逃げるように人気のない方角へ向かってしまっていた。
 庭園は園芸部が管理しているが、今日は活動日ではないらしい。広葉樹の多い庭園はしんと静まり返っていた。木の葉が芝生を覆い、踏み込んだ足元がふわりとする。眠り込んだ木々はむき出しの枝を晒し、木肌を太陽が輝かせていた。
 その木立の間に、見覚えのある人影を見つけた。簡素な椅子に腰掛け、キャンバスに絵筆を滑らせている。こちらに斜めに向かい合い、真剣な眼差しでキャンバスと風景に対峙しているのは、三年生の岩根修一だった。
 近付くのは邪魔だろうか。そう考えはしたが、氷川はまるで導かれるようにして、そちらへ足を向けていた。ぐるりと回り込むようにして、後ろからキャンバスを覗き込む。そこには冬枯れの立木と、陽光を受けてガラス窓を輝かせる講堂棟の荒い描写があった。足音か気配かで他者に気付いたらしく、岩根が手を止め、振り返る。
「ああ、久しぶりだね、ええと……神森くんと一緒に居た子」
「氷川泰弘です。お邪魔してすみません、岩根さん。こんなに寒い季節に戸外制作ですか」
 相変わらず名前を覚えられていないことに苦笑して、氷川は軽く頭を下げる。彼は座ったまま、浅く頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腐男子ですが何か?

みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。 ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。 そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。 幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。 そしてついに高校入試の試験。 見事特待生と首席をもぎとったのだ。 「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ! って。え? 首席って…めっちゃ目立つくねぇ?! やっちまったぁ!!」 この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

悪の策士のうまくいかなかった計画

迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。 今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。 そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。 これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに?? 王子は跪き、俺に向かって言った。 「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。 そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。 「ずっと好きだった」と。 …………どうなってるんだ?

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...