【完結】親の罪で売られた娼夫が、硬派な特務中尉と『自由恋愛』に至るまで

かおる

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 第七次リンデンヘルム聖征にて勲章を受けた。

 今後も聖王国に、周辺諸国に光あれと誓い、軍人として戦い抜くつもりだった。

 両親も弟も、そんな自分を見守ってくれるだろうと。

 実際は違う。
 異教徒の血の色をした戦場より、ここはもっと汚れている。

 特務局が捜査する聖法違反者共は、神の目を盗んで私腹を肥やす。
 そんな輩に接していると自分も汚れていく気がする。

 教義に反した者たちは、神の加護を失うのだという。
 神はこんな穢れた場所はお認めにならない。

 ならばこの世を見渡し給うルーメニア神の御許みもとにいる家族も、この姿を見ないでいてくれることを願う。

 国に、神に裁かれてもいい。
 家族には誇り高い自分だけを見ていて欲しいと願う。



【4】



 清涼な香りが肺を清めていく。
 こんな掃き溜めにも、香りひとつでかつての清い心が戻ってくる。
 ロゼルは香炉から立ち上る煙をずっと眺めていた。


「ここにそんな物があったのか」

「!」


 ジェダイトが目を覚ましたようだ。或いは前から覚醒していたのか。
 寝起きにしてははっきりと話す彼を振り返る。
 薄青い明け方の空気の中で、ジェダイトはいつも通りの深い色の眼差しを向けてきた。
 気まずい程ではないが、ジェダイトがこうした余暇を楽しむ場面を想像できずに視線を外してしまう。


「物入れを探したら見つけて、香も買って貰って……『旦那様』のお好みだと、嘘をつきました。すみません」

「構わない。リンデンヘルム人だと言ってあるからな。あの土地は交易が盛んで、文化が栄えている」

「行ったことがおありなんですか?」

「第七次聖征に従軍していた」

「ああ……」


 異教徒に改宗を促し、呑まなければ神の威光を武を以て示す。その戦いのおかげで、リンデンヘルムは数年前からルーメニア神教を国教に変えていた。
 激しい戦いだったと聞いている。彼の体に残る傷跡もその時のものなのだろうか。


「……僕はその頃、学生でした。奨学生で……」

「奨学生だと?」


 香の香りについ気が緩んで余計なことを言ってしまった。なんとなく、嘲るような声色に心臓が冷える。
 金絡みの事件で、私腹を肥やして捕まった親を持つ者として、どうして大学に行くための金も出せないのかということだろう。
 父親は法学か経済学の大学しか認めてくれなかった。我儘を通すために自分で奨学金を借りたのだ。
 それを説明するのも、ジェダイトにとっては無駄な情報だと思われそうな気がして、黙り込んだ。

 明るさが欲しくて窓もカーテンも開けていたので、部屋には肌寒い空気が満ちている。ここで暮らすようになってもうしばらく経つが、生活用品以外に自分でわざわざ取り寄せたものはこの香炉が初めてだった。
 空気が冷たいと煙の色が濃くなる。今朝は風もなくて、細い糸がするすると上に昇っていくような様子はずっと見ていられるので、そのまま沈黙を守った。

 ショールを肩にしっかり巻き付けておく。その下は薄衣のみだ。冬になればベッドに毛織物を入れてもらえるらしいが、今は外も歩けないような服で一日を過ごす。
 脱走防止だ。その虚しさより、とにかく寒さが辛い。


「この香りは、パチュリか」

「……分かるんですか?」


 ヘッドボードに上体を預けて座っているジェダイトが香を嗅ぎ当てた。高級な乳香や練香は買って貰えなくて、確かにこれは乾燥させたパチュリの葉だ。虫除けになるのでそこらの市で安く買えたのだろう。
 ジェダイトと同じものを知っている。同じ知識がある。まったく違う人生を歩んできたと思い込んでいたので、そんな小さな共通点だけでも心が解けた。ロゼルの桃色の瞳に少し光がさす。


「嗅いだ覚えがある。輸入物だろう」

「そうです。暑い国の……これはマルハの原産で。
 精油にして香水も作られるので、それかもしれませんね」

「……知り合いの薬草摘みがハーブを集めていた。香水ではなく、その……パチュリの葉、そのものを」


 細めた深緑の目が、細い煙を追った。その感情までは窺い知れないが、その一時を遮りたくなくてロゼルも煙の行先を共に眺めた。

 やがて冷たい風が吹く。ショールでは防ぎきれなくて、仕方なく引き下がる。ベッドに戻って暖を取ろうとすると、上掛けが一人分めくられていた。
 ジェダイトを見る。当然という顔で、隣にロゼルが入るのを待っている。

 同衾など、この一ヶ月で何度もしている。それなのに気恥ずかしくなってしまい、ロゼルは深く口元まで上掛けを被り、その下でぽそぽそと礼を告げた。不意に気遣いを見せられると戸惑ってしまう。ジェダイトは……傍若無人というわけではないが、問答無用ではあったので。
 しかし、ジェダイトの体温が伝わる上掛けの中はとても暖かい。そういえば彼の肌も、とても熱い。


「……っ?」


 ロゼルが身じろいだ。薄衣の中にジェダイトの手が入ってくる。
 その手はロゼルの胸元を確かめるように撫で滑り、脇腹を測るように指を這わせる。

 意図が分からない。芝居をするのはいつも夜だ。こんな朝方にまで及ぶことはなくて、それなのに……腰骨を掌の付け根で擦られて、小さく顔を背ける。
 隣に寝そべったまま身体をこちらに向けるジェダイトの方を見られない。
 見たら、きっと気付かれてしまう。
 この大きな手が素肌に触れるだけで、身体がじんと熱くなることを。
 性感と結びついたジェダイトの肌の香りが、泥の中にいるロゼルの拠り所になりつつあることを。


「……する、んですか?」


 昨晩もジェダイトの手で散らされたので、また上手く出来るかは分からない。しかし、寒さからか粒が主張する胸元に彼の指が掠めていった時から、妙に身体が熱い。
 上半身を探り終えたジェダイトは、少し黙って、それからロゼルの腰を抱き寄せて来た。
 ん、と小さく声が漏れ、正面から身体を寄せ合う。
 
 まるで恋人同士……いや、娼夫と客であるかのようだ。
 ここで甘えて気分良くさせるのが本業なのだろうが、任務協力によってそれをせずとも許されているロゼルはやはり、幸運だ。
 ジェダイトのすることに任せればいい。
 彼の手に委ねていればいい。
 ……それはあまりにも無責任だろうか。


「……へ、下手になってたら、やっぱり触ってくださいね」


 ロゼルが、ジェダイトの胸元に顔を埋めながら呟いた。顔を見られるのは恥ずかしい。しかし触れられるということは、きっとまた耳番が来ているのだろうから、仕事をしなければならない。足音は聞こえないが、きっとジェダイトは察知しているのだろう。


「はぁ……あっ……あん、そこ……そこ、だめ」


 腰をくねらせて、声を響かせる。初めの頃よりは感覚を掴んだロゼルの声は艶かしい。触れずとも、自分が感じている時の反応を引き出せるようになっていた。

 ジェダイトの指は、いつもロゼルのものに絡みついて……先の方を執拗に刺激する。そうされると腰がびくんと動いてしまい、自分のものではないような声が出る。ロゼルはもうそれを知っていた。
 こうして行為をなぞって声を上げるだけで、僅かに立ち上がり興奮する程には。
 これでいいのだ。身を売る仕事なのだから、これで正しい。覚え込まされた通りだ。


「あ……ぅ、んっ、……あんっ!……あぁ……っ!」

「……」

「あっ、あっ!……あぁ、あん、あんっ……!」


 それでもやはり下手だったのか、ジェダイトの指が巻きついてくる。少し触れられるともう先走りが垂れてきて、その僅かな滑りを塗り付けられるとだめだった。
 服を汚さないように、腰は引いておく。しかし顔は押し付けて、ジェダイトの香りを浴びながら手淫を受ける。パチュリの香りと混ざって脳がぼんやりしてくる。


「あっ……イ、く、……ジェダイトさんっ……イく、イっちゃう」


 自分から始めたのに、もうとっくに腰を揺らしてしまっているのに、駄々をこねるように頭を振った。
 ジェダイトの手は止まらない。
 止めないで欲しい。


「あっ、あっ、いく……っう!」


 手に押さえられた鈴口から熱い飛沫が出た。とろっと自身に伝っていく感覚がして、これも証拠のために残しておかなければいけないのだと頭の隅で思う。
 びくん、びくんと腰を突き出すような余韻も消えると、そっと見上げてみる。深緑色の瞳とかち合って驚くが、それを隠して尋ねた。


「もう、行きましたか……?耳番がいたんでしょう……」


 ジェダイトは、何も言わずにロゼルの頭を引き寄せ、胸元に収めた。
 そのまま一度だけ、掌がゆっくり頭を叩いていく。
 寝かしつけるような仕草に驚いてしまって固まったが、沈黙するジェダイトに合わせて何も言えない。
 何を思っているのだろう。
 自分は役に立てているだろうか。

 ジェダイトは暴力的なことはしない。
 近頃は毎回食事を頼んでくれるから、少し肉が戻ってきた。
 今日は、少し雑談もできた。

 いつか自分を望んだ死に場所へ連れていってくれるジェダイトのために、もう少し尽くそうと、そう思った。


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