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しおりを挟む高温の炎。砂をも溶かす熱。
罪人は灰に還るとされるルーメニア神教において、鍛冶職人は一段下とされる職業だった。
職人が集まる村を形成し、大きな炉を一日中燃やしておく。
各家庭の男は皆逞しい太腕をしていて、村の外に売る刃物や鋳物を作る。
家を預かる妻たちはまた彼女たちで寄り集まり、手分けして鍛冶以外のすべてを担っていた。
父は剣作りの頭領だった。厚く、真っ直ぐで、鏡のような父の剣は何より美しかった。
母は薬草に詳しかった。森に入ってハーブを摘み、行商から薬を仕入れては子供の擦りむいた膝小僧に塗っていた。
弟は幼いから、母と一緒に森に入り薪を集めたものだ。小さな体でめいっぱい枝を抱えて駆けてくる姿が、今でも目に浮かぶ。
愛すべき家族だった。
軍に入ったのも、聖征に参加して自慢の剣の名を上げることと、職人の地位向上を目指したからだ。
30になれば退役し、父のあとを継ぐと決めていたジェダイトも家族から愛されていた。
故郷に死の病が流行ったと、噂を聞いた時には家族はこの世にいなかった。
あの村に医者は来なかったのだという。
鍛冶職人たちは、穢れを纏う職業だと見なされていたからだ。
【5】
巡礼者の宿にはロゼルの他にも複数人の娼夫がいる。
一夜限りの客を相手にする者もいるし、長期に渡って上客に買われる者もいる。
ロゼルはもう25だが、他の娼夫たちはもっと若く、美しく、まるで女性のようだった。
それも宿の狙いなのだ。
『まさか男だとは思わなかった』という見え透いた言い訳を通すため、客を迎えに人前に出る時は女性のようなローブドレスと、女性に近い言葉遣いを強制されている。
ロゼルの『旦那』が来たと言うので宿の階段まで来てみると、廊下に別の客と、その膝に跨る娼夫がいた。
突き当たりに設置してあるカウチの上で、境目が分からないひとつの生き物のようにしてもぞもぞ動いていたので慌てて顔を伏せる。二人は濃厚な口付けをしていた。なんだか卑猥な感じの音がしているが……辛うじて口付け止まりのようだ。
「ロゼル」
「……あっ」
階下から呼ばれ、ジェダイトが来ていたことを思い出した。
赤くなった顔で鈴を鳴らしながら慌てて階段を降りる時、客の紳士にベったり張り付いた娼夫と目が合う。にんまり笑って流し目を寄越され、急いで視線を外しながらジェダイトの元へ向かった。
「だ……『旦那様』!」
「どうした、ロゼル」
「……お待たせしてごめんなさい。お会いしたかったの」
客を待たせているのを宿の主人に咎めるような顔で見られ、誤魔化すために勢いよく抱きついておく。惚れ込んでいる芝居として、それを優しく受け止めたジェダイトはそのままロゼルの華奢な身体を抱き上げた。表情も話し方も別人のようだが、この腕だけはいつもと変わらず逞しい。
近頃のジェダイトは、宿に来始めた頃のようにフードを被っていない。馴染み客として警戒を解いた様子を敢えて見せているのだという。
抱き上げられ、見下ろす珍しい角度で少し鷲鼻気味の高い鼻筋を盗み見た。こんなに凛々しい面差しを見せて、通りすがりに覚えられてしまいそうだとロゼルなりに心配になるが、彼のすることだからきっと問題ないのだろう。
ジェダイトが片手で金貨を支払っている。これはロゼルには届かず、宿に全額入る。娼夫がねだれば部屋で直接チップを貰える仕組みだ。
先程の娼夫は、きっとあの身なりのいい紳士からたっぷりとチップを貰っているのだろう。宿から着せられるローブドレスの他にも装飾品を身に付けていたから。ロゼルの身に付けるものといえば足首の鈴だけだ。
主人とのやり取りを終え、易々とした足取りでジェダイトは階段を上って行った。そのまま部屋まで連れていってくれるらしい。小揺るぎもしない身体にしがみつきながら、ここで唯一味方と呼べる熱い肌を感じる。
すれ違いざまに、またあの二人の横を通り過ぎた。
当然ジェダイトは気にしないものかと思ったが、彼はそちらにふと視線を向けると、ロゼルの顎を指の背でなぞって目配せをしてきた。
ここで?
そう戸惑いの表情を浮かべてしまうものの、周囲にそれが見える前に顔が重なる。
「……」
唇を避けて、頬に彼の吐息がかかった。高い鼻先が触れている。
これも芝居だ。あの客と同じように、人目も憚らず娼夫と睦み合う男だと思わせるための。
「主人は見ているか」
角度を変え、まるで夢中になって愛し合うかのような口付けのふりの距離感のまま囁かれる。
宿の主人に背を向けているジェダイトに代わって薄目でロゼルがそちらを確認すると、主人はロゼルたちをじっと観察していた。
その視線は疑いなのだろうか。はい、と微かな声で囁き返すと、ジェダイトがロゼルを床に下ろし、階段から続く欄干に押し付けるように体勢を変えた。今度はジェダイトが主人を確認したようだ。
「……大丈夫ですか」
それらしく見えるようジェダイトの首に両腕を巻き付けて訊ねる。唇が誤って何度か掠めるけれど、緊張感で心臓が鳴るばかり。まだだ、という答えが返ってくる。
これではいけないのだ。きっと騙せない。
自分も、あの娼夫のようにしなければ。
「ごめんなさい……」
「……っ」
自分からジェダイトの唇を塞ぐ。熱くて、少しかたくて、肉感的な唇だった。
重ねるだけのキスであってもロゼルには初めてのことで、呼吸を直に混ぜ合わせる行為に心臓が痛いほど打つのを感じる。
あの娼夫の隣を通った時に聞こえてきた音を真似て、ちゅう、ちう、と吸い付いてみる。あとはやり方も知らず、ロゼルの柔らかすぎる唇を擦り付けるだけだ。
目を閉じたままだからジェダイトの反応は分からない。腰を撫でてみせる動きは少し緩んだ気がする。
啄むような動きが精一杯だったが、何故かロゼルの吐息が熱っぽくなってくる。これは必要なことで、彼は捜査中の軍人だ。こんなことよりもっと恥ずかしい行為だってしているのに、今更。
「……ん、ふ、……ぁ、ぁ」
顔に角度をつけてジェダイトがロゼルの向こう側を見られるようにしておくと、耳の後ろを指の爪が掻いていった。細く漏れた声には快感が滲んでいる。自分でもはっきり分かる。これは出そうとして出した声などではない。
思わず唇を離し、目を開けた。ロゼルと同じようにジェダイトも目を開けていた。一瞬ここがどこであるかも忘れて見つめ合う。
「……仕方の無い奴だ。部屋まで待てなかったのか?」
先に我を取り戻したジェダイトの深い声が囁きかけた。何も言えずに頷きだけを返したロゼルは、先程までのようにしがみつくことすら出来ずにふらふらと割り当てられた客室まで歩いていった。
「――すみません。すみませんでした。咄嗟で……!」
部屋に戻った途端に混乱が強くなったロゼルは、ベッドまで真っ直ぐ進み、よろけたようになりながらシーツに手をついた。ジェダイトの方も見られずにいる。
なにかいけないことに手を伸ばした感覚があって、自分を取り戻そうと謝罪を繰り返すものの、気持ちが落ち着かない。言葉にできない。
こんな自分ではなかったのに、と思うのに、触れた唇に嫌悪も後悔もないことが急に恐ろしい。
なるべく深い呼吸をして逸る心臓を落ち着けたいのに、なんの効果もなく、むしろ鼓動が頭まで響いていた。
「おかしくて、……っはぁ、近頃、おかしくて……大丈夫です。
やれるので……協力は、変わらず」
口から出る文章も頭を巡る言葉がそのまま溢れただけだ。目の縁が熱くなるが、強く瞬きをしてその感覚だけは追い払ってから、ようやく振り返った。引き攣ったような、無理矢理の笑みを浮かべてみせる。
ジェダイトは扉の前で、ロゼルを見ていた。
一瞬だけ頭が冷える。
逞しいのは変わらないと思っていたが、少しだけ、痩せたような気がして。
「……ロゼル。君は俺の協力者だ」
ジェダイトがゆっくりと大きな足取りでこちらへ向かってくると、その違和感もすぐに消えてしまった。
反射的にベッドへ上がり、膝を立ててしまうのは恐れからではない。気まずさへの自己保身だ。
「君を俺が見付け、俺が決めた。
君に拒否権は無かった」
は、と息が漏れる。ジェダイトの伝えたいことを読み取ろうと脳を回すものの、伸びてきた大きな手が顎を掴むと何も考えられなくなってしまう。
彼の目しか見えなくなる。
大樹を根元から見上げた時の色。
「……よくやってくれている。
おかしくなっていない。君は必ず特赦が出て、国を出られる。
さっきは……ああするのが正しかった」
「……でも、貴方は、信仰に忠実な特務局の」
「特務局員は教会の裁きの鏃だ。
鏃は炎の中で、灰を吐きながら生まれる。
元から灰に塗れているなら、今更どうなったって変わらない」
「……でも。……そんな」
ルーメニア神教において尊いのは光だ。
堕ちた者は灰となる。眩い高温の炎によって燃え尽きた亡骸。
ジェダイトは信仰を重んじながら、自らを灰まみれだと言う。
娼夫などになったロゼルを差し置いて、まるで自分こそが堕ちたものであるかのように。
言葉を探すロゼルの顎が持ち上げられた。
深緑の眼差しはロゼルの姿を映さない。彼は俯いていて、その目に光はない。
本当に俯いているからなのだろうか?
「正しかった」
言い聞かせるように繰り返された言葉を耳に染み込ませた。
本能が発する違和感も、なにもかもが中途半端に消えていく。
だめになっていく気がする。
こんな場所にいるから、自分もジェダイトもだめになっていく。
ロゼルの指が伸び、ジェダイトの上着を掴んだ。
引き寄せたくて弱い力を込めただけでも彼の身体は近付いてくる。先程まで交わしあっていた呼吸をまた唇に感じて、泣きそうな顔で笑った。
「……じゃあ、練習、しないと……」
ああ、と、低く返ってきた声ごと吸い取った。
「……っ、ン!ッう゛、……はぅ、んん……!」
「……、……」
唾液でべたべたに濡れた唇を飽きもせずに重ねる。廊下でしたのとは段違いの粘着質な音は、絡めとったまま吸われた舌からだ。背中がしなり、首に巻きつけた腕がきゅっときつくなった。
シーツを乱しながら身体を擦り付け合う。ジェダイトの腰も押し付けられている。それはこの関係が始まった頃の行為と同じだったけれど、ロゼルはそれより熱っぽく感じられた。それは願望かもしれなかった。
舌が浅く繋がると気持ちいい。
深く呑まれると脳が痺れる。
唇の裏側を舐め取られると、思わず腰が揺れた。
正しい、これは正しいことだ。ロゼルがここから抜け出すためにジェダイトが用意してくれた、正しい行為。
ジェダイトも、教会と教徒のためにロゼルなどと口付けを交わしている。食前の祈りも欠かさない、体を張って国を守る男が、この堕落の行為を良しとしている。
甘美すぎる言い訳に身を委ねた。生きる為だというのなら、なんて甘やかな綱渡りだろう。
足を踏み外し、身体を交わした瞬間に自分たちは終わる。
それでも止められなかった。止めて欲しくなんてない。
「ぁ……ん、んふ、ぅんん……っ、はあ、は……っ」
「……は……」
「……ジェダイトさん、……耳番が来ます」
膝で彼の腰を撫でた。
唇をすれ違わせる距離で呟くと、ジェダイトの手がいつものようにロゼルの中心を撫でる。
「あ……!ぁ、あ、っ!」
既に形を成していたものは、待ち望んだ刺激にすぐ先端を濡らしていく。ロゼルの両脚が跳ねて、シャンと鈴が鳴った。
ジェダイトはこんな男だったろうか。
頭にこびり付く疑問だけは、熱にも溶かされずに残っていた。
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