【完結】親の罪で売られた娼夫が、硬派な特務中尉と『自由恋愛』に至るまで

かおる

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 君を知っていた。

 君が花のように咲いた場所で生きていた頃、君を知っていた。

 すぐにしおれてしまいそうに思えたから、迎えに行こうと思った。

 枯れないように守りたかった。



【7】



「……ン、……ぅ、はぁ、んん……っ」

「……ん……」


 二人が部屋に入ると、どちらともなく身を寄せて唇を重ねる。
 言葉もない。打ち合わせてもいない。見張る者すらいない。
 それでも視線を重ねればいつの間にか深くキスに耽るのが二人の決め事になってしまっていた。

 ロゼルの口内でジェダイトの厚みのある舌が乗り上げる。それを受け止め、唇で食んでいると歯の裏側を舐められてぞくぞくする。じんわり熱くなった下腹部。腰を寄せるとジェダイトが抱え上げてくれて、立ったまま貪っていたロゼルたちはベッドで続きをする。

 ジェダイトの髪に手を差し込んで頭を撫でるのが慣れてきた。自分のものとは違う髪を撫でて項を掌で温める。脚の間に彼の身体がないと落ち着かなくて、腿で挟む。するとジェダイトは腰を重ねて揺すってくるので、快感と興奮にひくひくと背中をしならせるのだ。


「……脱いで……」


 熱に浮かされ潤んだ眼差しでロゼルがねだった。ジェダイトの頬を手で包み、小さく啄む。ジェダイトは大きく口を開き、つくりの小さなロゼルの唇を食べてしまうように塞ぎながらベルトに手をかけた。

 ヴァルデンとは少し作りが違う、リンデンへルムの装束の下は軍装だ。その防具を留める革のベルトがひとつひとつ外れていくごとにジェダイトの肌が見えてくる。
 少し前までなら着衣を乱すことなどなかった。ロゼルだけが脱がされ蕩かされて、ジェダイトは着込んだままだったのだ。


「あっ……んっ!んあぁ……!」

「ロゼル、……っ」


 今は違う。ジェダイトは互いの陽物を握りこんで、大きな手で一緒くたに扱いている。硬くて強く反ったジェダイトのものが、触られ慣れたロゼルのと重なって熱を溜め込む。初めて見た時でも、慄くことはなかった。見たくて脱がせたからだ。彼とキスを交わすようになって、軍装の固く締めた下着の奥も、舌と同じだけ熱いのかどうしても知りたかった。
 実際はそれよりも熱い。熱くて、たまらなく気持ちいい。


「ジェダイトさんっ……ジェダイト、さ、ぁ、先っ……だめ!
それだめぇ……!」


 掌で撫で回されると亀頭が蜜を垂らす。塗り込めて、手の動きはどんどん早くなる。ロゼルはかぶりを振りながらも必死で抱きついて、止めて欲しいのか続けて欲しいのかもわからない。
 キスを求めて吸い付くのだけはやめられない。


「いく、んぅ……!んぁ、は、いくっ!出る、もう出る……っ!」

「ッ……、!」

「っあ、あっ、あっ……」


 混ざりあって、溶け合って、熱を交換しあう。
 ひっそりとこの世から消え去りたかったはずのロゼルは、生のかたまりで腹をベタベタにして大きく呼吸をした。
 整わないうちにまたキスをする。ジェダイトの味で脳が熱くなる。だめだ、と思った。このままでは命を諦めきれなくなる。


「ん、んぅ――……!」


 それでも止められないのは、日に日にジェダイトの口数が減るのを感じているからだ。
 報告を求めたり、指示を与えたりする代わりに、縋るような腕でロゼルを抱き締めてくるから。

 これまでのロゼルはいつだって言い訳を求めていた。
 きっとそれがいけなかったのだ。

 




 翌晩、ジェダイトは出迎えたロゼルを無言で部屋まで運んだ。もう主人も何も気にする様子もなく、廊下で芝居を打つこともない。
 しかしその指先がぎこちなくて違和感がある。


「ジェダイトさん?どう――、ッ!」


 ジェダイトがいきなりベッドにロゼルを押し倒した。肩を手で押さえ込まれ、そこに髪を巻き込んでいたため頭が少し痛む。
 しかしロゼルは、そこでようやく見たジェダイトの顔に驚いて身動きもできなかった。


「……なにがあったんですか……」


 何も言わない。ジェダイトは食いしばった歯の隙間から抑えた荒っぽい息を漏らし、少しぶれた目をしてロゼルを見下ろしていた。酷く思い詰めたような表情だった。痛ましくてロゼルの眉まで歪む。
 腕を伸ばそうとしても肩を押す力に体重までかけているせいで届かない。なんとかその腕に指を絡ませて、宥めるように撫でてみるけれど。


「ぁ……!……ん、……む、っ、ん――!」


 噛みつかれるような口付けが更に動きを封じた。歯が唇に食い込み痛みを伴う声を漏らしても、ジェダイトは止まらなかった。舌を蕩けさせるより、衝動をぶつけるように唇を擦り付ける。肩から手が外れたかと思えば両手を頭上で拘束され、腕に力を込めると更に締め上げられる。
 舌を吸われながら、ロゼルは目も閉じずにジェダイトを見た。抵抗なんてするつもりは無い。ただ腕を回したい。
 あんなに痛々しい顔でロゼルの元に来たジェダイトを抱き締めたかった。その願いだけで切なくなる。


「んッ……い、た……!」


 胸先がひどい力で捻り上げられた。キスの隙間から悲鳴を漏らしてもジェダイトは手を止めずに指でロゼルの乳首を押し潰してくる。反射で脚が揺れる。痛いことをされているのに、何故だか中心が熱くなってくる。
 鈴の音がロゼルをそうさせるのだ。
 この音が、不規則にわななくようなこの音がだめだ。
 ロゼルが両脚をもたげて、ジェダイトの腰に絡みつかせた。


「……、っ、……」

「や、……い、いかないで」


 一瞬我に返った目の色をしたジェダイトが唇を解くが、ロゼルは必死で腰を縋り寄せる。脚を引き剥がすためにジェダイトが拘束を解いた隙に、痺れるような痛みが残る腕で抱き締めた。
 赤くひりつく唇がジェダイトの耳に当たっている。全身で抱擁して、ジェダイトは息を荒らげながらもようやく動きを止めた。

 しかし何も言ってくれない。言葉にできないのかもしれない。
 彼は何かに傷付いている。
 もう、ロゼルにもそれくらいは分かる。


「……お願いです。話せなくても、……僕は、貴方の協力者でしょう」

「……離してくれ」

「協力しますから。……どう使ってもいいから」


 だから泣かないで。
 そう言うにはジェダイトの目は暗すぎて、ロゼルはそこまでしか言葉にできなかった。
 ただ、だんだん身体が重くなってのしかかるように力が抜けていくのを感じる。それをしっかり抱きとめる。目の奥がじんと熱くなったが、それでも彼を離さない。

 ジェダイトはこんな人だっただろうか。
 ロゼルなどに身を預けるような人だっただろうか。
 彼の心は、いつからこんなに傷付いていたのだろう。

 ロゼルが我が身の不幸にかまけている間に、ジェダイトは何かに折れかけている。


「……君を堕としているのは俺だ」

「違いますよ。僕は元からここにいるしかなかった……貴方が庇ってくれてる」

「いや俺だ。君は……」

「僕は貴方が」

「君に罪はなかった。こんなところに来なくとも良かったんだ」


 どす黒い声でジェダイトが吐いた。何かを呪いたいような声だ。
 彼の深くて滑らかな声がこうなるまで、自分は何をしていたのだろう。細腕なりにめいっぱい抱き締める。


「君を俺が汚した」


 違う。あの時期にジェダイトが来なければ、別の誰かに早晩犯されていた。
 ロゼルの家族の罪についても間違いない。やったとしても疑問はない人達だった。
 ロゼルの現状は不幸だが、彼のせいではない。

 手を伸ばしてくれたのは彼だけだ。
 ジェダイトだけがロゼルの希望だった。


「……」

「なにを、……ロゼル」

「触って」


 めいっぱいの力で彼を横に転がし、跨る。見下ろす沈みきったジェダイトの顔に戸惑いがあった。少しでも人間らしい色が戻ったことに安堵し、彼の手を己の胸に導く。
 自ら背をしならせて彼の足の付け根に下腹部を擦り付けた。直接の快感より、自分の秘部と彼のそこが布越しにでも重なっていることにひっそりと興奮した。
 それを見て動けずにいるジェダイトを置いて、下衣をまさぐる。
 ベルトを、腰紐を解き、鼠径部に触れる。今夜も軍装の固く締め上げる下着を付けているジェダイトはロゼルの身体を押しのけようとしたが、膝立ちになって肩を押し、それを留める。ロゼルの体重では大した拘束にはならないだろうに、動きを止めてくれたジェダイトに微笑みかけた。彼の困惑の顔には苦味がある。それが出会った当初の、恐ろしいと思っていたジェダイトを彷彿とさせて嬉しかった。

 膝立ちのまま、自分のローブを捲り上げていった。
 腹が見えて、胸元までたくしあげる。頭から脱ぎ捨てると、彼しか知らない娼夫の身体があった。

 性感帯は半ばまで立ち上がり、身体の末端は血の色で内側から染まっている。肋は浮いておらず、少し粒が大きくなった胸が呼吸で膨らみ、萎む。
 ジェダイトの手が生き返らせた身体だ。

 当の本人、ジェダイトは一瞬それを恋うるように見て、すぐに顔を逸らす。


「神はお許し下さるんでしょう」

「……君は、もっと清い場所にいたんだろう……?」

「貴方だってそうだ」

「俺は……元から鍛冶屋の息子で、軍人だ」

「僕は罪人の息子で、今は娼夫です。……違うとは言わないで。
 貴方のせいじゃない。でも、貴方に触れられたくてたまらない。
 そう思うことを罪だと言うのでしょうか、神は……」


 気を交ぜあったら、神への反逆だ。娼夫は気が触れているから火刑に処されるのだ。
 しかし実際は頭がおかしくなるわけではない。ロゼルの他の娼夫たちは今夜も、正気のままで男に抱かれている。
 まだ一線を越えていないロゼルと同じだ。鈴を鳴らして男を待っている。


「話してください。
 ジェダイトさんのお陰で、……正気になれた。
 僕はずっと、ここから逃がしてもらっても……長く生きる気はなかったけど……」


 ジェダイトの目元が苦しく歪んだ。ロゼルは、彼に微笑みを落とす。生に執着がないことを、これほど手を尽くしてくれるジェダイトに告げる気はなかった。

 そうだ。ジェダイトはずっと、ロゼルを生かそうとしている。
 苦しんでも、折れそうになっても、ロゼルを守ってくれていた。


「もう違う。ちゃんと、……生きていくので。ここではない場所で」


 彼がそう望むなら、生きたいと思った。
 草木を愛でて生き、草木になって死にたかったが、『彼生かすため』にはそうしていられない。

 ジェダイトはしばらく眉間の奥で苦悩し、目を閉じ、そしてロゼルの身体を引き寄せた。
 盗み聞きもされない距離で低く呟く。


「……この宿は聖務院と、教会と金で繋がっている。
 ずっと調べていたが、裏が取れた」


 ロゼルが唾液を飲み込む。さっと身体が冷えた。
 聖務院とは特務局を有する機関――ジェダイトの所属だった。ヴァルデン聖王国ではなく、ルーメニア教会の直轄だ。
 この宿は当然非合法である。ルーメニア神教の教えに反しているというのは言うまでもない。だというのに。


「贖罪票偽造事件……君の父親が教会の『聖法』を犯し、特務局が調べていた。
 その事件を国の『王立軍』が預かっていき、君の父は『国法』違反により罰せられた」

「……確かに、僕を逮捕しに来たのは王立軍です。
 あの軍服の色は忘れられない――」

「俺は、……特務局で捜査をしていた。軍が事件資料を押収するまで。
 あれは間違いなく聖法違反だった。偽造された贖罪票を実際に『使用』していたからだ。
 しかし実際の裁判も、罪状も、『製造』と『収賄』にしか言及されていない」

「……聖法でなく、国法違反で終わらせたかった者がいたんですか」

「そうだ。末端の教会関係者を切り落とすだけで済ませたかった。
 そして君は、無罪とはなったが……保釈金を科せられたな」


 高額な保釈金が払えず、ロゼルは教会が救済のために設置している身元保証組合を通して金を借りた。資産のない人間は大抵これを利用する。

 しかし実際借りた先は、非合法娼館を経営する裏の商売人だ。ロゼルは借金により巡礼者の宿ドムス・クレドで働くことになった。

――宿と教会は繋がっているのだと、ジェダイトはいう。


「聖法違反の無罪判決ならば保釈金はかからない。神が赦したことに対して人がそれ以上の裁きを与えられないからだ。
 しかし国法なら、君以外にも……あの時累が及んだ膨大な人数の関係者達から保釈金を取れる」


 国は役人の不祥事を認める代わりに保釈金を得た。

 教会は、権威への最低限の傷を負っただけで、保釈金貸借の手数料を得た。

 娼館は教会の目を盗む必要もなく、後ろ盾と金がない人間を仕入れた。

 ジェダイトの身体に包まれ、毛織物の上掛けで包まれた身体の中心で心臓が鳴る。自分は一体、何を信じてきたのだろう。これまで何に祈って来たのだろう。
 ジェダイトだってそうだ。軍人となり敵国に戦いに行ったのも、局員となり違反者を取り締まるのも、すべては……神のためだったのではないのか。

 それを知って彼は打ちひしがれていたのか。


「俺が早く立件出来ていれば、そもそも君はまだ研究所にいられたんだ」

「でも実際に悪事を働いたのは……父です」


 ジェダイトを責めることなどできない。出来るはずもない。
 国民は生活に根ざした教会の教えを疑わないし、一介の軍人が教会を非難することなどできない。


「その中で貴方は、どうして僕を?」


 胸板に頬を預けて呟く。事件の主犯に近い扱いをされた男の家族であれば当然調べはしていただろうが、ロゼルはただの小さな研究所の職員でしかなかった。特別優れていたわけでも、学会に発表できるような地位もなかったのに。
 少なくとも、国民に恐れられる特務局員であるジェダイトの目に留まる人間ではない。


「…………」

「この宿に居たから、都合が良かった?」

「……君を見たことがあった」


 ジェダイトの手がロゼルの頬を包む。視線を持ち上げて彼を見た。まばゆそうにロゼルを見つめている。
 深くて色も分からなかった瞳に、澄んだ緑を感じて嬉しくなる。


「研究所に、君を確認しに行ったことがある。捜査対象として……。
 一人で外出する時間が多いのを不審に思って追けたんだ」

「……まったく気が付かなかった、です」

「だろうな。
 一人で森に入った君は、いい具合の木を探して、根を枕にして……昼寝をしていた」


 ロゼルの顔が一気に赤くなる。もぞもぞと身動ぎして、彼を跨いでいた腰をシーツに落とし上掛けの中に潜りかけた。あの頃は確か、春が来ると嬉しくてそんな事ばかりしていた気がする。


「間抜けなところを……」

「いや、美しいと思ったんだ」


 今度はジェダイトがロゼルの視線を追った。両腕で抱き締めて、折れかけた心の中に少しだけ残した大切な思い出をロゼルに明かしてくれる。

 二人にはもう、二人だけの秘密があった。
 奇しくもそれは、宿が違反逃れのために用意した言い訳。
 この部屋の中で何をしていようと、それは本人たちの……恋によるものだ。


「また、君に清らかな場所に居て欲しかった。俺が勝手に選んで、……次第に、欲した」


 ちり、とジェダイトの目の奥が燃える。それによってロゼルの心臓が熱を吐く。
 目が合えば、視線を重ねれば、自然と唇を求め合った。


「すまない、……は、ロゼル……すまない……」

「ん、はァ……っ、ぼくは、……あなたで、よかった」


 森で見つけた時から、ジェダイトの『神』はロゼルだった。
 泥の底から生命を吹き込むために手を差し伸べられてから、ロゼルの『神』はジェダイトだ。

 なんの罪でもいい。世界がどんなに汚れていても。
 神には見捨てられるだろう。
 だが自分たちは正気で、信じる相手は目の前にいる。

 それなら怖くはない。



「逃げよう、ロゼル。二人で」





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