中町通りのアトリエ書房 水彩絵師と不器用小説家、世話焼き白うさぎ

橘花やよい

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1巻

1-3

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 けれどお雪さんもひとのいる場所では話さないよう気をつけているから、通行人には「うさぎを連れためずらしい女」程度に思われているのだろう。……それはそれで、嫌だな。
 お雪さんのナビは完ぺきで、効率よく本を届けることができた。
 中町通りから、川を渡り、松本城を横目に住宅街をめぐる。
 本を渡しつつ世間話もしながらの配達だから、店を出てから軽く一時間は経過していた。「あら、今日は彩乃ちゃんじゃないのね」とちょっとがっかりされたのには申し訳なく思ったけれど、それだけ彩乃が客から愛されているということだろう。いいことだ。

「これで最後です。お疲れさまでした。せっかくですから、なわて通りでも見物しながら帰りましょうか」
「はーい。なわて通りね、なつかしい」

 松本駅から松本城への間には、商店街がふたつある。
 ひとつが、兎ノ書房もある中町通り。
 もうひとつが、女鳥羽川を挟んで松本城寄りにある、なわて通りだ。
 歩行者天国になっていて、長屋風の建物が並んでいる。同じレトロ路線ではあるけれど、蔵造りでがっしりした中町通りと、長屋風のなわて通りは、ひと味ちがった雰囲気だ。どちらかといえば、この商店街は親しみのあるゆるさを感じる。カエル大明神というものがまつられていて、あちこちにカエルの像やイラストがあるのも、かわいらしい。
 観光客たちに不思議がられないように、絵莉はこそこそっとお雪さんにささやく。

「なんか食べながら帰ろうか。いろいろあって迷っちゃうね」
「あいかわらず、絵莉さんは食いしん坊ですね」
「それほどじゃないよ。普通です」
「むかしも、お小遣いをにぎりしめた絵莉さんと買い食いに来たものです。いやあ、小さいころの絵莉さんはかわいかった」
「孫にベタ甘なおじいちゃんみたいなこと言わないで」
「絵莉さんの幼少期がかわいかったのは事実ですから。あ、いまの絵莉さんも、とてもかわいらしいですよ」
「それはどうも。はー、美声だなあ。これでうさぎじゃなくて、人間だったら……」

 自転車を押しながら、食べ歩き用のせんべいなんかが売られているのを眺める。迷った末におやきを選んだ。長野の郷土料理だ。薄く伸ばした皮に、あんこやざわをつめたもので、そのほかにもいろいろと具材のバリエーションがあった。

「野沢菜……いや、あんこかな。あんこ、ふたつください」

 できたてのおやきは、あたたかい。あたたかいものは、ひとを幸せな気分にしてくれる。お雪さんにひとつを渡そうとしたとき、スマホがふるえた。

「あれ、彩乃さんだ。買い食いしてさぼってることばれたかな。まずい」

 でも配達は終わっているし、と心の中で言い訳をしながら、通話ボタンを押す。

『あ、絵莉? いまどこ?』
「なわて通りだよ。配達は終わってるから、もうすぐ帰るけど」
『あ、帰らなくていい。なわて通りにいてくれて、よかったわ』
「え?」
『とわくん見かけてない?』
「とわくん……? 見てないけど」
『あー、そっかぁ……。今日まだ図書室にも来てないんだよね』

 電話の向こうで、彩乃が肩を落とす気配がした。なにかあったらしい。

「どうかしたの?」
『とわくんのおばあちゃんから、さっき電話があって。いつもは兎ノ書房まで、おばあちゃんがつき添ってくれてるんだけど、今日はとわくんひとりで出ていっちゃったみたいなの』
「……えーっと、つまり」
『とわくん、いま、行方不明ってこと』
「えええっ!」

 つい大声を出してしまい、横をすれちがった観光客にじろじろと見られた。すみませんと頭をさげながら、行方不明、と冷や汗が出る。とわはまだ子どもだ。一大事では。
 だが彩乃は冷静だった。

『さっきいなくなったばっかりみたいでね。とわくんのおばあちゃんの家、なわて通りの近くにあるの。お雪さんならすぐ見つけられると思うから、あとは頼んだよ』
「え、ちょっと、待って。頼んだってなに?」
「はい。頼まれました」

 お雪さんがぴん、と耳を立てる。スマホをスピーカーにしていたわけでもないのに、彩乃との会話をしっかり聞いていたらしい。
 絵莉は通話の切れたスマホをポケットに入れて、お雪さんを見る。

「お雪さん、大丈夫なの?」
「問題ありません。耳はいいので。それにとわくん、近くにいますよ。あちらです」

 お雪さんの示す道に、自転車を押した。お雪さんがそう言うのなら、たぶん本当に近くにいるのだろう。焦っていた心に、すこし余裕ができる。
 お雪さんの言う通り、とわはすぐ見つかった。
 なにやら女性三人に囲まれている少年の姿に、足を止める。知り合いだろうか。

「お母さんとかお父さん、近くにいるかな?」
「どこの子? お家は近くなの?」

 ちがった。
 まあ、平日の昼間に子どもがひとりで歩いていたら、心配にもなるだろう。とわは無口だから、絵莉がなんとかしなければ――。そう思って、やんわりと間に入ろうとする。
 しかしその前に、絵莉の身体がぴくっと跳ねた。
 声が聞こえたからだ。

「……うるさいっ!」

 きーん、と耳にへばりつく声。氷につらぬかれたように、胸がひやりとする。
 だれの声?
 とわの声、だ。
 少年の声を聞くのは、これがはじめてだった。
 とわは小さなこぶしをにぎって、耳まで真っ赤に染めてふるえていた。こんなとわを見るのも、はじめてだ。彼はいつも、静かでおとなしいから。
 絵莉は目を丸くして固まっていた。
 それでも我に返って、あわてて「とわくん!」と呼ぶ。あっけにとられていた女性たちの前へチャリチャリと自転車を押した。

「すみません。この子の知り合いです」
「あら……、そうなの」
「ご心配おかけしたようで。ありがとうございました」

 絵莉が女性たちにぺこぺこ頭をさげると、彼女たちはなんとも言えない顔をしながら退散した。
 残されたとわは、くしゃくしゃにした画用紙みたいな顔をしている。なにかきっかけが加われば泣いてしまいそうなその様子に、絵莉は視線をさまよわせた。
 どうしよう。こういう状況、慣れていない。

「……えっと、とわくん、甘いもの好きかな?」

 絵莉は近くのベンチに移動して、さきほど買ったおやきを差し出した。本当は自分とお雪さん用だったのだけど、ひとつをとわに、ひとつをお雪さんに渡す。
 お雪さんはちらりととわを見てから、おやきを食べはじめた。
 その姿につられたように、とわもおやきを食べようと口を開く……けれど、思い直して、おやきをふたつに割った。その片方を、絵莉に手渡す。

「えっと、半分こしてくれるの?」

 こく、ととわがうなずく。

「全部食べていいよ? わたしのことは気にしないで」

 ふるふる。
 とわが首を振るので、絵莉はそっとおやきを受け取った。

「ありがとう」

 おやきはいつの間にか冷めていた。でも、おいしい。あんこの甘さが染みわたる。
 片手でスマホを操作して、とわを見つけたことと、いまいる場所を彩乃にメッセージで送る。彩乃からとわの祖母に連絡し、迎えに来てもらうことになった。
 その間、なにを話すべきか、絵莉は迷った。なにか言わなくてはと思うけれど、うつむいておやきを食べているとわに、どう声をかければいいのかわからない。
 そうだ、自分はけっこう弱虫なのだ。
 たとえば明るい彩乃だったら、うまく場をなごませることもできただろうけれど、絵莉にはできない。
 でも確実に、なにかがとわの心を傷つけていたと思う。
 見過ごすことはできなかった。
 ――というか、はじめて聞けた言葉が、うるさい、かあ。
 なんだか寂しい。

「とわ……! ああ、よかった。心配したわ」

 絵莉がどうやってこの状況を打破しようか迷っているうちに、とわの祖母が迎えに来た。

「あなたが絵莉さんね。ありがとうございました、本当に」
「いえいえ。たいしたことはしていないので」

 やさしそうな婦人は、絵莉に何度も頭をさげてから、とわの手をにぎって歩いていこうとした。今日は兎ノ書房に行かず、そのまま帰るらしい。とわは、やはりなにも言わない。

「とわくん」

 絵莉はとっさに、彼らの背中へ声をかけていた。
 こちらを向いたとわに、手を振る。

「また図書室で、待ってるね」

 少年は、こくんとうなずいた。そのまま、とわは去っていく。結局、彼の声は「うるさい」のひと言しか聞くことができなかった。

「……さて。お雪さん、帰ろうか」

 予想外の事件に巻き込まれてしまったけれど、絵莉も兎ノ書房に向けて自転車を押す。なわて通りと中町通りは、川を挟んで近くにある。のんびり歩いていても、すぐに着くだろう。
 息が白く染まり、寒空に消えていく。
 気にしないほうがいいのかもしれなかった。でも……、でも、だ。

「ねえ、お雪さん。とわくんって」
「お父さまは海外赴任中で不在。お母さまも、入院していて不在です」

 お雪さんはまわりにひとがいないことを確認してから、そう言った。
 絵莉はあれ、と目をまたたく。

「教えてくれるんだ。てっきり、いろいろ事情があるのですよ、ってごまかされるかと思ったのに」
「ここまできたら、絵莉さんも知っておいたほうがいいでしょう」

 空気を読めるうさぎだ。
 チャリチャリ、と自転車のチェーンが音を立てる。
 絵莉はお雪さんのふっくら丸いフォルムを眺めながらいた。

「お父さんもお母さんも、とわくんのそばにいないの?」
「ええ。とわくんはいま、おばあさまの家に引き取られているんです。両親に会えないことが寂しいのでしょうね。それですこし、学校で問題があったようで」
「問題」
「親のいるクラスメイトたちがうらやましくて、とわくんは耐えられなかったそうです。けんかのようなものをしてしまったのだ、と聞いています。それ以来、学校に行けなくなった、と」

 前からひとが歩いてくることに気づき、お雪さんも絵莉も口を閉ざした。
 すこしして、絵莉は「そっか」と相づちを打つ。

「お雪さん、よく知ってるね」
「なにぶん、うさぎですから。耳がいいのです。いろいろな話が聞こえてきまして」

 あっという間に、兎ノ書房に着く。絵莉は自転車を停めながらつぶやいた。

「寂しいのは、嫌だよね」
「とはいえ、気にしすぎる必要はありません。とわくんが来たら、いつものように迎えてあげてください。兎ノ書房は、そういう場所でいいのです」
「……うん。わかった」

 学校に行けなくても、とわは兎ノ書房に来てくれている。きっと、とわにとってこの図書室は大切な場所なのだろう。ならば自分は、いままで通り受け入れてあげなければ。
 それでも、心に引っかかるものはあったのだけど。


「えーっと、うさぎは鳴かないの? ってことかな」

 こくり、と正面に座ったとわがうなずく。
 手には、うさぎの育て方の本がある。「うさぎは鳴かない!」と見出しがついたページを示して首をかしげるとわに、絵莉は答えた。

「うさぎには声帯……、話すために必要なものがないから、鳴かないんだよ」

 まあ、お雪さんはしゃべるけれど。
 二階の図書室。とわの右となりにはお雪さんが、左となりには一色がいる。一色が買ってきてくれたおやきを食べながら、新しく寄贈された本を見ていたのだ。
 とわがめくるページを目で追っていた一色が、ふと手を伸ばす。文字を読み、お雪さんを見、はっと息を呑んだ。あわてた様子でスマホに文字を打つ。

『うさぎに、ひとの食べ物をあげるのは、よくないのでは?』
「……あ」

 一色が目を留めたページは「うさぎに食べさせてはいけない食べ物」のページだ。
 しまった。お雪さんは、あんこ入りのおやきをむしゃむしゃと食べている。お雪さんはいろいろ特殊だから、なんでも食べるが、普通のうさぎにはまずいかもしれない。
 いつも一緒にご飯を食べているから、今日も何も考えずにおやきを渡してしまった。
 そんな絵莉につられて、一色もいまのいままで気づかなかったらしい。

『すみません、お雪さん、大丈夫でしょうか』

 無表情……を通り越して不機嫌にも見えるいつもの顔をしているが、わたわたわた、と手を動かす一色に、とわも不安そうな顔になる。

「いや、お雪さんは、えっと……、なんでも食べる子なので大丈夫です! むかしからこうなので。お雪さんは特殊だって、動物病院の先生にも言われていますから、気にしないでください!」

 うそだ。お雪さんは健康体すぎて、病院にかかったことはない。
 というか、しゃべるし長生きなうさぎを病院に連れていったら、研究材料にでもされてしまわないかと怖くて、連れていけない。
 と、お雪さんが跳ねあがって、一色を後ろ脚で蹴った。

「え、ちょ、お雪さんっ! なにやってるの!」

 うさぎのキックは、なかなか痛い。
 一色は声にならない悲鳴をあげた。その拍子に、眼鏡がずり落ちる。

「お雪さん、ストップストップ! もう!」

 絵莉がお雪さんを抱きしめてそれ以上の攻撃をしないよう阻止するけれど、お雪さんはふんすっと鼻を鳴らした。余計なことを言ってとわを怖がらせるな、と怒っているのかもしれない。でも一色だって大切な利用者なのに、なんてことを……
 一色はわずかに肩を落とした。

『俺、お雪さんに嫌われたのでしょうか』
「いやあ、そういうわけでは、ないかと……、たぶん……」
『すこし前までは、なでさせてくれていたのですが。気にさわることをしてしまったのだとしたら、申し訳ないです』

 絵莉は目をそらした。
 どちらかといえば、原因は絵莉にある気がする。

「お雪さんは……その、過保護なんです。わたしが男のひとと一緒にいるのが、気に入らないみたいで。ごめんなさい」

 一色は目をまたたき、わたわたとした。
 つられて、絵莉も手をぶんぶん振る。

「お雪さんにはきつく言っておきますので!」

 気恥ずかしさを感じながら、奥のちゃぶ台に引っ込む。抱いていたお雪さんに軽くチョップをした。お雪さんは非難がましい目を向けてきたけれど、それはこっちも同じ気持ちだ。普段紳士なのに、一色には乱暴なのだから困る。
 過保護もいい加減にしてほしい。
 というかべつに一色のことは「美形だなあ」くらいの気持ちしかないのに。むしろ、お雪さんがそういう態度だと、意識してしまうというか、なんというか……
 とわと一色は、いつものようにノートとタブレットで小説の執筆をはじめた。この前、軽く事件があったとわだが、翌日にはなにごともなかったかのように図書室に来てくれていた。それがいいような悪いような、絵莉としては複雑な気持ちだ。
 あのとき泣きそうだったとわの傷は、もうえたのだろうか。
 なんとなく、そうではない気がした。無理をしているのでは、と思ってしまう。
 でも、踏み込みすぎるわけにもいかないし。むずかしい。
 とわを見ながら、絵莉は画用紙を取り出す。それから、色鉛筆。鮮やかな色を指先でなでながら、目を閉じる。
 ブックカバーをつくってみないか、と彩乃に声をかけられたのは今朝のことだ。
 書店の経営が厳しいこの時代。小さな個人書店は次々に減っている。
 本を売るだけではなく、ひと工夫を加えていかないと、兎ノ書房もこの先を生き残るのがむずかしいかもしれないそうだ。
 ブックカフェだとか、泊まれる本屋だとか、SNSえする美しい店内だとか、各店がそれぞれの戦略を立てる中、ひとまず兎ノ書房では、ひとなつっこい看板うさぎの存在をアピールしている。だが、まだ足りない。
 そこでオリジナルグッズをつくろう、ということらしい。

「ブックカバー自体は、もう販売してるんだよ。おじいちゃんがデザインして」

 と、彩乃が言っていた通り、兎ノ書房のサイトではすでにいくつかのグッズの販売がされていた。
 絵莉の血筋は、芸術一家なのだ。
 祖父も絵画が好きだったし、絵莉の父も写真をたしなむ。絵莉だって美大に通っていたくらいだ。彩乃とて例外ではなく、一階をいろどる本のポップを楽しそうにつくっている。そのポップは目を引くし、本のよさを的確に伝えられていた。だが彩乃はブックカバーのデザインをするほど、センスに自信はないと言う。
 ――わたしだって、いまはむずかしいんだけどなあ。
 絵莉はスマホを眺めながら、ため息をこぼす。装画の作成依頼でないのなら、なんとかなるかもとは思ったけれど、スランプであることに変わりはない。
 祖父のつくったブックカバーは、シンプルな美しさがあった。うさぎや花、雪の結晶など、ワンポイントで祖父の絵が入れられた代物しろものだ。
 さて、自分はどんなイラストを描けばいいだろう。
 SNSえを目指すなら、若い層に受けるような、かわいらしいデザインがいいかもしれない。うまくいけば、拡散されて知名度があがることも考えられる。もともと松本城近くの中町通りという立地から、ひとが来やすい場所ではあるし、話題になりさえすれば利益も期待できる気がした。
 若い子向けの目を引く鮮やかなもの――
 でもそれは、兎ノ書房の客層にはまるだろうか?
 彩乃が期待する客層と食いちがっていては意味がない。それに兎ノ書房のイメージもあるし。間違いなく、ビビッドカラーではない。鮮やかなものはやめたほうがいいのかも。
 ――じゃあ、「レトロかわいい」なら、どう?
 レトロなものは流行はやっているし、この中町通りや兎ノ書房のイメージにも合う。
 うん、いい気がする。いったん、それで彩乃に打診をして、方向性をすり合わせてみようか――

「こんにちはー!」
「あ、はーい。こんにちは」

 階段をのぼってくる音とともに、少女が三人やってきた。とわと同じ年くらいか。
 ランドセルを背負っているから、学校帰りだろう。はじめて見る顔ぶれだ。

「わー、おねえさん、なに描いてるのー?」

 色鉛筆をにぎってうなっていた絵莉に、ひとりが近づいてくる。最近関わるひとといえば、物静かなとわと一色ばかりだった絵莉は、元気な少女に「おおう」と身をのけぞらせた。

「えっと、なに描こうか迷い中で」
「そうなんだー」
「……みんなも描く?」

 どうせ今日は描けないと判断して、色鉛筆を少女たちに差し出す。
 とたんに、彼女たちの瞳が輝いた。

「うん、描く!」

 どうぞ、と渡した画用紙に、少女たちの手で鮮やかな色が乗る。絵莉はその様子を眺めた。真っ白な紙に、思い思いの色が咲く。

「おねえさんは描かないの? あ、もしかして、下手なの?」
「えっ」

 下手……、下手か、一応美大を出ているのだけど。でも描けないから、下手以前の問題かもしれない。がっくり落ち込むと、ひとりが桃色の色鉛筆を渡してくる。

「えっとね、うさぎさんなら簡単だよ。教えてあげる!」

 おっと。これは間違いなく、下手認定をされてしまった。

「あー……、じゃあ、お願いしようかなあ」

 苦笑とともに、色鉛筆をにぎった。
 嬉々として絵莉のとなりに座った少女が、青色の色鉛筆を紙の上にすべらせる。

「まず、お山をふたつ描いてね。あ、たかーいお山ね。それで、下に大きな池を描くの。池の中に、あめ玉みっつ落としてね、最後にちょちょいってして、完成!」
「ちょちょい……」

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