5 / 53
第一章 ヨミ、失恋中の大学生に出会う
(五)
しおりを挟む
「ごめんなさい。失礼な勘繰りをしました」
「あ、いえいえ、いいんです。でも彼女、嘘つくの下手だから、そういうのはないと思うんです。いい子なんですよ、ほんとに」
へえ、とヨミは頷いた。
フラれても彼女をフォローするなんて、それだけ彼女がいい子だったのか、千田が優しいのか。部外者のヨミにはよくわからない。
「嫌いになったわけじゃないんだよ、って言われたんです。嫌いじゃないのに、なんで別れるんですか? 俺にはわかんなくて。難しいです」
千田はため息とともに、手元の紙ナプキンをいじり始めた。折り紙の要領で折っていくが、うまくいかない。ヨミも同じように遊ぶことにした。ちょっとお行儀が悪いかもしれないが、次の料理が来るまでの暇つぶし。細長い筒状にして、先を丸めて、反対側を折り返して、こうして、こう。
「うわっ、すごい! なんですかそれ」
「バラです」
はい、と机の上に紙ナプキンでできたバラを置く。花びらと茎と葉がある、一輪のバラは千田の気を紛らわせることに成功したらしい。
「わー、すげー」
千田はしげしげと見つめて、バラをつつく。
「お姉さん、器用ですね」
「まあ、ボトルシップ作るのが趣味なので」
「ボトルシップ?」
「瓶の中に船の模型が入ってるの、見たことないですか?」
「あ、あります! あれって自分で作れるんですか?」
ヨミがうなずくと、千田は興味津々の様子で身を乗り出した。瞳がきらきらしている。まぶしい。
瓶の口に不似合いな大きさの模型が収まっている姿が、子どものころは不思議だった。その仕組みを理解しているいまでも、瓶詰めの船を見ていると不思議な気分になる。小さな瓶の中に別の世界が広がっているような、いや、やっぱり収まっていると言った方がいいかもしれない。どこかの海の光景をぎゅぎゅっと瓶の中に入れてみた、そんな魔法。
「どうやって作るんですか?」
「結構簡単ですよ。一番簡単な方法は、カットした瓶に模型を入れるものですね。模型を入れたあとで、また瓶をくっつける。つなぎ目がバレないように」
「え、力技だ。思ってたのと違う。もっとこう、職人技みたいなもんかなって」
「入門者向けの方法なので。ほかには、一度完成させた船の模型をある程度小さく分解して瓶の中に入れてから組み立て直すとか。一番難しいのは、瓶の中で一から模型を作る方法ですね。色々あるんです。そっちのほうが千田くんの想像に近いかな」
分解してしまえば、細い瓶の口からでもなんなく入る。あとはピンセットやその他細かい道具を瓶に突っ込んで作業するだけ。ヨミは小さな部品を入れて、瓶の中で組み直す方法が好きだ。千田はぎゅっと眉をひそめる。
「めっちゃ細かそう。目が疲れません?」
「疲れますね。瓶の中で部品落としちゃうこともあるし。でも楽しいんです。……あ、ごめんなさい、熱弁しちゃって」
思わずうっとり語ってしまったことを反省して黙ると、千田は笑いながら首を振った。
「楽しそうな人を見ると俺も楽しくなるから、ぜんぜん大丈夫ですよ」
千田くん、めちゃくちゃいい子だ。
ヨミが感動しているとパスタが運ばれてきた。千田はトマトとナスのパスタ。ヨミはチーズたっぷりカルボナーラ。
「女子ってカルボナーラ好きですよね」
「そう?」
「うん。彼女もよく食べてた」
「人それぞれですけどね」
「それはそうですけど」
そう言ったとたん、千田はまた「はああああ」とため息を落とす。悲しい現実を思い出させてしまったらしい。失恋の傷はそうそう消えないようだ。
「なんで別れちゃったのかなあ。喧嘩とかしたわけじゃないのに。ねえ、なんでだと思います?」
「さあ、なんででしょうねえ」
ヨミはカルボナーラを食べ続ける。そのうち千田の顔を見上げてから、驚いた。
「千田くん、まじ泣きじゃないですか」
「うう、すみません……」
ぽろぽろ、と千田の大きな瞳から涙がこぼれる。子どもみたいだ。
「あ、いえいえ、いいんです。でも彼女、嘘つくの下手だから、そういうのはないと思うんです。いい子なんですよ、ほんとに」
へえ、とヨミは頷いた。
フラれても彼女をフォローするなんて、それだけ彼女がいい子だったのか、千田が優しいのか。部外者のヨミにはよくわからない。
「嫌いになったわけじゃないんだよ、って言われたんです。嫌いじゃないのに、なんで別れるんですか? 俺にはわかんなくて。難しいです」
千田はため息とともに、手元の紙ナプキンをいじり始めた。折り紙の要領で折っていくが、うまくいかない。ヨミも同じように遊ぶことにした。ちょっとお行儀が悪いかもしれないが、次の料理が来るまでの暇つぶし。細長い筒状にして、先を丸めて、反対側を折り返して、こうして、こう。
「うわっ、すごい! なんですかそれ」
「バラです」
はい、と机の上に紙ナプキンでできたバラを置く。花びらと茎と葉がある、一輪のバラは千田の気を紛らわせることに成功したらしい。
「わー、すげー」
千田はしげしげと見つめて、バラをつつく。
「お姉さん、器用ですね」
「まあ、ボトルシップ作るのが趣味なので」
「ボトルシップ?」
「瓶の中に船の模型が入ってるの、見たことないですか?」
「あ、あります! あれって自分で作れるんですか?」
ヨミがうなずくと、千田は興味津々の様子で身を乗り出した。瞳がきらきらしている。まぶしい。
瓶の口に不似合いな大きさの模型が収まっている姿が、子どものころは不思議だった。その仕組みを理解しているいまでも、瓶詰めの船を見ていると不思議な気分になる。小さな瓶の中に別の世界が広がっているような、いや、やっぱり収まっていると言った方がいいかもしれない。どこかの海の光景をぎゅぎゅっと瓶の中に入れてみた、そんな魔法。
「どうやって作るんですか?」
「結構簡単ですよ。一番簡単な方法は、カットした瓶に模型を入れるものですね。模型を入れたあとで、また瓶をくっつける。つなぎ目がバレないように」
「え、力技だ。思ってたのと違う。もっとこう、職人技みたいなもんかなって」
「入門者向けの方法なので。ほかには、一度完成させた船の模型をある程度小さく分解して瓶の中に入れてから組み立て直すとか。一番難しいのは、瓶の中で一から模型を作る方法ですね。色々あるんです。そっちのほうが千田くんの想像に近いかな」
分解してしまえば、細い瓶の口からでもなんなく入る。あとはピンセットやその他細かい道具を瓶に突っ込んで作業するだけ。ヨミは小さな部品を入れて、瓶の中で組み直す方法が好きだ。千田はぎゅっと眉をひそめる。
「めっちゃ細かそう。目が疲れません?」
「疲れますね。瓶の中で部品落としちゃうこともあるし。でも楽しいんです。……あ、ごめんなさい、熱弁しちゃって」
思わずうっとり語ってしまったことを反省して黙ると、千田は笑いながら首を振った。
「楽しそうな人を見ると俺も楽しくなるから、ぜんぜん大丈夫ですよ」
千田くん、めちゃくちゃいい子だ。
ヨミが感動しているとパスタが運ばれてきた。千田はトマトとナスのパスタ。ヨミはチーズたっぷりカルボナーラ。
「女子ってカルボナーラ好きですよね」
「そう?」
「うん。彼女もよく食べてた」
「人それぞれですけどね」
「それはそうですけど」
そう言ったとたん、千田はまた「はああああ」とため息を落とす。悲しい現実を思い出させてしまったらしい。失恋の傷はそうそう消えないようだ。
「なんで別れちゃったのかなあ。喧嘩とかしたわけじゃないのに。ねえ、なんでだと思います?」
「さあ、なんででしょうねえ」
ヨミはカルボナーラを食べ続ける。そのうち千田の顔を見上げてから、驚いた。
「千田くん、まじ泣きじゃないですか」
「うう、すみません……」
ぽろぽろ、と千田の大きな瞳から涙がこぼれる。子どもみたいだ。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる