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第一章 ヨミ、失恋中の大学生に出会う
(六)
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「相当好きだったんですね、彼女さんのこと」
「好きだったんですよー」
ポケットティッシュを差し出した。まぶしいなあ、涙でさえきらきらしている。
顔はよし。性格も、たぶんよし。そんな千田と別れることを望んだ彼女は、どんな理由を抱えていたのだろう。
会って一時間ほどしか経っていないから、千田のことは全然知らないし、もしかしたら裏の顔はとんでもない男だったりするのかもしれないけれど。
……いや、なさそうだな。人畜無害なオーラがだだもれている。泣いている姿は情けないと言えるけれど、それも愛嬌のひとつだと思う。と、ヨミは思うけれど、捉え方はひとそれぞれだろう。元カノさんはそうは思わなかったのかもしれない。会ったこともない元カノさんの考えなんて、それこそヨミにはわからないけれど。
さて、どうしたものか。
さすがのクールな双子店員たちも、こちらを興味深そうにうかがっている。これではヨミが泣かせたみたいだ。小さな町では噂もよく広がる。年下男子を泣かせたなんて知人に知られたら困りものだ。
嫌いになったわけではないのに、別れることになった恋人たち。
ヨミは想像してみる。想像でしかない。けれど頑張って考えてみる。それがいまのヨミにできることだ。多分、無駄なポジティブ能力を活かす場が来ている。
「千田くん」
「はい」
「水、飲みますか?」
ヨミは、水入りのボトルに手を伸ばした。お願いしますとうなずく千田のグラスに、水を注ぐ。こぽこぽと最初は勢いよく。途中から慎重に、すこしずつ。ボトルシップを作るときと同じくらい集中して。コップの中の水位が上がる。
「……あ、あの、お姉さん」
「なんですか?」
「ちょっと入れすぎでは」
「まあまあ遠慮なさらず」
「いや、そういう問題じゃ」
表面張力がんばって。グラスの縁よりもこんもりと。あふれる一歩、いや半歩手前まで。まだいける、ファイト、もうちょっと。
「お姉さん、こぼれますって……!」
「さて千田くん。人間関係って、与えるものと与えられるものの関係だと思うんですよ」
「はい?」
ボトルを置いてヨミは言う。グラスからは一滴の水もこぼれていない。完璧な注ぎっぷりに満足。
それで、だ。
「相手を幸せにしてあげたいし、自分も幸せになりたい。それがいいバランスで成り立っていると、人間関係も良好に築かれていくんだと、わたしは思うんですね」
「はあ。えっと、なんの話ですか?」
千田が困惑の目を向ける。驚きで涙は引っ込んだようだ。
ヨミは千田の彼女の顔も名前も知らない。だから本当のところはよくわからないけれど、ここは一度、千田の言葉を信じてみる。嫌いになって別れたわけではないのだと。だとしたら、たとえそれがヨミ特有の妙な方向に注がれたポジティブだとしても、ただの想像だとしても、ヨミはこう考える。
「彼女さんはきっと、幸せでいっぱいいっぱいなんですよ」
水があふれそうなグラスは、あと一滴でも注げば、均衡が崩れるだろう。
「わたしが思うに、これ以上の幸せはいらないですって、そういう状態なんだと思うんですよね。人は与えられすぎても、許容量を超えたら受け取ることができなくなるから」
ほらこれです、とグラスを示す。
「彼女さんは幸せがあふれてしまって、もう受け止めることができなくなったんじゃないでしょうか」
窓からの光がさして、水が光を反射した。千田はたっぷりと時間をかけて瞬きして、首をかたむける。
「それは……、だめなことですか? だって、幸せなんですよね?」
「そう、幸せです」
とても幸せ。
でも。
「幸せを浴び続けると、人間は不安になるものですよ」
「好きだったんですよー」
ポケットティッシュを差し出した。まぶしいなあ、涙でさえきらきらしている。
顔はよし。性格も、たぶんよし。そんな千田と別れることを望んだ彼女は、どんな理由を抱えていたのだろう。
会って一時間ほどしか経っていないから、千田のことは全然知らないし、もしかしたら裏の顔はとんでもない男だったりするのかもしれないけれど。
……いや、なさそうだな。人畜無害なオーラがだだもれている。泣いている姿は情けないと言えるけれど、それも愛嬌のひとつだと思う。と、ヨミは思うけれど、捉え方はひとそれぞれだろう。元カノさんはそうは思わなかったのかもしれない。会ったこともない元カノさんの考えなんて、それこそヨミにはわからないけれど。
さて、どうしたものか。
さすがのクールな双子店員たちも、こちらを興味深そうにうかがっている。これではヨミが泣かせたみたいだ。小さな町では噂もよく広がる。年下男子を泣かせたなんて知人に知られたら困りものだ。
嫌いになったわけではないのに、別れることになった恋人たち。
ヨミは想像してみる。想像でしかない。けれど頑張って考えてみる。それがいまのヨミにできることだ。多分、無駄なポジティブ能力を活かす場が来ている。
「千田くん」
「はい」
「水、飲みますか?」
ヨミは、水入りのボトルに手を伸ばした。お願いしますとうなずく千田のグラスに、水を注ぐ。こぽこぽと最初は勢いよく。途中から慎重に、すこしずつ。ボトルシップを作るときと同じくらい集中して。コップの中の水位が上がる。
「……あ、あの、お姉さん」
「なんですか?」
「ちょっと入れすぎでは」
「まあまあ遠慮なさらず」
「いや、そういう問題じゃ」
表面張力がんばって。グラスの縁よりもこんもりと。あふれる一歩、いや半歩手前まで。まだいける、ファイト、もうちょっと。
「お姉さん、こぼれますって……!」
「さて千田くん。人間関係って、与えるものと与えられるものの関係だと思うんですよ」
「はい?」
ボトルを置いてヨミは言う。グラスからは一滴の水もこぼれていない。完璧な注ぎっぷりに満足。
それで、だ。
「相手を幸せにしてあげたいし、自分も幸せになりたい。それがいいバランスで成り立っていると、人間関係も良好に築かれていくんだと、わたしは思うんですね」
「はあ。えっと、なんの話ですか?」
千田が困惑の目を向ける。驚きで涙は引っ込んだようだ。
ヨミは千田の彼女の顔も名前も知らない。だから本当のところはよくわからないけれど、ここは一度、千田の言葉を信じてみる。嫌いになって別れたわけではないのだと。だとしたら、たとえそれがヨミ特有の妙な方向に注がれたポジティブだとしても、ただの想像だとしても、ヨミはこう考える。
「彼女さんはきっと、幸せでいっぱいいっぱいなんですよ」
水があふれそうなグラスは、あと一滴でも注げば、均衡が崩れるだろう。
「わたしが思うに、これ以上の幸せはいらないですって、そういう状態なんだと思うんですよね。人は与えられすぎても、許容量を超えたら受け取ることができなくなるから」
ほらこれです、とグラスを示す。
「彼女さんは幸せがあふれてしまって、もう受け止めることができなくなったんじゃないでしょうか」
窓からの光がさして、水が光を反射した。千田はたっぷりと時間をかけて瞬きして、首をかたむける。
「それは……、だめなことですか? だって、幸せなんですよね?」
「そう、幸せです」
とても幸せ。
でも。
「幸せを浴び続けると、人間は不安になるものですよ」
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