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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい
(一)
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偶然、必然、運命、奇跡。いろいろな言葉がある。でも、なんでもいいじゃないか。どんな言葉を使ったって、目の前で起きる現象は変わらない。偶然でも必然でもその他諸々でも、嬉しいことが起きたなら喜ぶ。それだけでいいと思う。
「ヨミちゃんじゃない。久しぶり!」
「え……、あ、沙希さんですか! お久しぶりです!」
隣街のスーパーで買い物をしていたら、懐かしいひとに遭遇した。わあ、と朗らかな微笑みとともに長ネギを小さく振りながら駆け寄ってくるのは、昔、近所に住んでいた十歳年上の沙希さんだ。ベージュのゆったりしたワンピース姿が奥ゆかしい。
会計も済ませて帰ろうとしたところで、ばったり出会って驚いた。ヨミもぱっと笑顔になって、お決まりの深いお辞儀をする。
「何年ぶりでしょう。沙希さん。どうしたんですか? 急に帰ってくるなんて」
「んー、ヨミちゃんなら知ってるかなあ? うちのお母さん、階段で転んで怪我しちゃったのよ。こう、手をついたときにね、つき方が悪かったみたいで、ぐきっと」
沙希さんが身振り手振りで説明してくれる。
そういえば、そんな話を聞いた。怪我をしたおばさんのところに、ヨミの母も家事の手伝いに行っていたと思う。ひどい怪我じゃなさそうよと母に聞いたから、あまり気にしていなかったのだけど。
沙希さんは困った顔で肩をすくめてみせた。
「わたし、ひとり娘だから心配になってね。急いで帰ってきたの」
「なるほど。わざわざ遠いところからお疲れ様です」
「労ってもらうほどのことじゃないけど、でも、ありがとう」
優しく笑う沙希さんは、記憶の中の彼女より顔周りがふっくらしたような気がする。
沙希さんと会うのは、七、八年ぶりくらいだ。沙希さんが結婚を機に引っ越してからは、ほとんど会うことはなかった。優しいお姉さんだった沙希さんは、優しさをそのままに、すっかり主婦という雰囲気に変わっていた。
――いいなあ、沙希さん。
ヨミはうっとりと笑う。
誰だって歳をとる。過ぎていく時間には抗えないのが人のさだめだ。だったらうまく歳をとりたい。かっこいいマダムになって、かっこいいおばあちゃんになるのが、ヨミの目標だ。しわくちゃでもかっこいいおばあちゃんはたくさんいる。しわができて、しみもできて、それでも健やかにかっこよく生きていたい。
……なんて、まだ二十代だから思うだけかもしれないけれど。三十代四十代になったヨミは、必死で若返りの努力をしているかもしれない。まあ、そのときはそのときだ。
ともかく、沙希さんはいつだってヨミの憧れだった。
「ねえヨミちゃん、せっかくだしお茶していかない?」
そんな憧れの沙希さんに誘われれば、ヨミは一も二もなくうなずくしかない。
「ぜひ、行きたいです! あ、でもまずは食品を冷蔵庫に……」
「あ、そうね、ごめんなさい。じゃあ一度帰って、それからお茶しましょ」
了解です、とヨミが意気揚々バスの停留所に向かおうとすると、沙希さんに止められた。バスに乗るくらいなら車で送るわ、と助手席に詰め込まれる。申し訳ないですと口では謝りながら、内心ホクホクだった。沙希さんと一緒にいられるし、バスより車の方が楽だ。一石二鳥。喜ばずにいられない。
思わず頬が緩んでいたのか、沙希さんは噴き出した。
「ヨミちゃん楽しそうね」
「それはもう、沙希さんに会えたので」
「あら、かわいいこと言ってくれるんだから!」
車の中はきゃっきゃと賑やかだった。いったんそれぞれの家に食材を置いてから車に乗り直しても、賑やかなまま。ヨミはずっとご機嫌だった。
隣街の喫茶店に入ってふたりでアイスコーヒーを注文する。昔も沙希さんと来たことがあったけれど、子どものヨミはアイスココアばかり飲んでいた気がする。ココアからコーヒーへ。すこしは大人になれたのかもしれない。
そんなことを思っているところへ、
「ヨミちゃん大人っぽくなったね」
と沙希さんが言うものだから、ヨミは内心ドヤ顔になる。だけど実際の表情はにこやかな大人の余裕を心がけた。……ちょっと崩れていたかもしれないけれど。
「沙希さんこそ、相変わらずお綺麗で」
「わたしはもうおばちゃんよ」
微笑む沙希さんに、ヨミは全力で首を振った。その様子がおかしかったのか、沙希さんはいっそう笑う。沙希さんの笑い方は上品だった。しみじみ好きだなあ、と思う。笑顔の素敵な人って、無条件で好きになってしまう。
「ヨミちゃんじゃない。久しぶり!」
「え……、あ、沙希さんですか! お久しぶりです!」
隣街のスーパーで買い物をしていたら、懐かしいひとに遭遇した。わあ、と朗らかな微笑みとともに長ネギを小さく振りながら駆け寄ってくるのは、昔、近所に住んでいた十歳年上の沙希さんだ。ベージュのゆったりしたワンピース姿が奥ゆかしい。
会計も済ませて帰ろうとしたところで、ばったり出会って驚いた。ヨミもぱっと笑顔になって、お決まりの深いお辞儀をする。
「何年ぶりでしょう。沙希さん。どうしたんですか? 急に帰ってくるなんて」
「んー、ヨミちゃんなら知ってるかなあ? うちのお母さん、階段で転んで怪我しちゃったのよ。こう、手をついたときにね、つき方が悪かったみたいで、ぐきっと」
沙希さんが身振り手振りで説明してくれる。
そういえば、そんな話を聞いた。怪我をしたおばさんのところに、ヨミの母も家事の手伝いに行っていたと思う。ひどい怪我じゃなさそうよと母に聞いたから、あまり気にしていなかったのだけど。
沙希さんは困った顔で肩をすくめてみせた。
「わたし、ひとり娘だから心配になってね。急いで帰ってきたの」
「なるほど。わざわざ遠いところからお疲れ様です」
「労ってもらうほどのことじゃないけど、でも、ありがとう」
優しく笑う沙希さんは、記憶の中の彼女より顔周りがふっくらしたような気がする。
沙希さんと会うのは、七、八年ぶりくらいだ。沙希さんが結婚を機に引っ越してからは、ほとんど会うことはなかった。優しいお姉さんだった沙希さんは、優しさをそのままに、すっかり主婦という雰囲気に変わっていた。
――いいなあ、沙希さん。
ヨミはうっとりと笑う。
誰だって歳をとる。過ぎていく時間には抗えないのが人のさだめだ。だったらうまく歳をとりたい。かっこいいマダムになって、かっこいいおばあちゃんになるのが、ヨミの目標だ。しわくちゃでもかっこいいおばあちゃんはたくさんいる。しわができて、しみもできて、それでも健やかにかっこよく生きていたい。
……なんて、まだ二十代だから思うだけかもしれないけれど。三十代四十代になったヨミは、必死で若返りの努力をしているかもしれない。まあ、そのときはそのときだ。
ともかく、沙希さんはいつだってヨミの憧れだった。
「ねえヨミちゃん、せっかくだしお茶していかない?」
そんな憧れの沙希さんに誘われれば、ヨミは一も二もなくうなずくしかない。
「ぜひ、行きたいです! あ、でもまずは食品を冷蔵庫に……」
「あ、そうね、ごめんなさい。じゃあ一度帰って、それからお茶しましょ」
了解です、とヨミが意気揚々バスの停留所に向かおうとすると、沙希さんに止められた。バスに乗るくらいなら車で送るわ、と助手席に詰め込まれる。申し訳ないですと口では謝りながら、内心ホクホクだった。沙希さんと一緒にいられるし、バスより車の方が楽だ。一石二鳥。喜ばずにいられない。
思わず頬が緩んでいたのか、沙希さんは噴き出した。
「ヨミちゃん楽しそうね」
「それはもう、沙希さんに会えたので」
「あら、かわいいこと言ってくれるんだから!」
車の中はきゃっきゃと賑やかだった。いったんそれぞれの家に食材を置いてから車に乗り直しても、賑やかなまま。ヨミはずっとご機嫌だった。
隣街の喫茶店に入ってふたりでアイスコーヒーを注文する。昔も沙希さんと来たことがあったけれど、子どものヨミはアイスココアばかり飲んでいた気がする。ココアからコーヒーへ。すこしは大人になれたのかもしれない。
そんなことを思っているところへ、
「ヨミちゃん大人っぽくなったね」
と沙希さんが言うものだから、ヨミは内心ドヤ顔になる。だけど実際の表情はにこやかな大人の余裕を心がけた。……ちょっと崩れていたかもしれないけれど。
「沙希さんこそ、相変わらずお綺麗で」
「わたしはもうおばちゃんよ」
微笑む沙希さんに、ヨミは全力で首を振った。その様子がおかしかったのか、沙希さんはいっそう笑う。沙希さんの笑い方は上品だった。しみじみ好きだなあ、と思う。笑顔の素敵な人って、無条件で好きになってしまう。
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