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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい

(六)

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「それならお店に入り直しましょうよ」
「ううん、たいしたことじゃないの。さっきの話の、ちょっとした続きかな」

 さっきのって、自分たちはなにを話していたんだっけ。ヨミは頭を働かせる。でもどうしても目の前の沙希さんの様子が気になって、思い出すのに時間がかかった。

 たしか親孝行とか、子孝行とかそんな話だった気がする。それの続き? あの話、続きがあるほど深い話だったっけ。

 人間は、予想ができないものを怖いと感じるのかもしれない。ホラー映画だって、次になにが起きるかわからないから怖いのだ。だからヨミは怖くなった。沙希さんがなにを言いたいのか、よくわからなかったから。それでも嫌ですとは言えなくて、どうぞと促した。

 沙希さんは、ありがとう、とうなずく。

「わたしね」

 あまりにも沙希さんらしくない表情で、沙希さんはヨミを見つめた。夕日が沙希さんに影を落とす。ゆっくり口を開く。

「わたしは――、なれなかったの」
「は、あ……」

 なんの話かわからなかった。

 そんなヨミを見て、沙希さんがなにか言おうとした。それを、子どもの泣き声が遮った。大音量だ。小さな身体に似合わない音量は、どこから出てくるのだろう。ヨミはいつも不思議に思う。

 道に幼い女の子が倒れていた。こけて膝を擦りむいたみたいだ。周りに親らしき人はいなかった。どうしよう、とヨミが思っている間に、沙希さんが女の子に歩み寄った。

「大丈夫? 痛いね、平気かな?」

 沙希さんの言葉にも、女の子はひたすら泣くだけで答えない。ヨミも近づいてみたけれど、沙希さんがいたら自分にできることなんてないかもしれない。

 昔から、沙希さんは年下に好かれていたのだ。将来いいお母さんになるのは確実だと、よく言われていた。ヨミもそう思う。

 沙希さんがあれこれと優しく語りかけるうち、女の子の両親が慌てた様子で走ってきた。「すみません、急に走って行っちゃって」と沙希さんに頭をぺこりぺこり下げ、女の子を抱き上げて歩いていく。沙希さんはそんな親子を眺めて、「子どもは元気だね」と微笑んだ。

 ヨミもぼんやりと親子の背中を見送る。夕陽のなかの親子、ドラマのワンシーンみたいだ。幸せそう。うん、やっぱり結婚ってちょっと憧れる。でも相手がいないヨミは、笑って見守るしかない。

「いいよね、子どもはパワフルで」
「そうですね」
「きっと親御さんは大変だけど、楽しいよね」
「そうですね」
「わたしは、親になれなかったの」
「そ――」

 ヨミは沙希さんを見た。

 沙希さんはまだ親子の方を見ていた。ヨミを見ることなく、つぶやきだけ落とす。

「不妊治療はしてみたけど、なかなか妊娠できなくてね。なれなかったんだあ、親に」

 沙希さんは鞄から車の鍵を取り出して振り返ると、にこりと笑った。

「乗って」
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