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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい
(七)
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ヨミは助手席に乗り込みながら、頭の中で沙希さんの言葉の意味を考える。いや、意味は理解している。でも沙希さんがなにを考えているのかが、わからなかった。
「ねえ、ヨミちゃん。ちょっと神社まで行っていいかな。久しぶりに行きたくなっちゃって」
「月見神社ですか? どうぞ」
「ありがとう」
沙希さんはハンドルを握った。
山の中腹に小さな神社がある。月見をするのにうってつけの神社だから、月見神社とこのあたりでは呼ばれていた。本当の名前はもうすこし堅苦しいものだった気がするが、ヨミは覚えていない。月見神社で十分だ。
山道とはいえ、徒歩でも散歩感覚でのぼっていける簡単なものだった。ヨミは小学生のころ、遠足として神社に何度も散歩に行った。現役小学生のなっちゃんの話を聞くに、まだその遠足は続いているようだ。伝統はゆるゆると引き継がれているらしい。
神社の裏にある展望台からは、田舎の風景が見下ろせる。あそこからの景色は結構好きだ。
「ごめんねヨミちゃん。わたし、嘘をついたんだ」
沙希さんは夕陽に染まる道を神社に向けて運転しながら、話し始めた。ヨミも前だけ見て聞くことにした。木々が重なる山道は薄暗い。
「わたしが帰ってきたのは、お母さんの怪我がきっかけって言ったでしょ。でも実は実家でゆっくりしたいだけだって訂正した」
「はい」
「でもそれも嘘。……うーん、いや、嘘ではないんだけど、おまけ程度ってところかな。本当はね、旦那と喧嘩したの」
原因は、子どもができないことだと沙希さんは言った。
「不妊治療の成果も出なくて、ふたりとも疲れちゃったみたい。旦那は子どもがほしくて、わたしだって子どもがほしいけど。だけどね、駄目なの。うまくいかない。それで一緒にいるのが苦しくなって、もう別れるしかないかもなあって逃げてきた」
車は山道のカーブをのぼっていく。
沙希さんは静かな声で話していた。それはやっぱり、ヨミの知っているいつも朗らかな沙希さんの声ではなくて、落ち着かなかった。ヨミが知らなかった、いろいろなことを経験して悩んできた沙希さんの声だった。
「……でも沙希さんに、責任があるわけじゃないですよね、それって」
ヨミは膝の上の鞄を抱きながらやっとの思いで言った。沙希さんは苦笑する。
「わたし、子どもができるのは親の意思だけじゃないって言ったじゃない? あれ、きっと言い訳なの。子どもの意思もあるんだから、わたしのせいじゃないって思いたかったんだと思う。でもそうやって言ってみて、思ったんだけどね」
すこし急なカーブに入って、沙希さんは一瞬運転に集中した。その沈黙が、ヨミの肌をちくちくと刺す。
「子どもが生まれたくないって思ったから妊娠できないのだとしたら、それはやっぱりわたしのせいなんじゃないかと思うの。こんな母親は嫌だって思われてるのかも。赤ちゃんがわたしを選んでくれないのよ」
「それは」
被害妄想がすぎると思う。でもヨミは言えなかった。そんなこと言えない。だって沙希さんは、真剣に悩んでいるから。車はゆっくりと神社の駐車場に停まった。
「ごめんね、変な話して」
話し終えてから後悔したらしく、沙希さんは謝った。
「ヨミちゃんにはわからないよね、こんな話しても。まだ若いんだし。つまらない話して、ごめんね」
「いえ……」
それはそうなのだと思う。
結婚していないヨミには、よくわからない。想像はしてみても、実際妊娠しようと本気になったことはない。だから沙希さんの気持ちはよくわからなかった。
七、八年ぶりに会ったのだ。その間に沙希さんにだっていろいろあったのだろう。会わなかった期間の沙希さんの気持ちを一瞬で理解しろと言われても、無理だ。ヨミはエスパーじゃない。
知ったような顔でなぐさめることはできるかもしれない。でも、それはおこがましいと思う。本気で悩んで、打ち明けてくれた沙希さんに失礼だ。
「ねえ、ヨミちゃん。ちょっと神社まで行っていいかな。久しぶりに行きたくなっちゃって」
「月見神社ですか? どうぞ」
「ありがとう」
沙希さんはハンドルを握った。
山の中腹に小さな神社がある。月見をするのにうってつけの神社だから、月見神社とこのあたりでは呼ばれていた。本当の名前はもうすこし堅苦しいものだった気がするが、ヨミは覚えていない。月見神社で十分だ。
山道とはいえ、徒歩でも散歩感覚でのぼっていける簡単なものだった。ヨミは小学生のころ、遠足として神社に何度も散歩に行った。現役小学生のなっちゃんの話を聞くに、まだその遠足は続いているようだ。伝統はゆるゆると引き継がれているらしい。
神社の裏にある展望台からは、田舎の風景が見下ろせる。あそこからの景色は結構好きだ。
「ごめんねヨミちゃん。わたし、嘘をついたんだ」
沙希さんは夕陽に染まる道を神社に向けて運転しながら、話し始めた。ヨミも前だけ見て聞くことにした。木々が重なる山道は薄暗い。
「わたしが帰ってきたのは、お母さんの怪我がきっかけって言ったでしょ。でも実は実家でゆっくりしたいだけだって訂正した」
「はい」
「でもそれも嘘。……うーん、いや、嘘ではないんだけど、おまけ程度ってところかな。本当はね、旦那と喧嘩したの」
原因は、子どもができないことだと沙希さんは言った。
「不妊治療の成果も出なくて、ふたりとも疲れちゃったみたい。旦那は子どもがほしくて、わたしだって子どもがほしいけど。だけどね、駄目なの。うまくいかない。それで一緒にいるのが苦しくなって、もう別れるしかないかもなあって逃げてきた」
車は山道のカーブをのぼっていく。
沙希さんは静かな声で話していた。それはやっぱり、ヨミの知っているいつも朗らかな沙希さんの声ではなくて、落ち着かなかった。ヨミが知らなかった、いろいろなことを経験して悩んできた沙希さんの声だった。
「……でも沙希さんに、責任があるわけじゃないですよね、それって」
ヨミは膝の上の鞄を抱きながらやっとの思いで言った。沙希さんは苦笑する。
「わたし、子どもができるのは親の意思だけじゃないって言ったじゃない? あれ、きっと言い訳なの。子どもの意思もあるんだから、わたしのせいじゃないって思いたかったんだと思う。でもそうやって言ってみて、思ったんだけどね」
すこし急なカーブに入って、沙希さんは一瞬運転に集中した。その沈黙が、ヨミの肌をちくちくと刺す。
「子どもが生まれたくないって思ったから妊娠できないのだとしたら、それはやっぱりわたしのせいなんじゃないかと思うの。こんな母親は嫌だって思われてるのかも。赤ちゃんがわたしを選んでくれないのよ」
「それは」
被害妄想がすぎると思う。でもヨミは言えなかった。そんなこと言えない。だって沙希さんは、真剣に悩んでいるから。車はゆっくりと神社の駐車場に停まった。
「ごめんね、変な話して」
話し終えてから後悔したらしく、沙希さんは謝った。
「ヨミちゃんにはわからないよね、こんな話しても。まだ若いんだし。つまらない話して、ごめんね」
「いえ……」
それはそうなのだと思う。
結婚していないヨミには、よくわからない。想像はしてみても、実際妊娠しようと本気になったことはない。だから沙希さんの気持ちはよくわからなかった。
七、八年ぶりに会ったのだ。その間に沙希さんにだっていろいろあったのだろう。会わなかった期間の沙希さんの気持ちを一瞬で理解しろと言われても、無理だ。ヨミはエスパーじゃない。
知ったような顔でなぐさめることはできるかもしれない。でも、それはおこがましいと思う。本気で悩んで、打ち明けてくれた沙希さんに失礼だ。
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