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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい

(八)

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「ごめんなさい、わからなくて」

 素直に謝ることしかできないヨミに、沙希さんは困ったような顔になる。

「ううん。ごめんね」

 ――あ、今、壁ができた。

 沙希さんと自分の間に、確かな拒絶の壁が作られた気がする。どうせわからないだろう、と突っぱねられた。そうしたら、ヨミはなにも言えなくなってしまう。なにを言っても、沙希さんには届かない気がして怖くなる。

 沙希さんは神社には向かわず、展望台に歩いていく。ヨミも黙ってそれについて行った。山の中は、すこし寒かった。

 もうすこし、沙希さんと年齢が近ければよかったのかなと思う。沙希さんにとって、きっとヨミはいつまでも年下の頼りない存在なのだ。ヨミが頑張ったって年齢差は埋まらない。十歳も離れたヨミに、沙希さんの悩みを解決するだけの経験値は、たぶんない。こうして黙ってついて行くことしかできない。

「わあ、やっぱり田舎だね。高い建物がなにもないや」

 沙希さんは展望台の柵にもたれて笑い声を上げた。とっぷりと夕陽に染まる田舎が見渡せる。田んぼも家も道も、全部が紅く染まる。ヨミは目を細めて、景色を見下ろした。

「夕暮れ時を寂しく感じるのって、どうしてでしょうね」

 ヨミのぽつりとつぶやいた声は風にさらわれて、沙希さんの耳には届かなかったようだった。

 一日が終わったって、また次の日がやってくる。そんなことはわかっているし、毎日繰り返されていることだ。それなのに夕暮れって寂しい。

 夕陽の下、友だちと別れる経験を繰り返してきたからだろうか。どうせまた明日も学校で会えるのに、おしゃべりしていた友だちに「ばいばい」と手を振るその瞬間は、名残惜しい。そんな過去が身体にしみこんでいるから、夕暮れの景色を見るとなんとなしに寂しくなるのかもしれない。

 大好きな人と離れるのは寂しくて、でもまた会えたら、嬉しい。日常はきっと、そうやって回っていく。

「沙希さん」
「うん?」

 同情もなぐさめも、沙希さんはヨミに求めていないだろう。じゃあどうしてヨミに打ち明けたのだろうと思うけれど、きっと沙希さんもなにも考えていなかったのだと思う。ただ心の内を話したい、そんなこともある。

 なぐさめは、もっと沙希さんと経験値が等しいような人が言うべきだ。ヨミにはできそうにない。

 じゃあ、わたしに言えることはなんだろう。

 考えてみたが、気の利いたことは言えそうにない。無力だなあと思いはするものの、仕方ない。今はただ、素直に自分の言葉を伝えることしかできそうにないのだ。それがヨミの限界。だから限界を、頑張ってみる。

「沙希さん」

 沙希さんは不思議そうな顔で振り向いた。

「わたしは、沙希さんのことが大好きです」

 ヨミはぐっとお腹に力を入れて、沙希さんを見つめる。息を吸い込んで、真っ直ぐ言葉を送る。届け、届けと願いながら。

「大好きです、昔から」
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