あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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野原のマフィンと親指少女

(五)

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「そういえば、親指ちゃんは」

 穂乃花がふと思い出して周りを見渡すと、親指少女はもうどこにもいなかった。

「お菓子、あげそびれちゃった」

 せっかく来てくれたのに。雪斗はなぐさめるように穂乃花の肩を叩く。

「また明日あげればいいよ。親指ちゃん、毎日ここを通るんでしょう」
「……うん、そうですね」

 視える少女と出会ったためか、親指少女にお菓子をあげられなかったからか、穂乃花はそわそわと落ち着かなかった。そして不安は、数日続いて消えることがなかった。

 親指少女が穂乃花を避けるようになったのだ。

*****

 親指少女とは毎日のように会っていたのに、その姿がなくなった。やっと見かけたとしてもこちらに近寄ることはなく、てててっと走っていく。声をかけても無視される始末。

「どうしよう、雪斗さん。親指ちゃんに嫌われたのかもしれない」

 穂乃花は台所を右から左へとうろうろ歩いて呟いた。さっきから、ずっと歩き回っている。止まると落ち着かなくて死んでしまいそうだ。

「親指ちゃんになにかしたの?」

 夕飯用のお米を研ぎながら雪斗が言う。

「なにか……、うーん」

 親指少女を見かけなくなったのは、あの和菓子屋親子と出会った日以降。せっかく来てくれたのに、お菓子をあげなかったから? それとも――。

「仲直りできそう?」
「どうでしょう」

 だって親指少女は、穂乃花と会ってすらくれないのだ。避けられているのに、どう仲直りをすればいいのだろう。んんんー、とお腹の底からうめけば、ざっざとリズミカルに米を研ぐ音が止まった。

「弱気な穂乃花さんって珍しいね」
「私、隣人さんに嫌われるようなこと、したくないんですよ」

 雪斗が「そう」と頷く。タオル取ってと言われて、穂乃花は無言で差し出した。

「分かった。俺も手伝うから、親指ちゃんと仲直りしようか」
「手伝うって、どうやって?」

 雪斗には視えないのに。

「視えない俺にも、できることはあるよ」

 考えが読まれているようで、穂乃花はぎくりとした。ふだんぽわわんとしているくせに、こういうときは鋭いのだ。

「とりあえず、うろうろするくらいなら、買い物行ってきてもらってもいいかな?」
「え、今からですか?」

 もう日は落ちている。この家からスーパーまで車で二十分かかる。コンビニだって、車で十五分だ。田舎をなめてはいけない。それに二、三日分の食材ならもう冷蔵庫に入っているのに。

「動いていた方が気もまぎれるでしょ。今の穂乃花さん、ちょっとうっとうしいよ。止まると死んじゃうマグロなの?」
「マグロ……、あー、マグロ食べたい」
「いいよ、夕飯にお刺身追加しようか。というわけで、買い物よろしくね」

 薄力粉、バター、牛乳……、それからマグロ。雪斗はさらさらと買い物リストを紙に書いて穂乃花に渡した。なんとなく釈然としないけれど、穂乃花は仕方ないとあきらめて車の鍵を取りに向かった。
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