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あったかシチューと龍神さま

(二)

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 雪斗が執筆できないときはお菓子を作るか、穂乃花と気晴らしの散歩に出かけるかがいつものパターンだった。今日のクッキーにチョコチップがやたら多いのも、「ああああああ……」と悶々としている間にチョコチップを入れすぎたとか、そういうことだろう。穂乃花がずずっとお茶を飲むと、朱里が耳打ちしてきた。

「雪斗さん、相当きちゃってるんじゃないですか?」
「いつものことだから大丈夫です。そのうち元気になるから」
「穂乃花さん慣れてるー。……でも、まあ! そういうことなら、あたしたちは帰りますよ。ふたりで思いきり気分転換してきてください!」

 後半は声を大きく言いながら、朱里は優の上着を手に取って着せていく。もこもこの羊みたいな上着で、大人しく上着に包まれる優はかわいい。ちびっ子ともこもこの相性は完璧だ。

「いいの? 朱里さんたち、来たばかりなのに」
「Okです! 仲良し夫婦の邪魔する気はないですもん」
「だから、夫婦じゃないからね」
「もー、なんで結婚しないんですか。熟年夫婦の空気醸し出してるくせに!」

 朱里がぷくりとかわいらしく頬を膨らませた。そんな仕草も似合ってしまうのだから、ハーフ美女はさすがだ。

「そんなこと言われてもねー……、いろいろあるんだよ」

 穂乃花は曖昧に笑う。朱里はふーんと残念そうに言ってから、「あ、そうだ」と手を叩いた。

「散歩なら、滝まで行くのがおすすめですよ。この山の名物。なんといっても、japanの滝百選ですからね。龍神さまもいるし、スランプを脱せるように神頼みしてきたらどうですか?」

 ジャパンの発音がきれいだ。

「英語話せる人って、かっこいいよね。優ちゃんも英語得意なの?」
「……japan」
「おお」

 穂乃花より、はるかにネイティブな発音だった。

「昔はあたし、アメリカにいましたからね。優はまだ日本出たことないけど、そのうち連れていきますよ。あっちのgrandmotherも会いたがってるから」
「へえ、故郷ふたつあるって、なんかいいね」
「んー?」

 朱里はふふっと笑って、「そうでしょう」と言った。

「カリスマハーフ美女とはあたしのことです! かわいがってください! じゃ、see you!」

 片手を挙げてウインクひとつ。優も小さな手を振って帰っていく。相変わらず賑やかな親子だ。彼女たちが帰ったあとの家はしんとして、すこし寂しくなる。

「……滝、行ってみます?」

 未だに暗い顔をして心ここにあらずの雪斗に、穂乃花は苦笑した。
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