あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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あったかシチューと龍神さま

(三)

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 頭上に木々が覆い重なって、紅葉がはらはらとどこからともなく降り注ぐ。穂乃花と雪斗はふたりで山道にいた。舗装された道だから、散歩感覚で登っていける。

 世界が紅い。空気まで紅く染まっているみたいだ。もうじき冬になれば、次は白に染まるのだろう。びゅっと吹きつける風が冷たくて、穂乃花は髪を抑えながら身震いした。

「山の冬って凍えそうですよね。やだなあ」
「そうだね。ここは地形柄、夏は暑くて冬は寒いから、覚悟した方がいいよ」

 気分が回復してきたらしい雪斗が説明してくれた。

 北アルプスと呼ばれる山脈が、富山、新潟、岐阜、長野をまたいで連なっているのだそうだ。山に囲まれるここの地形は、夏は涼しい風が山に阻まれて入ってこないうえ、熱が逃げないために暑い。冬は冬で、冷たい空気が土地にたまりやすくて寒くなるそうだ。なんだそれ、最悪では。

「北海道の人がこの辺りにきて、『うちより寒い!』って言ったとか言わなかったとか」
「えー、私、寒いのきらいなんですけど」
「穂乃花さん、こたつないと冬は生活できないもんね。今年は早めに出そうか。……手、いる?」

 くすくす笑いながら雪斗が手を差し出すから、穂乃花は迷わず指を絡めた。

「人間ホッカイロ、あったかい」

 雪斗とはいつも一緒にいるはずなのに、こうしてとなりにいるんだなあと体温で実感するとほっとした。もうこの体温がないと生きていけないかも、なんて大げさなことも考えて、雪斗を見上げる。

 朱里の言葉がよみがえった。
 なんで結婚しないのか、と。

「穂乃花さん、どうかした?」
「……ううん、なんでもないです」

 今は、無理かな。

 穂乃花と雪斗の母の間には、隣人の一件で溝ができてしまった。歓迎されないところを無理に結婚するなんて気分が悪いし、雪斗にそんな無茶はさせたくない。それで親子の仲がこじれたら最悪だ。親子は仲良くあるべきだ、と穂乃花は思う。

 彼の母親とも仲良くなれたらいいのだけど、怖いものが苦手らしいし、難しいかもしれない。

「滝って、寒そうですよね」

 水の音が聞こえ始めると今さらながら気づいて、穂乃花は身を震わせる。水音だけでも、体感温度がぐっと下がった気がする。

 やがて、しめ縄がかかった大きな岩二つに囲まれた小道が現れた。その脇に「南風岡の滝」と彫られた石碑がある。岩と岩の間を進んでいけば、ぱっと視界が開けた。紅葉の中に切り立った断崖と、水のほとばしる景観が現れる。

 ――あ。

 穂乃花は息をのんだ。

「久しぶりに来たけど、やっぱりすごいなあ。さすが、ジャパンの滝百選だね」

 雪斗がのんびり言うのが聞こえる。英語の発音は微妙だ。

 はるか頭上から水が流れ落ちてくる。高さはたしか三十メートル。豪快に落ちた水は飛沫をあげ滝壺に満ち、岩の間を流れて山を下っていく。日本の滝百選に入っているというだけあって圧巻だ。散った紅葉が水の流れにくるくると踊りながら、下流に運ばれていた。岩のくぼみに溜まっているような葉もある。鮮やかな秋の色。水に冷やされて澄んだ空気が、肺いっぱいに満ちる。

 美しい滝だった。
 でも。

「雪斗さん、雪斗さん」
「なあに?」
「家にもどって、救急箱を持ってきてください」
「え?」

 穂乃花の目は、美しい滝でも紅葉でもない、ある一点を見つめていた。

「龍神さまが、怪我してます」
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