私が死んで満足ですか?

マチバリ

文字の大きさ
39 / 40
番外編

初恋の墓標③

しおりを挟む
「母上!!!」

 泣き叫ぶ少年の声が自分の悲鳴でないのが不思議でならなかった。
 細い体はぐったりと力なく少年の腕に沈んで動く様子はない。
 真っ白なドレスは彼女が吐き出した血で赤く染まってしまっている。

「誰か! 誰か助けてくれ!」

 少年の呼びかけにカイゼルはようやく体を動かすことができた。
 周囲を見渡せば、お茶会の最中だというのに誰もが冷たい視線で彼女と少年を見つめている。誰も動かず、ただじっと傍観している。

 その異常さにカイゼルが感じたのは恐怖よりも怒りだった。
 年端のいかぬ少年と、求められ少年を産むしかなかった彼女に何の罪があったというのだろうか。
 カイゼルは踵を返し、この場所に入室を許されず扉の前で控えている父を呼びに向かった。
 幼い自分には何の力もないことが歯がゆくてたまらなかった。
 扉に向かうカイゼルを止めようとする者もいたが、カイゼルは足を止めなかった。大人に殴り飛ばされてもそれを跳ねのけ扉を開け叫んだ。

「父上! 姫様が!!!」

 顔色を変えた父が兵士たちの静止を振り切り入室した時、彼女の体と少年の体は引き離されようとしていた。
 見たこともない服を着た恐ろしい顔をした男たちが少年をどこかに連れて行こうとしているのがわかった。支えを亡くした彼女の体が床に沈む。不格好に倒れた体からはひどく嫌な音がした。

「やめろぉぉ!!」

 カイゼルは床を蹴り、少年を捕えていた男たちに殴りかかった。
 だが所詮は子供。大人の男には敵わない。だが、時間を稼ぐことはできた。カイゼルが作り出したわずかな時間の間に、父が己の部下を指揮し少年と彼女を回収したのだ。
 文字通り、異様な空気に包まれた場所から逃げ出し、カイゼルたちは白い離宮に戻ってくることができた。

「母上……母上……」

 清められ自室のベッドに横たわる彼女の横で泣きじゃくる少年の姿に、カイゼルも一緒になって泣きたくてたまらなかった。
 彼女がもう二度と笑うことも自分を撫でてくれることもないことを、苦しいほどに理解してしまっていたから。

「どうしてだ……どうしてなんだ……! 俺は、俺は皇位など望んでいないのに!!」

 悲痛な少年の声が胸を刺す。

「兄上たちが亡くなったからと言って、どうして俺が皇位を狙うと思うんだ? 俺は、ここで母上と……カイゼルたちと静かに暮らしていければそれでよかったのに……」

 赤い瞳から涙を流す少年の顔に滲むのは怒りと憤りだ。

「どうして……どうしてなんだ!!」

 カイゼルも同じ気持ちだった。
 ほんの数か月前までは平和だと信じていたこの白い離宮でさえ、もうカイゼルたちを守ってはくれない。
 メイドが減り、兵士が増え、笑顔が消えた。
 ほんの少しの油断が命取りになるからと、カイゼルもこの離宮で寝泊まりしていた。
 なのに。

「あいつが……あいつが母上を!!」

 絞り出される言葉に滲む怨嗟に、カイゼルは咄嗟に少年の口を覆っていた。

「いけません殿下。姫様が聞いています」
「……!」

 少年の気持ちは痛いほどわかる。カイゼルだって許されるならば、この蛮行の犯人を八つ裂きにしてやりたい。地獄の果てまで追い詰めて生きていることを後悔させてやりたかった。
 だが、そんな思いを抱いていることを彼女に聞かせたくはなかった。
 これ以上、この美しい人を汚したくなかった。
 少年にも染まってほしくなかった。

 そんな思いが通じたのだろう。
 カイゼルを見上げる少年の瞳には新たな涙が浮かび上がる。
 宝石のように美しい涙が溢れ、カイゼルの手を濡らした。

「カイゼル……!」

 幼いころと同じようにしがみついてくる身体を抱きしめ、カイゼルは少年と共に嘆き涙で頬を濡らすことしかできなかった。
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。