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番外編
初恋の墓標④
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眠ってしまった少年を自室に届けた後、カイゼルは再び彼女の眠る部屋に足を向けていた。
許されないことだとは理解していたが、どうしても一人でその死を悼みたかったのだ。
だが、部屋の中には先客がいた。
見上げるほどの長身にたくましい背中。少年と同じ色の髪をした、精悍な顔立ちの男性が彼女の傍にじっと座っていた。
眠るように横たわる美しい彼女を見つめる赤い瞳からは、少年と同じ美しい涙がとめどなくなく溢れていた。
カイゼルは部屋の入り口から動くことができず、二人をただじっと見つめていた。
そのうちに男性はおもむろに彼女の体を抱き上げた。
まるで宝物を扱うようにいとおしそうに腕の中に抱き込み、青白い頬や額に何度も口づけを落とす。
「愛している」
切なさにまみれた愛の言葉に、カイゼルの胸が引き裂かれそうな痛みを訴える。
男性はそのまま彼女の体をどこかに運んで行ってしまった。
入口の他に、隠し扉と奥へと通路が彼女の部屋にはあったのだ。
消えていくその背中を見送るのは父だった。
深く頭を下げる父の表情もまた、痛みをこらえるように歪んでいた。
カイゼルは悟った。
二度と彼女の顔を見ることは叶わないのだろうと。
名を呼ぶことも許されない。
ああ、これは恋だったのだとカイゼルは己の心をようやく思い知ることができた。
敗者となり、現実に打ちのめされたカイゼルは再び少年の部屋に戻ってきた。
目元を腫らし、幼子のように体を丸めるその寝顔だけは彼女の面影しかない。
「殿下のことは私が必ずお守りしますから」
これから先、何があろうとも守るから。
どんな地獄を転がる日が来ても離れはしない。
愛する人と出会い健やかに生きてほしい。
そのためならばどんなことだってすると、カイゼルは己と初恋に誓った。
「かいぜる、だっこして」
小さな手がカイゼルのズボンを引っ張る。
ミルクのように白く小さな手はほんの少しの力を込めただけでも壊れてしまいそうだ。
「また逃げ出してきたのですか?」
「だってべんきょうきらい」
「お母上たちのところへは?」
「おとうさまもおかあさまも、いそがしいからあそんでくれないのよ」
舌足らずな言葉使いは、幼いころの彼によく似ている。
カイゼルは目元の皺を深くしながら、その小さな体を抱き上げた。
腕の中にすっぽりと納まるぽってりとした重みに、自然と口元がほころんでしまうがわかる。
カイゼルの新しい主はこの小さな天使だった。
その瞳はどうしたことか父親とも母親とも違う色。
切ないほどに懐かしい色に、父となった彼が滂沱したことをカイゼルは知っている。
父母の色を受け継がなかったことが、どれほどの幸運でありキセキであることをこの子が知るのはずっと先だろう。
「かいぜる、ずっとだっこしてて」
「ええ。あなたが望むかぎりずっと」
まるで失った恋を取り戻したかのように、カイゼルは幸せな香りのする小さな体を強く抱きしめた。
--------------------------------------
番外編までお付き合いいただきありがとうございます。
本編中ではけっこう重要な存在にも関わらず出番の少ない寡黙な騎士カイゼルの過去と未来になります。
実は一番不憫な役回りなんじゃないかと思うのですが、彼は彼なりに幸せでした。
さて「私が死んで満足ですか?」という殺伐タイトルの本作。
書籍化に伴い本編部分を2月28日をもって引き下げいたします。
たくさんの読者様のお力で完結し、本になることができた作品です。
本当にありがとうございました。
書籍版では本編の大幅な加筆改稿はもちろん、番外編として「その後」を書き下ろしております。
もしご縁がありましたら是非お手に取っていただけますと嬉しいです。
ご愛読ありがとうございました!
許されないことだとは理解していたが、どうしても一人でその死を悼みたかったのだ。
だが、部屋の中には先客がいた。
見上げるほどの長身にたくましい背中。少年と同じ色の髪をした、精悍な顔立ちの男性が彼女の傍にじっと座っていた。
眠るように横たわる美しい彼女を見つめる赤い瞳からは、少年と同じ美しい涙がとめどなくなく溢れていた。
カイゼルは部屋の入り口から動くことができず、二人をただじっと見つめていた。
そのうちに男性はおもむろに彼女の体を抱き上げた。
まるで宝物を扱うようにいとおしそうに腕の中に抱き込み、青白い頬や額に何度も口づけを落とす。
「愛している」
切なさにまみれた愛の言葉に、カイゼルの胸が引き裂かれそうな痛みを訴える。
男性はそのまま彼女の体をどこかに運んで行ってしまった。
入口の他に、隠し扉と奥へと通路が彼女の部屋にはあったのだ。
消えていくその背中を見送るのは父だった。
深く頭を下げる父の表情もまた、痛みをこらえるように歪んでいた。
カイゼルは悟った。
二度と彼女の顔を見ることは叶わないのだろうと。
名を呼ぶことも許されない。
ああ、これは恋だったのだとカイゼルは己の心をようやく思い知ることができた。
敗者となり、現実に打ちのめされたカイゼルは再び少年の部屋に戻ってきた。
目元を腫らし、幼子のように体を丸めるその寝顔だけは彼女の面影しかない。
「殿下のことは私が必ずお守りしますから」
これから先、何があろうとも守るから。
どんな地獄を転がる日が来ても離れはしない。
愛する人と出会い健やかに生きてほしい。
そのためならばどんなことだってすると、カイゼルは己と初恋に誓った。
「かいぜる、だっこして」
小さな手がカイゼルのズボンを引っ張る。
ミルクのように白く小さな手はほんの少しの力を込めただけでも壊れてしまいそうだ。
「また逃げ出してきたのですか?」
「だってべんきょうきらい」
「お母上たちのところへは?」
「おとうさまもおかあさまも、いそがしいからあそんでくれないのよ」
舌足らずな言葉使いは、幼いころの彼によく似ている。
カイゼルは目元の皺を深くしながら、その小さな体を抱き上げた。
腕の中にすっぽりと納まるぽってりとした重みに、自然と口元がほころんでしまうがわかる。
カイゼルの新しい主はこの小さな天使だった。
その瞳はどうしたことか父親とも母親とも違う色。
切ないほどに懐かしい色に、父となった彼が滂沱したことをカイゼルは知っている。
父母の色を受け継がなかったことが、どれほどの幸運でありキセキであることをこの子が知るのはずっと先だろう。
「かいぜる、ずっとだっこしてて」
「ええ。あなたが望むかぎりずっと」
まるで失った恋を取り戻したかのように、カイゼルは幸せな香りのする小さな体を強く抱きしめた。
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番外編までお付き合いいただきありがとうございます。
本編中ではけっこう重要な存在にも関わらず出番の少ない寡黙な騎士カイゼルの過去と未来になります。
実は一番不憫な役回りなんじゃないかと思うのですが、彼は彼なりに幸せでした。
さて「私が死んで満足ですか?」という殺伐タイトルの本作。
書籍化に伴い本編部分を2月28日をもって引き下げいたします。
たくさんの読者様のお力で完結し、本になることができた作品です。
本当にありがとうございました。
書籍版では本編の大幅な加筆改稿はもちろん、番外編として「その後」を書き下ろしております。
もしご縁がありましたら是非お手に取っていただけますと嬉しいです。
ご愛読ありがとうございました!
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