伏して君に愛を冀(こいねが)う

鳩子

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09.華燭の宴

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 浮かない気分のままに身支度を調えて、宴へ向かう。

 浮かない顔をして居ても、花嫁は赤い布を掛けているから周りから表情を読まれることはない。

 百官の長が集う大広間には、将軍の姿もあって、琇華しゅうかは、駆けよりたくなったのを必死で堪える。皇帝が居るのは、十三段の黄金の玉座だった。十三は、聖なる数らしい。

 黒い毛氈もうせんが敷かれた大広間は、柱も黒檀。しかし、飾りけはない。真っ黒な室内に、漆黒の皇帝。そう思っただけで、気が滅入ってくる。

 色鮮やかでなにもかもが輝くようだった黄金宮が恋しくてたまらない。

 宴の間、歌舞音曲が披露されたようだったが、うわのそらだった琇華は、何一つ覚えていなかった。

 覚えていることと言えば、「少しは機嫌良くしなさい」と皇帝が呆れたように呟いた言葉だけで、琇華は、(顔なんて見えないくせに)と反発心から返事もしなかった。

 やがて宴もたけなわという頃、皇帝が琇華に「行くぞ」と声を掛ける。宴を抜け出して、二人だけの本当の結婚式を行うのだ。立ち上がるのも厭わしい。そのまま、座っていると、しびれを切らした皇帝が、琇華を抱え上げてしまう。

「っ!」

 驚いて逃れようと身をよじるが、このままでは落ちて怪我をする。結局、琇華は、男にしがみつくしか出来なかった。

「往生際が悪いね」

 大広間から回廊に出て、人の気配がなくなった頃、皇帝は呟いた。

「いやなのですもの……妾は、心の通わぬ男に、身を捧げるのは嫌です。ですから、寝所は別にして下さいませ」

「あなたは、バカか」

 呆れたような口ぶりで、皇帝が言う。

「そんな我が儘なことを言うことが出来る立場だとでも? ……あなたの持参金のおかげで、私は、いざとなったら、あなたの祖国に攻め入ることも出来る。……嫌な手段ならばいくらでも思いつくよ」

ほう国を、人質に取るおつもりですの?」

「あなたが、私に身を差し出したくなるような、提案をしているだけだよ。愛する堋国の国民が、あなたの身に掛かっているとなったら、身体を差し出すしかないだろう? あなたは、黄金姫だが、あなた自身は、なにも持たない」

 皇帝の言葉は、氷の刃のようだった。

「妾を……娼婦扱いなさるの?」

「多かれ少なかれ、女は娼婦だよ」

 皇帝の人を見下さしたような冷笑に、心底胸が冷えた。「……口ではどんなにきれい事を言っていても、結局、皇帝に言い寄られれば、どんな女でも自ら足を開く」

「お可哀想な皇帝陛下」琇華は、精一杯、虚勢を張って言う。「それは、あなたが、真実、人に恋したことも、愛されたこともないからだわ。そんな淋しいことを仰せになるなんて、本当に、可哀想」

「おや、あなたには、居るのかい? 真実……恋した男でも」

 そう問い詰める皇帝の瞳の奥に、得体の知れない陽炎のような揺らめきを見たような気がして、ぞくっと琇華の背筋が震える。

(ばかばかしいことに、恋した男はあなただけなのだけど……)

 ならば、この恋心を守れるのは、琇華自身だけだ。

「勿論、恋しい男が居るわよ」

「ほう……。それで、堋国に帰りたいと言ったのか。……それは残念だったね」

 歪んだ微笑みを浮かべる皇帝は、琇華の耳許に囁く。

「その男を思いながら、初夜でも愉しみなさい」

 かっと、顔が熱くなる。きっと真っ赤だろう。飾り布があって良かった……と思って居たら、乱雑に布が剥ぎ取られた。

「な、なにをなさるの!」

 しきたりでは、寝所で、男が布を取るのが普通だ。そして、互いの髪を解いて、牀褥しょうじょく(ベッド)に入るのが普通だ。なのに、皇帝は、寝所に入る前に、布を取ったのだ。

「どうせ取るのだから一緒だろう」

 乱暴な足取りで、皇帝は寝所へ入っていく。琇華は、皇帝の黒衣の端を掴みながら、「一緒じゃないわ」と小さな声で呟いた。
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