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28. 眠れない夜
しおりを挟む『親愛なるお兄様。
わざわざ、お文を下さいまして、琇華は感激しております。
なれぬ異国で過ごす妾を気遣って下さったことに、心から感謝致します。
游帝国での生活ですが』
そこまで書いて、琇華の筆が、ぴたりと止まる。
(本当の事を書いたら、父様が心配するし……また、游帝国に、何か介入してくるかも知れないわ……)
そうなることを、一番嫌っているのは皇帝だ。だから、琇華は、出来るだけ、父帝の介入を受けないようにしなければならない。
『皇帝は昼夜を問わずに妾に優しくしてくれますので、妾はとても幸せです。
妾も、きっと、父様と母様のような仲睦まじい夫婦になることが出来るでしょう。
游帝国は、父様もご存じの通りに、財政難となっております。妾には、いつ好転するか解りませんが、父様にはいつも、過分な化粧料などを賜り、感謝しております。
どうぞ、妾のことはご心配なさらずに、健やかに過ごされますようお祈り申し上げます』
実家には、なんの問題もないと書いて返信した。わざわざ、気遣って文をくれた兄が心配するといけないし、ここでの愚痴を聞かしたくない。
(そうよ……ここは、平和だわ……)
古愁月は妃嬪として遇され、古淑媛と呼ばれるようになった。
皇帝は、この琇華の決断について、一定の評価をしていたようだし―――皇城の評価も悪くはない。浪費は激しいが、愚かなだけな皇后ではないということで、群臣は安堵したのだろう。
愛情を得られることのない琇華が目指すのは、賢妃として、皇帝を支える道だけだ。
皇帝は、琇華から夜離れた。
これまでは毎日琇華のところで過ごしていたが、古淑媛を迎えてから七日ばかりの間、琇華のところを訪ねていない。
毎晩、皇帝からの使いが、玄溟殿を訪ねてくる。本日の進御の者を召し出すのに輿を伴ってやってくるのだ。玄溟殿、主である琇華が、皇帝から使いとやりとりをする。
『本日、古淑媛に進御をお命じでございます』
琇華は、瑛漣に目配せして、愁月を呼ぶ。彼女は、玄溟殿に一室を与えている―――立場的には、皇后の『子飼い』の女が進御を命じられることになり、皇后への『寵愛』は継続していると、世間は判断することになる。
ほどなくして、愁月が眉根を寄せて琇華の前へ出る。拱手して「娘娘に拝謁致します」と礼法通りに挨拶をする古淑媛に、琇華は告げる。
『皇帝陛下がお召しです。妾に代わり、よく仕えるように』
この言葉を告げる琇華も、苦々しい気持ちでいたが、この言葉を受ける愁月のほうも、苦々しい顔をして居た。
『あの、娘娘……わたくしは、もう、何日もお召しが続いておりますが……その……』
何か言い出しそうだった愁月の言葉を遮って、琇華は言う。
『もともと、あなたは、陛下の想い人だったのですから……何日も召されるのは当然のことですよ。妾はお仕え出来ないから、あなたが、心を込めてお仕えして頂戴ね』
琇華は、愁月を輿に押し込めるようにして送り出す。
輿が去って行くのを見届けたあとは、気疲れで、ぐったりして榻に身を横たえている。この時ばかりは、琇華を思って、瑛漣は声を掛けてこない。
目を閉ざすと、皇帝と愁月の楽しげな笑い声や、甘い嬌声が聞こえてきそうで、琇華は居ても立っても居られなくなる。嫉妬なのだ。それは解っている。だが、どうしようもない。
そして、幻聴をかき消す為に、琇華は琵琶を引っ張り出して夜の間中、琵琶を弾くことになった。
しっとりとした夜に相応しい、季節の花や風景と溶け込むような美しい恋歌が乗せられる曲が多い。
皓月初夏の天頂に満ち
夜咲睡蓮の薫りは甘く漂う
池渡る風よ 琵琶の音に乗せて
我が思いを愛しきひとへ届けておくれ
そんな歌詞を思い浮かべながら、と琇華は、五本の指を動かして、巧みに琵琶を奏でていた。
(あなたは、琵琶の名手だったのだな)
皇帝の言葉が、蘇る。それを思い出しながら、琇華は思う。
皇帝は―――毎朝、琇華の殿舎を訪ねる。愁月を召し出したときには、愁月と共に俥に乗ってくる。朝餉の為だ。
朝食の時くらいは……前夜を寵妃と過ごしているからか、機嫌が良い皇帝は、優しげな微笑みを向けてくれることもあるが、優しい笑顔を向けてくれるのは、そんなときばかりだった。
そして、今夜も、うとうとしながら一日を過ごし、眠れない夜を過ごすのだ。
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