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46.金のなる木
しおりを挟む城下には、最近、洙学綺を伴う。
学綺は、仮面を掛けた異装ゆえに、大抵のものは一瞬物怖じするが、誰に対しても、なれなれしい態度なので、『皇帝の側付』という立場であっても、大方の人間は萎縮しないようだった。
琇華も、すっかり慣れてしまって、ぞんざいな口を聞く学綺を咎めることもなくなっている。
琇華は、大抵、繍工の工場に出入りをしていて、今日も、出来るだけ陽の光を受けることが出来る、窓際に、繍工五人と一緒に黙々と手を動かしていたが、学綺は、なにをするでもなく、ぼんやりとしている。
「まあ、皇帝陛下からのご命令と、昼餉目的ですからね。下町で、職人と遊んでるほど、暇じゃないんですよ、本来は!」
などと口では言う学綺だが、まとわりついてくる子供たちの相手は、しっかりしている。存外、下町も嫌いではないのだろうと、琇華は思って居た。
「それより、皇后さま。本当に、他国と貿易なんかなさるんですか?」
「ええ、当たり前よ! 妾は、この下町の職人さんたちに、投資したのだから、利益を出さなければならないわ。勿論、十分な利益を出したら、還元するわ。でないと、不公平でしょう?」
琇華は、さらりという。琇華自身、金に対する執着がない。だからこそ、失敗覚悟で貿易をやってみても良いかもしれないという思いつきを実行できるのだ。
「あらまあ本当に、黄金姫さまは、凄いわねぇ」
「わたしたちも、頑張らないとね」
「そうよ。皆様の頑張りに、国が支えられているのよ。だから、素敵なものを作って頂戴!」
「ほんとうに、皇帝陛下は、良い皇后さまをお迎えしたね。游帝国の黄金姫は、ただの金塊で出来たお人形じゃなくて、金のなる木だよ!」
聞きようによっては無礼な言葉かも知れなかったが、琇華は嬉しい。
彼女たちが、『游帝国の』と言ってくれたこともそうだし、黄金を生み出し続ける金のなる木という言葉は、何かを生み出す力を持っているという意味だろう。だとしたら、それは、琇華の働きを、彼女たちが認めたくれたこと他ならない。
「いやあ、本当に。皇帝陛下は、全く使えない男なので、……私も、お仕えするのでしたら、皇后陛下にお仕えしたかった」
「あら、仮面さん。だったら、皇后陛下の側仕えに乗り換えれば良いじゃない!」
「あんたじゃ、仕事しないから、皇后陛下の足引っ張るだけよ! 止めておきなさい」
町の女達は、これも、思ったことをぽんぽんと口にしている。この、ざっくばらんなやりとりは、琇華にとっては、新鮮なものだった。だが、嫌いではない。
「俺は、皇后陛下にはお仕えしませんよ」
学綺は呟く。すこし、顔を顰めているので、いつもの、表情を読ませないような、貼り付けたような作り笑いとは違った。なんというか、彼は、苛立っているように思えた。
「あら、妾じゃ不満?」
すこし気になった琇華が突いてみると、学綺が「いや、そうじゃなくて」と歯切れ悪く否定した。『歯に衣着せない』彼にしては、珍しいことである。
「皇后陛下にお仕えすると言うことは、宦官になるってコトじゃないですか。俺は、宦官には、なりたくないんですよ」
「宦官に、なりたくない……?」
「ええ。宦官になるっていうことは、すなわち、男を切り落とすと言うことですからね。俺は絶対に嫌ですよ。俺は、心に決めた人が居るんですからね!」
「そうねぇ、結婚して、自分の子供が欲しいのならば、宦官は無理ね」
そう受けながら、琇華は(意外だな)と思った。この洙学綺に想い人が居るというのが、なんとなく、意外だったのだ。
「結婚の約束は?」
「婚約者が居ます……なので、早いところ、この国を立て直して、彼女を迎えに行かなければ」
学綺の、仮面から覗く瞳が、強い意志を映して、揺らめいたようだった。
「はやく、立て直さないとならないわね」
琇華が、学綺に、にこりと微笑んだ、まさにその時だった。
「皇后陛下に、火急のご用でございます! 急ぎ、皇城にお戻り下さいませ!」
息せき切って駆け込んできたのは、皇城の役人と思しき男だった。
「どうしたの? そんなに急いで」
役人は、琇華と学綺を見比べて「洙殿、お耳を」と申し出た。そして、役人から伝言を聞いた学綺の顔色が失われていく。
「皇后陛下。戻りますよ」
学綺は、有無を言わさない口調で、琇華に言う。
(おそらく、皇帝陛下の御身に、何かあった……。そして、下町の女たちに、聞かせるわけにはならない内容)
それだけは察して、琇華は立ち上がる。
「ごめんなさいね。途中にして、戻ります。……学綺、俥の仕度を!」
ハッ、とと短く受けた学綺が、俥を待機させている大通りに駆け出す。琇華も、その後に続いて、駆け出した。
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