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第一章 珍奇で美味なる菓子
訳あり青年
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『あなたの探しているという珍奇で美味なる菓子を探すのも、手伝おう。だから、俺も手伝ってくれ!』
その言葉は、確かに、娃琳にとって魅力的だった。
なにせ、娃琳は、味覚を感じる事が出来ない。一体、なにが美味しくてなにがまずいのか、解らないのだ。一応、『味の組み立て』として、こういうものならば美味しいだろうというのは想像が出来る。だが、それだけだ。
しかし、問題は―――。
(大書楼、だよなあ)
大書楼は、後宮に属している。言うまでもなく、後宮なので、皇帝と宦官そのほかは、特別な許可を受けたものしか、立ち入りが許されていない。そこへ、この青年を立ち入らせて良いものか……。
許可を取れば良いかも知れないが、とは思ったので、一応、兄王に掛け合ってみることにした。
しかし、娃琳は、一つ引っ掛かることがあった。
雑琉の首都には、『塔書楼群』と呼ばれる書楼が立っているはずだった。
全十二層の『塔書楼』が三十四塔も立ち並んでいると言い、『天空の都』と賞賛される雑琉の首都の中で、もっとも華やかな場所であるはずだった。勿論、書楼の中は、各国から取り寄せられた貴重な書物がぎっしりと積まれており、『この世のすべての書物を保管している』と言われているような大書楼だったはずだ。
「鴻。雑琉には、『真実を告げる菓子』の記載がある本は無かったのか?」
娃琳の問い掛けに、鴻の箸が、ピタリと止まった。
「えーと……。実は、俺は調べてない。だけど、老巫女は、絶対に堋国の大書楼だっていうから、俺は、ここまで来たんだ」
「先ほどから、出て来ているが、その、巫女というのは、何の関係がある?」
鴻が、一瞬、しまった、というような顔をするのを、娃琳は見逃さなかった。
(これは、鴻が、私に話せないようなことが、在るのだろうな)
あとで、兄王の密偵に、そのあたりの事情は調べて貰うことにしようと、娃琳は思う。おそらく、鴻は、雑琉でも身分の高い人間だ。立ち居振る舞いの端々、大陸語を流暢に話すことが証拠だ。ならば、深く関わりすぎると、雑琉の抱える問題に巻き込まれる可能性がある。
第十八王女としては、そんなものに、巻き込まれるわけには行かなかった。
「老巫女は……その、みんなは、インチキ巫女だって言っていたが、生きているのだから、インチキは言ったことがないんだと思う。俺に、良くしてくれた人なんだ。その老巫女が、俺に、堋国の大書楼を目指せっていうもんだからさ」
ぽつぽつと語られた、この言葉には、嘘はないようだった。
「インチキと、生きていることに、何の関係が?」
「関係はある。巫女は、預言を行うが……誣告は許されていない。誣告をすると、必ず、一月の間に、冥罰が下さって、陰惨な死を遂げるんだ。これは、必ず、だ。俺も、小さいときに、誣告をして死んだ巫女を見たことがある。
だから、今の今まで生き延びいている老巫女なんだから、きっと、インチキなんて言ったことはないはずだと、俺は思ってる」
「怖ろしいな……」
「うん。だが。それが、雑琉の神との、契約なんだ」
キッパリと、鴻は言い切る。雑琉の神の存在を、鴻たち雑琉の民は、身近に感じているようだった。娃琳たち、大陸諸国のものには、おそらく、無い感覚だろう。
「契約か」
「ああ、契約だ。だから、必ず、『真実を告げる菓子』は、この国で見つかる。俺は、あの巫女を信じているんだ」
鴻の意志は固そうだった。娃琳は、「わかった」と腹をくくった。
「失礼だが、あなたは、どこへ滞在するつもりだ?」
「宛てはないが……、路銀は節約したいから、町の隅で、野宿でもしようかと思っていた。寺の敷地あたりならば、入り込んでいても、怒られはしないだろうと思う」
「なるほど、宛てがないか……では、私の客にならないか?」
「えっ?」と、鴻は間の抜けた声を出した。そんな申し出をされるとは、露にも思って居なかったという表情である。
「私は、現在、兄王の厚意で、『公主府』を賜って居る。あなたを、私の食客として住まわせるのは、問題無いはずだ」
キッパリと断言する娃琳に対して、鴻のほうが、もじもじしながら、
「で、でも……俺は、その、一応、男ですし……」
などと言う。娃琳は、彼が異性であると言うことについては、すっかり失念していたが、それでも、意向に変わりはなかった。
「別に、構わないだろう。公主府に、男性の詩人を住まわせたこともあるはずだ。さしずめ、あなたは、料理人と言うことだな」
「料理人……」
「そう。雑琉から来た、料理人。……それが、私の手伝いをする為に住み込んでいる。それならば、何の不思議もない」
娃琳は、もう一杯、酒を飲み干しながら言う。
「本当に、よろしいんですか?」
鴻は、伺うような上目遣いで、娃琳を見た。一瞬、娃琳の胸は、どきり、と跳ねた。上目遣いが、存外可愛らしかったのだった。
(年若い男を可愛いと思うようになるとは……、私も、老け込んだもんだ)と、多少、来年三十歳という年齢を噛みしめつつ、鴻に答える。
「その代わり、調べた菓子を作ったり、試食したりはさせるがな」
「いや、逆に、願ったり叶ったりだ! こんなに、都合が良く進むなんて、さすがは、老巫女だ!」
鴻は手を叩いて、喜んでいる。娃琳も「但し、侍女に手をだしたら、その場でたたき切るからな」とだけ言いつけておく。
勿論、娃琳にも、ほかに目的があった。
どう考えても訳ありな青年である。だから、このまま、自由に、湖都を泳がせておくよりは、手元に置いた方が良いと判断したのだった。
(さて、私と、鴻と……菓子は、ちゃんと見つかるのかね)
兄王の求める菓子に、一歩近づいたような気にはなったが、やはり、娃琳には、よく解らなかった。
その言葉は、確かに、娃琳にとって魅力的だった。
なにせ、娃琳は、味覚を感じる事が出来ない。一体、なにが美味しくてなにがまずいのか、解らないのだ。一応、『味の組み立て』として、こういうものならば美味しいだろうというのは想像が出来る。だが、それだけだ。
しかし、問題は―――。
(大書楼、だよなあ)
大書楼は、後宮に属している。言うまでもなく、後宮なので、皇帝と宦官そのほかは、特別な許可を受けたものしか、立ち入りが許されていない。そこへ、この青年を立ち入らせて良いものか……。
許可を取れば良いかも知れないが、とは思ったので、一応、兄王に掛け合ってみることにした。
しかし、娃琳は、一つ引っ掛かることがあった。
雑琉の首都には、『塔書楼群』と呼ばれる書楼が立っているはずだった。
全十二層の『塔書楼』が三十四塔も立ち並んでいると言い、『天空の都』と賞賛される雑琉の首都の中で、もっとも華やかな場所であるはずだった。勿論、書楼の中は、各国から取り寄せられた貴重な書物がぎっしりと積まれており、『この世のすべての書物を保管している』と言われているような大書楼だったはずだ。
「鴻。雑琉には、『真実を告げる菓子』の記載がある本は無かったのか?」
娃琳の問い掛けに、鴻の箸が、ピタリと止まった。
「えーと……。実は、俺は調べてない。だけど、老巫女は、絶対に堋国の大書楼だっていうから、俺は、ここまで来たんだ」
「先ほどから、出て来ているが、その、巫女というのは、何の関係がある?」
鴻が、一瞬、しまった、というような顔をするのを、娃琳は見逃さなかった。
(これは、鴻が、私に話せないようなことが、在るのだろうな)
あとで、兄王の密偵に、そのあたりの事情は調べて貰うことにしようと、娃琳は思う。おそらく、鴻は、雑琉でも身分の高い人間だ。立ち居振る舞いの端々、大陸語を流暢に話すことが証拠だ。ならば、深く関わりすぎると、雑琉の抱える問題に巻き込まれる可能性がある。
第十八王女としては、そんなものに、巻き込まれるわけには行かなかった。
「老巫女は……その、みんなは、インチキ巫女だって言っていたが、生きているのだから、インチキは言ったことがないんだと思う。俺に、良くしてくれた人なんだ。その老巫女が、俺に、堋国の大書楼を目指せっていうもんだからさ」
ぽつぽつと語られた、この言葉には、嘘はないようだった。
「インチキと、生きていることに、何の関係が?」
「関係はある。巫女は、預言を行うが……誣告は許されていない。誣告をすると、必ず、一月の間に、冥罰が下さって、陰惨な死を遂げるんだ。これは、必ず、だ。俺も、小さいときに、誣告をして死んだ巫女を見たことがある。
だから、今の今まで生き延びいている老巫女なんだから、きっと、インチキなんて言ったことはないはずだと、俺は思ってる」
「怖ろしいな……」
「うん。だが。それが、雑琉の神との、契約なんだ」
キッパリと、鴻は言い切る。雑琉の神の存在を、鴻たち雑琉の民は、身近に感じているようだった。娃琳たち、大陸諸国のものには、おそらく、無い感覚だろう。
「契約か」
「ああ、契約だ。だから、必ず、『真実を告げる菓子』は、この国で見つかる。俺は、あの巫女を信じているんだ」
鴻の意志は固そうだった。娃琳は、「わかった」と腹をくくった。
「失礼だが、あなたは、どこへ滞在するつもりだ?」
「宛てはないが……、路銀は節約したいから、町の隅で、野宿でもしようかと思っていた。寺の敷地あたりならば、入り込んでいても、怒られはしないだろうと思う」
「なるほど、宛てがないか……では、私の客にならないか?」
「えっ?」と、鴻は間の抜けた声を出した。そんな申し出をされるとは、露にも思って居なかったという表情である。
「私は、現在、兄王の厚意で、『公主府』を賜って居る。あなたを、私の食客として住まわせるのは、問題無いはずだ」
キッパリと断言する娃琳に対して、鴻のほうが、もじもじしながら、
「で、でも……俺は、その、一応、男ですし……」
などと言う。娃琳は、彼が異性であると言うことについては、すっかり失念していたが、それでも、意向に変わりはなかった。
「別に、構わないだろう。公主府に、男性の詩人を住まわせたこともあるはずだ。さしずめ、あなたは、料理人と言うことだな」
「料理人……」
「そう。雑琉から来た、料理人。……それが、私の手伝いをする為に住み込んでいる。それならば、何の不思議もない」
娃琳は、もう一杯、酒を飲み干しながら言う。
「本当に、よろしいんですか?」
鴻は、伺うような上目遣いで、娃琳を見た。一瞬、娃琳の胸は、どきり、と跳ねた。上目遣いが、存外可愛らしかったのだった。
(年若い男を可愛いと思うようになるとは……、私も、老け込んだもんだ)と、多少、来年三十歳という年齢を噛みしめつつ、鴻に答える。
「その代わり、調べた菓子を作ったり、試食したりはさせるがな」
「いや、逆に、願ったり叶ったりだ! こんなに、都合が良く進むなんて、さすがは、老巫女だ!」
鴻は手を叩いて、喜んでいる。娃琳も「但し、侍女に手をだしたら、その場でたたき切るからな」とだけ言いつけておく。
勿論、娃琳にも、ほかに目的があった。
どう考えても訳ありな青年である。だから、このまま、自由に、湖都を泳がせておくよりは、手元に置いた方が良いと判断したのだった。
(さて、私と、鴻と……菓子は、ちゃんと見つかるのかね)
兄王の求める菓子に、一歩近づいたような気にはなったが、やはり、娃琳には、よく解らなかった。
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