12 / 186
第一章 花の宴の夜は危険!
4.黄泉に繋がる花 ★挿絵有り★
しおりを挟む
さあ、どうしよう。
とにかく、私が考えていたのは、如何に、ここを穏便に抜けるか、という一点だった。
粗相があったら、路頭に迷う!
冷や汗を隠しつつ、早く帝から解放されないかとばかり考える。流石に、脱兎のごとくに逃げ出すわけにはいかない。
「そなた、名は?」
問われて私は、ぽかん、となった。だって、帝が! 雲の上におわすお方が、一体、どうして、下々の私の名前なんて、知りたがるのよ!
今の時代、帝が自分の名前を覚えて下さった……なんて言ったら、物凄いステータスなのよ!
私は、もはや観念して、自分の名前を告げようとしたところで、ハタと気付いた。
(私、今は『早蕨』としてここに来ているんだった!)
おたふく風邪で寝込んでいる、可哀想な早蕨。まさか、早蕨の名前を出して、後でトラブルになるのも困るし……。なにか、あったかしら。ここを切り抜ける方法は!
私は、周りを見回してなにか、なにか突破口になりそうなものはないかと探るけれど、周りは薄暗いし、緊張して、頭は働かないし、もう、本当にどうしようかと思っていたところで、私の装束が、山吹の襲という色味であることを思いだした。
そして、庭には、山吹の花の咲き始めたのがある。
私は、御前を少々失礼して、山吹の花を手折ってから、扇に乗せて、帝に捧げた。
「名は名乗らぬということか」
ふふ、と帝が楽しそうにお笑いになったので、私は、ホッとしました。
「装束も、花も山吹――――これは、黄泉の花だ」
帝から、笑みが消えたように思える。私は、本当に、冷や汗をかく思いで、ご不興を買うかどうか一か八かで、帝に応えた。
「はい、ここは、黄泉でございますから……今は亡き方への言葉も届くかと」
帝は、たった一人お迎え遊ばされていた女御さまを、八年前に亡くしておられる。女御さまとの間には、東宮さまがおいでで、この東宮さまが、亡き女御様に瓜二つなのだそう。
あれ、帝、今さっき、十年前と仰有ったような気が……。
それはいいのだけれど、この我らの帝は、なんと、亡き女御様の事を引きずって、未だに、他の后を待てないで居るという。その帝が、毎年、女御様のお亡くなりになったこの時期に、所縁の邸でひとり、悲しんでおいでなのだろうとおもったら、これが一番、帝のお心に沿う形での、ごまかしかなあと思ったわけだ。
山吹は、黄泉を連想させる花。
だったら、鬼憑きの私にはぴったりだし、帝も、悪い気はなさらない……と思う。そうあって欲しい。
「確かに……黄泉、から戻ってきたのかと思ったな……」
帝は、私の手をお取りになった。そして、そっと手を引いて、私を立たせる。
黄泉から戻ってきた……とは、何のことだろう。亡き女御様と言ったら、月から下ってきたかぐや姫のように美しいと評判の姫君だったはずだから、私と見間違えるはずがない。
「そなたを、山吹と呼ぶことにしようね。山路を越えてやってきたのだと思うことにしよう」
この山路は、おそらく、黄泉の道の事だと思う……けど。なにか、帝のお言葉には、不穏な物を感じる。
けれど、私は、悠長なことを考えている暇もなかった。
気がついたら、帝の袍の中に閉じ込められていたのだ!
柔らかな沈香の香りに包まれて、やっと夜闇に目が慣れてきた私は、その袍のお色が、灰の色が強い緑で、それが噂にだけ聞く『山鳩』色の御衣だと気がついたのよ。
この色、『山鳩』は、帝の専用色。つまり、禁色!
山鳩の御衣は、帝が平素お使いになるものだから、本当に、気軽な気持ちで、こちらの宴に紛れ込んだのだろうと思う。
けれど、問題は、私が、その尊い方の腕の中に居ると言うこと!
もはや、どう振る舞って良い物か解らずに、私は、硬直して動けない。
けれど、帝は、私の動揺などまるきり無視して、私の首筋にお顔を埋められると、「山吹」と甘いお声で、私の名を呼んだ。
くらくら、する――――。
とにかく、私が考えていたのは、如何に、ここを穏便に抜けるか、という一点だった。
粗相があったら、路頭に迷う!
冷や汗を隠しつつ、早く帝から解放されないかとばかり考える。流石に、脱兎のごとくに逃げ出すわけにはいかない。
「そなた、名は?」
問われて私は、ぽかん、となった。だって、帝が! 雲の上におわすお方が、一体、どうして、下々の私の名前なんて、知りたがるのよ!
今の時代、帝が自分の名前を覚えて下さった……なんて言ったら、物凄いステータスなのよ!
私は、もはや観念して、自分の名前を告げようとしたところで、ハタと気付いた。
(私、今は『早蕨』としてここに来ているんだった!)
おたふく風邪で寝込んでいる、可哀想な早蕨。まさか、早蕨の名前を出して、後でトラブルになるのも困るし……。なにか、あったかしら。ここを切り抜ける方法は!
私は、周りを見回してなにか、なにか突破口になりそうなものはないかと探るけれど、周りは薄暗いし、緊張して、頭は働かないし、もう、本当にどうしようかと思っていたところで、私の装束が、山吹の襲という色味であることを思いだした。
そして、庭には、山吹の花の咲き始めたのがある。
私は、御前を少々失礼して、山吹の花を手折ってから、扇に乗せて、帝に捧げた。
「名は名乗らぬということか」
ふふ、と帝が楽しそうにお笑いになったので、私は、ホッとしました。
「装束も、花も山吹――――これは、黄泉の花だ」
帝から、笑みが消えたように思える。私は、本当に、冷や汗をかく思いで、ご不興を買うかどうか一か八かで、帝に応えた。
「はい、ここは、黄泉でございますから……今は亡き方への言葉も届くかと」
帝は、たった一人お迎え遊ばされていた女御さまを、八年前に亡くしておられる。女御さまとの間には、東宮さまがおいでで、この東宮さまが、亡き女御様に瓜二つなのだそう。
あれ、帝、今さっき、十年前と仰有ったような気が……。
それはいいのだけれど、この我らの帝は、なんと、亡き女御様の事を引きずって、未だに、他の后を待てないで居るという。その帝が、毎年、女御様のお亡くなりになったこの時期に、所縁の邸でひとり、悲しんでおいでなのだろうとおもったら、これが一番、帝のお心に沿う形での、ごまかしかなあと思ったわけだ。
山吹は、黄泉を連想させる花。
だったら、鬼憑きの私にはぴったりだし、帝も、悪い気はなさらない……と思う。そうあって欲しい。
「確かに……黄泉、から戻ってきたのかと思ったな……」
帝は、私の手をお取りになった。そして、そっと手を引いて、私を立たせる。
黄泉から戻ってきた……とは、何のことだろう。亡き女御様と言ったら、月から下ってきたかぐや姫のように美しいと評判の姫君だったはずだから、私と見間違えるはずがない。
「そなたを、山吹と呼ぶことにしようね。山路を越えてやってきたのだと思うことにしよう」
この山路は、おそらく、黄泉の道の事だと思う……けど。なにか、帝のお言葉には、不穏な物を感じる。
けれど、私は、悠長なことを考えている暇もなかった。
気がついたら、帝の袍の中に閉じ込められていたのだ!
柔らかな沈香の香りに包まれて、やっと夜闇に目が慣れてきた私は、その袍のお色が、灰の色が強い緑で、それが噂にだけ聞く『山鳩』色の御衣だと気がついたのよ。
この色、『山鳩』は、帝の専用色。つまり、禁色!
山鳩の御衣は、帝が平素お使いになるものだから、本当に、気軽な気持ちで、こちらの宴に紛れ込んだのだろうと思う。
けれど、問題は、私が、その尊い方の腕の中に居ると言うこと!
もはや、どう振る舞って良い物か解らずに、私は、硬直して動けない。
けれど、帝は、私の動揺などまるきり無視して、私の首筋にお顔を埋められると、「山吹」と甘いお声で、私の名を呼んだ。
くらくら、する――――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
269
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる