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第二章 山科にて『鬼の君』と再会……
1.下着はどこへ?
しおりを挟む下着ドロが出た……ということで、関白邸は、上を下への大騒ぎになった。
「山吹には申し訳ないけど、姫さまの小袖が持ち去られたのでなかったのは幸いだわ」
小少将さんが、しみじみという。
「そうですわね、小少将さま」
「ええ、万が一にでも、姫さまが、呪われでもしたら大変ですもの」
つまり―――小袖は、姫さまを呪おうとする何者かに持ち去られた『可能性』もあるということか。
しかし、この愛らしい姫さまが、誰に呪われたりするんだろう。
事情を全くお察ししない私に、小少将さんが、溜息を吐きながら言う。
「姫さまは、畏れ多くも、主上の後宮に上がるかもしれない、高貴な身なのですから」
「主上の……」
私は、昨日の、主上を思い出した。
お一人で、桜の花を見上げていたのよ。亡き、女御様のことを思って……。
「でも、主上は……女御様のことを忘れられないのでは……?」
「そんな、八年も昔のことを……。こういう言い方は、尊い方に対して良くないのでしょうけれど、主上とて男です。お迎えになって居ないだけで、典侍などの女官は、御寝所にお侍りしているでしょうし、いざというときの為に、お世継ぎがお一人というのも心許ない話です。第一、東宮殿下の外祖父は、あの、源大臣なんですよ! 一体、いつ失脚するか解らないでしょう? そうなったら、また、いろいろ宮中がゴタゴタするのですから」
………陽、アンタのお父様、凄い悪評だけど、大丈夫……?
しかし、よく考えると、陽ったら、姉上様は、今上様の女御様だったのか~。だとしたら、今の官位は、割合『低め』の設定のような気がするなあ。
それにしても、やっぱり、私は気に掛かった。
「小少将さん。女御様が亡くなったのって、十年前ですか?」
「いいえ。女御様が亡くなったのは、八年前で間違えありませんよ。去年の秋口に、八歳のお誕生のお祝いの品をお贈りいたしましたもの」
たしかに。女御さまが十年前に亡くなったのだったら、八歳の東宮殿下は、おかしい。(今は、正月を挟んだから九歳だけど。あ、私たち、数え歳なのですよ!)
じゃあなんで、主上は、十年前なんて仰せになったのかしら………。
「ああ、とにかく、山吹の小袖だったら、山吹が呪われるだけで、姫さまが呪われる心配はありません。みんな、安心しなさい。……いっそ、山吹が、姫さまの呪いをすべて受け止めてくれたら良いのに……」
小少将さん……、清々しいほど、人の命、軽々しく考えてますね!
大体、こういう、お邸勤めする人たちって、『うちの主がナンバーワン』的なかんじになるのだ。まあ、うちの早蕨もそうだから、仕方がないか。私だって、この可愛い姫さまなら、そうなるもん。
「小少将、あんまり酷いことを言わないで!」
ぷうっ、と頬を膨らませて、姫さまが言う。
「山吹が呪われでもしたら、私、出家するわ! そして、山吹に一生償うべく御仏にお仕えするの」
「姫さま、それだけは!」
「ええ、わたしも、そんな重々しい償い、受け止めきれませんよっ!」
小少将さんと、私の声が重なる。
「じゃあ、小少将は、山吹と仲良くなさい。それと、装束を持ってきて頂戴。小袖までなくしてしまったのですから、可哀想でしょう?」
たしかにねー。
昨日の泥だらけの装束は、そのまま残っていたけれど、袖を通せるようなものじゃなかったので、こちらのお邸で、洗って頂く事になった。ほぼ、仕立て直しと言って良い。糸を解いて、水洗いして、ついでに染め直したりして、袖口にノリをくっつけてよって……。
あ、そうなのよ、女房装束で着ている五衣って、薄衣なので、袖口は針で仕立てないのです。糊をくっつけて、依るだけ。乾けば終わり。そのおかげもあって、私たちの装束って、この美しい袖口が綺麗にでるのよね。
……仕立ててるときは、ちょっと無言になるけど。
渋々、装束を取りに行った小少将さんと、お付きの女房さんが戻ってきたときには、もう、目が眩むほどの素晴らしい装束の数々が、姫さまの広いお部屋中に広げられたのです。
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