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第三章 千年に一度のモテ期到来? 

19 深夜に男の部屋に行くのは軽率です

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 危機を脱したと想ったのがまずかった。むしろ、今が一番、危険な状態だ。

「関白殿下、あの、お話が……」

「あとになさい」

 関白殿下は、私をぐっと引き寄せて、腕の中に閉じ込めてしまう。

 関白殿下の体温と、胸の鼓動まで聞こえそう……。

 これは、まずい。

 関白殿下は、私の首に顔を埋めながら、ゆっくりと身体を撫でている。

 吐息が、首にかかってくすぐったいような、へンな気分になる。

 関白殿下の、大きな手が、私の腰を撫でた時、私は、堪らずに叫んだ。
 
「あのっ! 登華殿の女御さまは、何故、おなくなりになったのですか?」

 ぴたり、と関白殿下の動きが止まる。

「なぜ、あなたが、私の叔母上のことを、気になさるの?」

 腰を撫でるのは止まったけど、手首を強く捕まれて、逃げられない状況は変わりがない。

「帝が……」

 帝、という名前に、関白殿下が、ぴくっと肩を震わせた。

「帝が、先日の宴の夜に、関白殿下は、毎年この時期に女御さまの弔いの宴を催されると、仰せでしたので」

 関白殿下が、すぅ、と目を細めたのがわかった。

「それで、登華殿の女御だと? 今上さまの女御とも思わなかったのには、なにか、理由があるのだろうね?」

 詰問するような低い声音だった。

「帝は、十年前と仰せでした」

「なるほど、それならば解るが……なぜ、あなたが、気にするのだろうね。
 山吹、あなたは、何を知っているのだい?」

 関白殿下が、こおりついたような無表情で私を見る。

 美形の、無表情は、怖い!

 けど、私も、負ける訳にはいかないのだ。

「私は、なにも知らないです! 関白殿下と、帝の方こそ、おかしいでしょう!
 私は、お二人みたいな立派な方に、想いを寄せられるような、美貌も、家柄も、才覚も有りませんからっ!」

「それが、私を不審に思った理由か」

「ええ! まさか、山科まで馬を走らせるなんて、尋常な事とも思えませんわ!」

 関白殿下は、ふう、とため息を吐いてから、

「私が、なにか、軽々しいことを言うわけにはいかないのでね」

 と呟いて、唐菓子をひとつ摘まんで口に放り込む。

「なぜ、私に、登華殿の女御さまの装束を贈ってくださったのですか? それを身に纏って参内するなんて、なにか、意味があるように思えてたまらなかったのですもの」

「ん? なぜ、あの装束が、登華殿の女御さまのものだと気がついたの?」

「最近雇った女房が、元々、登華殿の女御さまの女房だったのです。それで、わかりました」

「あなどれないなあ、あなたは」

「だから、どうして、登華殿の女御さまが亡くなったか、気になったんです」

「ああ、それはね……」

 と語り始めた関白殿下が急に身を固くして、私を無理矢理な力で引き寄せて、褥に押し付けた。

 鼻が潰れるっ!

 痛いじゃないのっ!

 抗議の声を上げようとしたら、大きな手で口をふさがれた。

「人が来た。ここは、私の邸だが、万全に安全ではないのだよ。しばらく、そこでじっとしていなさい」

 耳元にささやかれて、吐息が掛かる。唇も時折耳に触れて、ヘンな声が出そうになったのも、全部、関白殿下の大きな手に吸い込まれた。

 とりあえず了承したので頷くと、関白殿下は衾を私の身体にかけた。

 これで、じっとしていれば、バレることはないだろう。

 程なくして、足音が近づいてきた。

「殿、宮中からのご使者ですが」

「宮中? また、こんな時間に珍しいことだね」

「はい、いかがいたしましょうか?」

「宮中からならば、狸寝入りも出来まいよ。お通ししなさい」

 緊張するけど、ここに隠れていれば問題ないわね。物音を立てないように、動かないように、気をつけなきゃ。

 とはいえ、関白殿下の身体にぴったりくっついているような状態だから、どうしたって、緊張はするけどね。


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