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第四章 後宮には危険が一杯!
3.関白殿下の直廬(宮中に賜ったお部屋)にて
しおりを挟む関白殿下の直廬は、こぢんまりとはしていたけど、文机やら手箱やらという道具類に沢山の本、巻物などが整然と並べられていた。
華やかな装束はないけれど、替えの装束に香をたきしめているところだったらしく、部屋が香に満ちている。
関白殿下の装束は、従一位なので『黒』色の袍になる。
もともとは、一位あたりは紫だったらしいけど、いろいろ大変だったらしく、簡略化されて黒(このへん、ざっくりしてるのよね、なぜか)。
おそらく、常に殿上して仕事をする都合上、染色が大変な紫よりも、黒が良いと言うことになったものと思われる。
「邪魔するよ、千種」
千種と呼ばれたのは、関白殿下の直廬付の女房だ。どうやら、勘解由さん、割と気軽にこの直廬に通っている様子だ。
「アンタの所の姫さん、ちょっと疲れたらしくてね。休ませてやってよ。ああ、それと、白湯でも持ってきてくれないか?」
「畏まりました。皆様方、どうぞこちらへ」
千種に案内されて、私たちは座った。座るのは、床の上でなく、布の縁を付けた薄縁畳の上だ。
畳は、部屋一杯に敷き詰めるものではなく、適宜の枚数を出して使うものなのだ。全く余談だけど、使わないときは畳んでおくから『タタミ』と言います。
「それにしても、アンタらも急に管絃とか言われて、仕度が大変だったろ?」
勘解由さんが、溜息交じりに言う。
「管絃などは、急なお召しであるのでは?」
「あー、相手が殿上人だったらな。アイツらは、大抵参内してるから思い立ったら集められるが、姫を呼びつけるなんて言ったら、名指しされた家は、よもや、帝の御寝所にお仕えするのでは……なんて、色めき立つだろ?」
確かに。解る気がする。
「だから、そういうことは極力避けてるんだが……今回は、山吹を従五位に叙したり、色を聴したり、正気じゃないよ」
ええ、私も、正気を疑いましたよ。うっかり、父親より出世したじゃない!
「しかも、アンタ、あの主上は、今までの八年の間、女を召したことなんか、一度もないんだからな。女に楽を惹かせるなんて、考えもしなかったから、あたしらも、思わず、二度聞いたからな」
大切なことなので。
「けど、勘解由さん……なぜ、帝は、私と二条の姫さまを共に召し出したんですか?」
「そりゃあ、気に入ったからだろ。二条の姫さまとも、邸で逢ったことがあるとは言っていたし。姫さんは、入内するように、家で言われているんだろう? ……まあ、その割に、関白は、この話を進めないけどな。もし、関白から、そういう話が出たら、姫さんは一瞬で入内決定で、陰陽師が呼ばれるよ」
はは、と勘解由さんは笑う。
陰陽師が呼ばれるのは、吉日の算定の為だ。結婚に一番良い日取りを探し出すのである。
現代では、なにかと占い頼りなので、陰陽師は、さぞや忙しいことだろう。だからこそ、法師陰陽師みたいなのも居るんだけどね。
「姫さまは、入内、なさりたいんですか?」
おそるおそる、私は聞いた。
すると、姫さまは、少し困ったような顔をして、小首を傾げながら私に答える。
「そういう巡り合わせでしたら、そうなるのでしょうけど……私は……出来れば、山吹とずっと一緒に居たいわ。きっと、怒られるのでしょうけれどね……。だって、山吹は、帝のお気に入りなのですもの」
ぐすっ、と姫さまが涙を浮かべた。
「あーあー、泣くなよ、アンタ。……だったら、山吹にアンタの女房に頼み込むとか、山吹とアンタと一緒に入内するとか言う手もあるんだぜ? 山吹のほうは、入内、どうするんだよ」
「何にも言われてないのに、そんなことを聞かれても困ります!」
「なーに言ってるんだ。あの方が『望まれた』んだったら、それは決定事項なんだよ。あの方が、望まれそうなことは、事前に、あたしたちが調整しておく必要があるんだ。
だから、あの方は、本来、気まぐれに思し召しを告げたりなさらない。
なのに……なのに、今回は、管絃をやるって言うし、そこに、女を二人招くんだ。
あの方は、決まったことしか言えないんだ。口にすることを、許されていない」
「そうなんですか……」
なんだか、帝って、窮屈で可哀想ね。
かといって、同情して、入内なんかしないけどね!
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